おすそ分け



ピンポーンとインターホンを鳴らした。今日も来ちゃったけど迷惑じゃないかな、なんて不安から手に持っていたタッパに力が篭もる。
中にはさっき作ったばかりの肉じゃが。我ながら上手くできたと思う。
インターホンを鳴らして数秒、奥からバタバタと玄関まで走ってくる足音が聞こえた。

「お姉ちゃんだ!私が出る!」
「やだ!私が出るの!」

ドア1つ挟んで繰り広げられる攻防。ルナちゃん、マナちゃんは私を歓迎しているようでふふっと笑ってしまう。
でも一番の問題は、三ツ谷くんなわけで。
私が差し入れしに来ると毎回、"また来たのか、気遣わなくていいんだぞ"と言われる。
それでも優しい表情で迎え入れてくれる三ツ谷くんの温かさが心地よかった。

「ほら喧嘩するなって、」

2人が言い合いをしている間に三ツ谷くんが玄関まで来てガチャッとドアを開けた。
"お兄ちゃんずるい!"のブーイングも無視で、シンプルなエプロンを着けた三ツ谷くんは私に話しかける。

「名前、また来たのか。気遣わなくていいんだぞ?」
「ふふふっ」

お決まりの台詞に、少しだけ笑ってしまった。そんな私に不思議そうな顔をして見つめる三ツ谷くんに手に持っていたタッパを差し出す。

「ううん、なんでもない。三ツ谷くん、今日も作り過ぎちゃったから持ってきちゃった」
「おう、さんきゅ。ここじゃあれだし、中入ってよ」
「うん、お邪魔します」

靴を脱いで三ツ谷家のリビングまで繋がる短い廊下を歩く。その間にルナちゃんとマナちゃんは私の足にくっついたり、手を繋いできたりして大はしゃぎだ。

「お姉ちゃん!いいにおいするー!今日はなに?」
「今日は肉じゃがだよ」
「お姉ちゃんの作った肉じゃが好き!早く食べたい!」
「こら、はしゃぐなよ。名前の手にあるタッパ落ちたらどうすんだ」
「ちゃんと持ってるから大丈夫だよ。ルナちゃんマナちゃん、一緒にご飯食べようね」

そう2人に笑いかけると、2人は手を上げてお手伝いすると宣言した。

「じゃあルナはお皿の準備する!」
「マナも!」
「おい、あんま走るなよー?…はあ、自分から手伝いすんの名前が来たときだけだよ」

バタバタと準備を始めた2人に頭に手を当て、ため息をついた三ツ谷くん。

「じゃあ毎日来てもいい?」
「調子に乗るな」
「いたっ」

そんな三ツ谷くんの顔をのぞき込んで冗談交じりにそう言うと、優しい笑顔でデコピンされた。そこそこに痛い。

「もう、そんなに強くしなくてもいいじゃん」
「別に毎日来なくていーよ。名前んとこも片親で大変だろ」

デコピンされたおでこを擦っていると、三ツ谷くんがぽんぽんと頭を撫でた。そのまま何も言わずに、わちゃわちゃと夕食の準備をし始めている2人に混ざった。

「…ほんとずるい」




なんだかんだあって、無事夕食も済ましてルナちゃんマナちゃんと遊んでいたらあっという間に時間が経ってしまった。

「名前、そろそろ遅いし送ってく」
「もうそんな時間かあ。…今日は三ツ谷家に泊まりたいな、なんーて」
「それ賛成!お姉ちゃん泊まっていってよ!」
「ルナもお姉ちゃんともっとお話したい!」

冗談半分、本気半分で言ってみたら思いのほかルナちゃんとマナちゃんが食いついてきた。
どうせ家に帰っても誰も居ないし寂しく一人で寝るなら、三ツ谷家で泊まっていきたい。

「あー、ほら、名前も明日学校あるから。泊まりはまた今度な?」

私の淡い期待は三ツ谷によって砕けた。ブーブー言い始めたルナちゃんマナちゃんを横目に私は肩を落とした。
明日も学校はあるし、三ツ谷くんは私の家のことも含めてそう言ってくれてるのが分かるから。

「ルナちゃん、マナちゃん、明日も学校あるしまた今度お泊りしに来るね。その時はいーっぱいお話しよう」

2人の頭をぽんぽんと撫でると、私は立ち上がった。
その後はお見送りすると言い始めた2人を三ツ谷くんと私で何とか宥めて三ツ谷家を後にした。



*



帰り道、河川敷を2人で並んで歩く。さっきまで他愛もない話をしていた筈なのに、三ツ谷くんは何も言わなくなってしばらくの沈黙が続いた。
夜風が2人の間を通り過ぎていく。夏なのに夜は肌寒くて、薄着で来たことを少しだけ後悔した。

「名前までルナやマナの世話しなくていいんだぞ」

沈黙を破ったのは三ツ谷くん。いつもよりも真剣な声でそう言った。

「私が好きでやってる事だし、大丈夫だよ」
「でも…」
「どうせ、お父さん出張ばっかりで家にいないし。1人で晩御飯なんて味気ないでしょ?」

並んで歩いていた三ツ谷くんを追い越して、振り向いてこう言った。いつもより明るい声で。

「それにね、三ツ谷くんの力になりたい。もっと三ツ谷くんと一緒いたい。全部私のワガママだから、許してほしいな、なんて…」

言い始めたのはいいものの途中で恥ずかしくなってきて、最後の方は三ツ谷くんの事を見ることができなかった。
恥ずかしくて足元をずっと見てると、コツコツと三ツ谷くんが近づいて来る。すると、ぎゅっと体が引っ張られて三ツ谷くんの胸にダイブしていた。
ぽんぽんと背中を撫でられ、三ツ谷くんへの愛おしさと安心感でゆっくり腰に手を回した。

「三ツ谷くん、」
「…ありがとな」
「私は何もしてないよ」

どくんどくんと鼓動がうるさい。多分、耳まで真っ赤だと思う。
でも、しばらくこのままでいたい。私は三ツ谷くんの胸に少しだけ体重をかけた。

「今度の土曜、うちに泊まり来るか?」

その言葉に嬉しくて三ツ谷くんの顔が見たくて勢いよく顔を上げた。
思ったよりも近くにあった顔に私はフリーズしてしまう。綺麗なグレーの瞳に吸い込まれそうだ。
三ツ谷くんの瞳から目が離せないでいると、ゆっくりと顔が近づいて来た。これから何をされるかなんて、もう1つしかない。

私はゆっくりと瞼を閉じて唇が重なるのを待った。