好みの女はキミ
情報通のパンダくんが今朝言ってた事を思い出して私は不安になった。
今日はあの東堂先輩がまた東京校に来てるとか来てないとか。なんせ好きなアイドルの握手会が都内であるらしい。
東堂先輩は前に真依さんと来たき、伏黒くんと野薔薇ちゃんにかなりの嫌がらせしてた。伏黒くんなんて血まみれの重症で、私達が止めに入らなかったら本当にダウンしてたくらい。
半日、本当に居るか居ないか分からない人を警戒してたら疲れてしまった。はあ、とため息をついたあと気晴らしにジュースでも買おうと自販機へ向かう。すると遠くの方から私を呼ぶ声が聞こえた。
「ツナー!」
「棘くん。……と、東堂先輩」
さらさらの白樺色の頭がくるっとこちらに向き、制服で口元まで隠した顔が見えた。私の名前を呼んだあと目元を細めてこちらにぶんぶんと手を振った。そして棘くんの後ろには、先程まで私を悩ませていた東堂先輩がいた。
「こんぶっ!」
こっちこっち、と左右に振っていた手の動きは手招きに変わる。どうやら私を呼んでいるようで、後ろにいる東堂先輩を警戒しながらも2人に近づいた。
「オマエ、こいつの言っていること分かるか?」
「えっと、はい。一応?」
東堂先輩が私に話しかけて来たからビクッと肩が揺れる。身長も肩幅も何もかもが大きくて桁違いで、返答の声も少しだけ震えた。
「さっきからおにぎりの具しか言わんから何を言ってるかわからん。通訳してくれ」
「明太子」
東堂先輩が私に通訳をお願いしたあと、棘くんも手をぱちんと合わせて首をかしげた。その姿が可愛くてきゅんと胸がなった。
いいよ、と言うと棘くんは私の肩に両手を置いて東堂先輩の前に私を出した。何をしているのか分からなくて戸惑ってしまう。
「すじこっ!ツナマヨ!」
「え、えーっと、この子ですって私のこと?」
「しゃけ」
「なんか私?らしいです」
棘くんが私の後ろから、ずっと"この子です"と言っている。通訳しろと言われた手前しっかりしなきゃいけないんだけど、言ってる事がこれだから私ですら意味が分からない。
「…ほう」
顎に手を当ててうんうんと頷く東堂先輩。どうやら2人の間では何の話をしているか分かっているようで、通訳の私だけ分からないらしい。
「2人でなんの話してたんですか?」
「こいつの女の好みの話だ。どうやら好みの女はお前らしいな。」
東堂先輩がそう言ったその瞬間、私の体温が一気に上がる。
顔に熱が集中してきて熱い。多分、今の顔は真っ赤だろう。棘くんが手を置いている肩も熱く感じてきた。
「ああっ!随分と時間を使ってしまった。高田ちゃんの個握に間に合わなくなってしまう。」
スマホを出して時間を確認するとスタスタと去っていく東堂先輩。隣にいる棘くんは先輩に向かって笑顔で手を振っていた。さっきの事で頭がいっぱいになっていた私は先輩が見えなくなるまで無言だった。
「…高菜?」
棘くんは何も言わない私を心配して覗き込んでくるけど、未だに顔の熱は引いてない。恥ずかしくて棘くんを見れなくて、私は顔を両手で押さえしゃがみ込んだ。すると棘くんも私に合わせてしゃがむ。
「大丈夫じゃ、ない。」
「すじこ、…ツナマヨ」
「っ〜!」
普段と変わらない口調で放たれるおにぎりの具。だけどそれにはいつもと違う感情が込められていて、さらに私の体温を上げる。
「棘くんが、私のこと…その、好きとか、知らなかった」
「明太子〜」
結構アピール頑張ってたのに、と言った棘くんはつんつんと人差し指で私の肩をつついた。そんなアピールされた記憶が無いし、なんなら私の片想いだと思ってたくらいなのに。
「いくら」
「今、変な顔してるからだめ」
「おかか」
顔みたいと言われたけど、私は首を振った。
するとガシっと肩を捕まれて、顔に当てていた手を強引に掴まれる。華奢だけど男女の差は歴然で力では敵わない。顔を隠していた手が剥がされ、棘くんと目があった。
「うっ、見ないでっ」
「おかか?ツナマヨ」
「っ、かわいくない、から」
否定の言葉を口にしたら、不機嫌そうな顔をした棘くんが両手で頬を挟んだ。そのままぐいっと顔を上に向けられる。
「おかかっ!」
「ご、ごめんね」
「…しゃけ」
自分の好きな人の事を否定しないでほしい、そういった棘くんに胸がぎゅっと締め付けられた。素直に謝ると、柔らかい表情に戻る。するすると親指で頬を撫でられて少し擽ったい。
「高菜、ツナマヨ?」
「えっと、その…」
「ツ・ナ・マ・ヨ?」
ツナマヨに込められた"ところで名前は誰が好きなの?"に私はたじろぐ。
棘くんも私の事を好きだと分かっていても、半年以上も温めていたこの気持ちを口にするのはやっぱり恥ずかしい。視線だけ逸らすと、逸らさまいとするように視線の先に棘くんが移動するから意味がない。
「私も、棘くんが、好き、です」
「しゃけ。ツナマヨ」
好き、そう言うと頷いた棘くんが"俺も好き"と返してくれる。晴れて両想いになれたんだけど、何ともむず痒い感覚だ。
ソワソワした気持ちになっていると棘くんが私の背中に手を回して引き寄せた。しゃがんでいたからすぐにバランスを崩して棘くんに倒れ込んでしまう。そして地面にお尻をついた棘くんの膝の間に入る形でぎゅっと抱きしめられた。
「ツナ、ツナ。ツナマヨ」
「うん、私も」
何回も紡ぎだされる"好き"の言葉に脳が溶かされていく。
私も、と返事を返すと耳元にあった顔が上がり視線が絡まる。棘くんがジーッとチャックを下ろす小さな音がいつもより大きく聞こえた。
数回しか見たことのない口元が見える。狗巻家の呪印ってこんな形なんだ、と1人で関心していると近づいてきた棘くんの唇が私のものと重なった。
ちゅ、ちゅっと数回触れ合うキスをした。そして閉じていた目をゆっくり開けると再び棘くんと目が合う。
「好き」
どくん、と心臓が大きく脈を打つ。さっきまでの好きの気持ちが爆発したように棘くんがさらに愛おしく感じる。初めて自分に向けられたおにぎりの具以外の言葉にこんなにも破壊力があったなんて知らなかった。
「…っ!おかかっ。」
感情が昂ぶったのかおにぎりの具ではない言葉を発した棘くんはびっくりした顔をしていた。
すぐに出た謝罪の言葉は私の耳に右から左へと抜けた。そして愛おしくて堪らなくなって棘くんの唇に自分からキスをした。
「棘くんが好き、大好き。…愛してる。」
それからしばらく狂ったように愛を囁きながら私達はキスをし続けた。
そんな所を同級生の2人と1匹に見られていたなんて私はまだ知らない。