返却期限、伸ばしてもいいですか



「そんな本ばっか読んでて楽しいわけ?」
「っ!せんぱい!?」

食後、ソファに座って参考書を読んでいたら後ろから声をかけられた。
かなり集中していて彼が帰宅していたことに私は気づかなかった。手に持っていた本をすっと取り上げられて、私はソファの背に頭を付けて上を向く。
サングラスもアイマスクもしていない綺麗な碧眼と目が合う。

「その呼び方、そろそろやめてくんないかなあ。僕はもう先輩じゃないでしょ」
「えっと、悟、くん。おかえりなさい。」
「うん、まあ及第点かな。ただいま。」

ふっと笑うとさらさらの白髪が私の顔にかかる。それと同時に唇が重なった。
久々に触れる唇に安心感と幸福感で胸が満たされた。唇はすぐに離れていくと思っていたが、なかなか離れない。さすがに首が痛くなって頬をとんとんと叩く。

「っ、…もう、長いですよ。首痛い」
「でも名前って長いの嫌いじゃないでしょ?むしろ大好きだもんね」

昔から変わらないニヤっとした顔を貼り付けた彼は私の隣に座ってきた。どかっという効果音が合うくらいの勢いで。
そのまま私の肩に手を回して、もう片方の手にはさっきまで私が読んでた本を持っていた。

「帰ってきて早々何なんですか、ほんとうに」
「僕に会えなくて名前は寂しいだろうなって思ってたのに、案外平気なんだもん。」
「そんな事言われたって、そもそも先輩忙しすぎて会えない時の方が多いじゃないですか、昔から。てかそれ、硝子さんから借りた本なんで丁寧に扱ってくださいよ?」

私が五条先輩、もとい悟くんと付き合い始めたのはつい1年前のこと。もともと高専の後輩だった私は卒業したあとも硝子さんの助手として高専を拠点に活動していた。
そして四人しかいない特級の一人である悟くんは任務に引っ張りだこな訳で、付き合ってから記念日やクリスマス、お互いの誕生日すらまともに過ごせなかった。
そんな事で駄々をこねるほど私は子供じゃないし、仕事のことを理解してるからこそ寂しいなんて感情も出てこなかった。
まあ隣にいる最強呪術師は、そんな私が不満なようで口を尖らせている。
これじゃあ、どっちが年上か分からない。

「あー、もうまた戻ってる。てか、あいつはちゃんと名前呼んでんのに僕はまだ先輩なのちょっと不満なんだけど」
「そんなこと言われたって一緒にいる時間とかあるし。それに硝子さんとその、…悟くんは違うっていうか。」
「何が違うの?」
「や、ちょっと、ちかい…です。」

ぐいっと肩を引き寄せられて、おでこがぶつかる。
目いっぱいに映る悟くんの綺麗な顔に、恥ずかしくて見てられなくて顔を逸した。

「目、逸らさないでよ。ちゃんと僕の目を見て言って。ねえ、何が、違うの?」
「うっ…。その、あの…」

逸したはずなのに、顎に手を添えられて再び目が合う。じわじわと熱を帯びはじめた頬が熱い。その六眼で私の気持ちも全部分かってるだろうに、私の口から言うまで恐らくこの手は離してくれないだろう。
これはこの1年で学んだことだ。

「すき、だから。…っ、余計に恥ずかしくて」

絞り出すようにそう言うと再び唇が重なった。それがさっきと違うのは舌が絡み合う深いキスだということ。
私は抗うことを諦めて大人しくキスを受け入れる。口内を激しく犯されて、数週間前にした情事が思い出させた。
夜もいい時間に久々に会った男女がこれからする事なんて1つ。気持ち良くて下半身がきゅんきゅんする。
キス1つでその気になってしまうんだから悟くんのキスはどんな呪術よりも厄介である。私は早くその先をしたくて悟くんの首に腕を回した。

「っは、…さと、るくっ、…んぅ」
「随分その気だね。読書は?」
「もういい、悟くんがいい。だめ?」
「いや、駄目じゃない。僕も名前がいい。」

こてん、と首を傾げてそう言うと悟くんが腰に手を回して持ち上げられた。ふわっと体が浮く。
そして向かう先の寝室には悟くんがキングがいいと譲らなかった、二人でも余ってしまうくらい大きいベッドが待っている。
テーブルに置き去りにされた参考書を横目に私達はリビングを後にした。

硝子さん、ごめんなさい。返すのもう少し遅くなりそうです。