いつまで俺、後輩扱いですか



「えっと、恵くん?」

私には今の状況がちょっと読み込めない。何故、彼に腕を掴まれているのだろう。私はただ自販機にジュースを買いに来ただけなんだけどな。

「どうしたの?」
「いや、何もないっす」
「何もないなら手、離して欲しいかな。ボタン押せない…」

そう言うと掴まれていた手が離された。最近の恵くんは変だ。突然今みたいに手を掴んだり、急に胸を抑えてしゃがみ込んだり。
私はミルクティーのボタンを押した後、無糖コーヒーのボタンを押した。

「最近、恵くん変だよ?何か心配事とかでもあった?話なら聞くからさ」

そう言って缶コーヒーを恵くんに渡して座れそうなところを探して指差した。階段に腰掛けると人が1人くらい座れるくらいの距離を空けて隣に恵くんが座った。
プルタブが開く音がした後、私はペットボトルのキャップを回してミルクティーを一口飲んだ。

「恵くん。任務帰りでしょ?疲れてるならゆっくり休んだ方がいいよ」
「いや今日のは簡単なやつだったんで」
「それならいいんだけど…」

相変わらずぶっきらぼうに言う恵くんだけど、頬にはかすり傷が残っていた。少し血が滲んでいて、私はハンカチを取り出してトントンとそれを拭う。

「名前さんは、いつも優しいですね」
「そうかなあ。別に大した事してないと思うけど?ってか、恵くんって睫毛長いね。羨ましい」

よく見ると恵くんは睫毛だけじゃなくて、肌も綺麗だ。どんなケアしてるんだろう。そう考えていたら、頬の血跡を拭っていた手を掴まれて制止された。そこで私はようやく気づいた。恵くんと距離がかなり近くなっていた事に。

「そういう無自覚なとこ、すっげえ心配になります」
「ごめん、嫌だった?」

年頃の男の子だし、いくら見知った先輩でもこういう事されるのは思うところがあるのかも知れない。そう思って謝った。

「俺、結構頑張ってたと思うんですけど」
「えっと、何が?」

恵くんの返答の意味が分からなくて、首を傾げた。何を頑張っていたんだろう。任務の事かな。

「はあ。ほんっとそういう所ですよ。」
「っ!?め、恵くんっ。ち、近いよっ!」

恵くんは大きなため息をついた。そして掴まれていた腕が引かれて、さっきよりも距離が近くなる。あと少しで鼻がくっついてしまうくらいだ。逃げようとしたら反対の腕は腰に回されれ阻止された。
流石にこの状況は恥ずかしい。なんせ私達は付き合ってもいないし、ただの先輩と後輩なんだから。

「め、恵くん。こういうのは、私じゃなくて…、ほらっ、好きな子にしたほうがいいよ」
「してますけど」
「っえ?」

自分でも随分と素っ頓狂な声が出たと思う。恥ずかしくて体温が上がっているし、突然の事で恵くんの言っている事が上手く脳内処理できなかった。

「それってどういう意味…」
「名前さんが好きだって言ってるんですけど。いつまで俺、後輩扱いですか」

恵くんの口から出た好きは、友として先輩としての感情じゃない。間違いなく恋愛感情としてだ。今まで意識したことがなかっただけにどうすればいいのか分からない。

「えっと、その、恵くんが私の事を好きって今知ったから。まだ良く分かんなくて…」
「返事、今じゃなくていいです」

逸らしていた視線を恵くんに向ける。表情は相変わらずだったけど、ツンツンした髪から覗く耳は真っ赤だった。その時きゅん、と胸がなった。恵くん、案外可愛いところあるんだ。
そんな事を考えていたら、掴まれていた腕も、腰に回されていた手も開放された。そして恵くんはゆっくりと立ち上がり、私はそれを見上げる。

「名前さん。顔、真っ赤ですよ。次あった時の返事、期待してていいですよね」
「…っ!」

恵くんは人差し指で私の頬を撫でる。そのせいで余計に体温は上がるし、顔は熱くてしょうがない。
すると恵くんは私がぎゅっと握っていたハンカチを取った。

「これ、洗って返します。あ、コーヒーありがとうございました。」

そういうと恵くんは寮へと戻って行った。私は真っ赤になった恵くんの耳と項をただ見つめるだけだった。

ほんとずるいよ。恵くんの癖に。