嗚呼、早くその二文字を言ってしまいたい




くしゅん、と何ともテンプレートなくしゃみが出た。寒くて少しだけ震える。こんな寒い日に限ってマフラーを忘れてしまった。私は両手を擦って摩擦熱で何とか暖を取ろうとするけど、それもその場しのぎでしかない。

「…名字さん、こんな所で何してんの」
「吉野くん!やっと来た」

学校の門で待つこと十分。ようやく現れた想い人にさっきまでの寒さはどこかへ飛んでいった、そんな気がした。
私が満面の笑みで話しかけると吉野くんはキョロキョロと周りを見回したあと、「こっち。早く行くよ」と歩き始めた。

「何で校門で待ってたの」
「吉野くんと一緒に帰りたいなって思って待ってたんだけど。駄目だったかな」
「駄目じゃない、けど。こんな寒いのにマフラーもせずに?」
「今朝、慌てて家出たから忘れちゃった」

吉野くんはただ前を見つめながら私と会話を続ける。ちょっとつんつんしてる所はあるけど、こうやって話してくれてるだけで満足だ。

「ね、ここ帰り道と逆方面だよね。吉野くん、どこか寄っていくの?」
「ちょっとだけ遠回りしてるだけだよ。あいつらに見られたらやばいし」

どうやら吉野くんは私と一緒に帰ってる所を人に見られたくないらしい。私は別に構わないし、噂になっても問題ないんだけどね。

「なんで?私は別に気にしないけどなあ」
「そういう事じゃないんだよ。はあ、名字さんって意外とそういう面は何も分かってないよね」

そう馬鹿にされて少しだけムッとする。吉野くんは私が何も分かってないと思ってるけど、吉野くんの方が何も分かってないよ。

「…僕と一緒にいる事で名字さんに迷惑かけたくないし」
「えっ、…吉野く、」
「いや、今の忘れて。」

ぼそっと小さく呟いたその言葉を一字一句聞き取ってしまった。聞き返そうとしたら被せ気味に遮られた。
最近の吉野くんはそういう事が多い。周りをすごく気にしたり、今みたいに何か言いかけてやめてしまったり。
スタスタと歩いていく吉野くんと距離が広がっていく。さっきまで歩幅を合わせてくれてたんだ、と思うと優しさにきゅんとした。
私は慌てて小走りになって吉野くんの背中を追った。

「ちょっと。吉野くん待ってよ」
「さっきの忘れてくれるならいいよ」
「やだ。忘れない。」

どうせ吉野くんは一緒に居たら私まであの人達に絡まれてしまうとか気にしてると思う。だけどそんなの私は気にしない。
それにクラスも違えば私は理系だし授業も殆ど重ならない。だから大丈夫、そう言おうと口を開こうとしたら吉野くんがまた遮った。

「じゃあ、忘れなくていいから。これから名字さんは僕と関わらないでくれる?」
「それもやだ。この間も言ったけど、やだ。」

はあ、と大きくため息をついた吉野くんが立ち止まった。そこは最寄り駅の入り口でどうやら私達は駅まで来ていたらしい。吉野くんは歩きで私は電車だからここでお別れだ。

「…名字さんは、僕と関わらないほうがいいよ」
「そう言うならもっと拒否してよ。じゃないと明日も放課後に校門で吉野くんの事待っちゃうよ?」
「もう、君って本当に」

本当にの続きは吉野くんの口から紡がれることはなかった。またため息をついた吉野くんは、おもむろに自分に巻いているマフラーを外した。その外したマフラーは私の首にぐるぐるに巻かれる。

「吉野くん、これ」
「流石に僕を待ってて風邪引かれちゃったら困るからね。今日どのくらい待ってたのさ」

ふわっと吉野くんの香りが鼻をかすめて心拍数が上がる。さっきまで寒かったのに今は心まで温かい。

「そんなに、待ってないよ」
「嘘つき。鼻まで真っ赤にしてた癖に」

そう言うと吉野くんはぽんぽんとマフラーを撫でた。頭にしてほしかった、なんて欲張りかな。
ふと目と目があってお互いに何も言わず無言になる。何か言わなきゃって思っても、吉野くんに包まれてるような感覚とさっきからドキドキうるさい心臓のせいでそれも叶わない。

「…じゃあね。また明日」
「うん、また。…明日も待ってるから、出来れば早く来てほしいな、なんて」

口から出た言葉はいつもよりも小さくて自分でもびっくりした。聞こえてなかったらそれはそれで、だ。

「君の方こそ、明日はちゃんと暖かくしてきてね」

吉野くんはそう言うと手をヒラヒラと振って歩き始めた。これって明日も待ってていいのかな。そう思うと嬉しくて、ちょっとだけムズムズしてマフラーに顔を埋めた。そしたら吉野くんの香りがしてまた体温が上がった。

嗚呼、早くその二文字を言ってしまいたい。