君を愛する幸福について




夜更けにそっと抜け出した。
理由は、ただ見てられなかった。どんどんやつれていくクラピカを。
なんて、センリツには都合のいい嘘をついた。
本当は違う。自分には何も出来ない、そう思ってしまったから。色々と察しのいい彼女は私のこんな嘘さえ気づいてるかもしれないが。

抜け出す前に、少しだけ顔が見たくなってクラピカの部屋に行った。
遅くまで仕事をしていたのか明かりはつけっぱなしで、部屋の主はソファの肘掛けを枕代わりにして寝ていた。近づき顔を除き見ると、眉間には皺が寄っていた。目の下にはくまもあり、見るからに疲れなんて取れてない様子。そんなクラピカにチクッと胸が痛む。
クローゼットから毛布を取り出して、そっとかける。そして艶のあるサラサラの金髪を撫でた。ひと束手に取るもするりと私の指の間から落ちていく。
そういえば、いつかに髪の手入れはどうしてるのか聞いたことがあった。

"ねえ、クラピカって髪のお手入れどうしてるの?"
"何もしてないが。"
"うそ、何もしてないなんて…"
"そうか?男なんてこんなものだろう。"
"女の私としては羨ましい限りよ?"
"名前の髪も十分艷やかで綺麗だが、"

さも当たり前かの様にそう言うとクラピカは私の髪をするりと撫でた。クラピカはいつだって何も無い顔でこんな台詞を言ってのけるんだ。それに振り回されて一喜一憂しているのはいつも私の方。

(ほんとずるい)

今日で最後だ。こうやってクラピカに毛布をかけてあげるのも、優しく髪を撫でるのも。そう思うと名残惜しくて、私の決意なんてすぐに崩れさってしまいそうになる。
そんな私の心情なんて知らないクラピカは、手を振り払うかのように寝返りをして背中を向けた。

(最後くらいいいじゃない。クラピカのばか。)

全部1人で抱え込んで、日に日に疲弊していく姿を見ているこっちの気持ちにもなって欲しい。
いつからだろう、クラピカが笑わなくなったのは。もともとよく笑うタイプの人間ではない。だけど、クラピカが眉を下げて笑う顔が大好きだった。
いつから私は間違ってのだろう。いや、どんなに私が努めてもクラピカは同じ道を辿る。クラピカを突き動かしている動機は私では計り知れない程、彼の心の奥深くまで根付いているから。

いつまでも此処にいても仕方がない。クラピカが起きてしまったら言い訳すらままならないし。

「じゃあね、クラピカ。ずっと…大好きよ」

そう告げ、入ってきた時と同じように気配を消して部屋から出た。
そこからは屋敷を出ようと早歩きで廊下を進む。自室になんて寄らない。持っていく荷物なんて無いし、ポケットにあるケータイとクレジットカードしか入っていない財布だけで十分だった。何かを持って行っていくと後ろ髪を引かれるだけだから。

「あら、こんな夜更けにお出かけかしら?」
「センリツ…」

誰にも会いたくなかった。なのにセンリツの顔を見ると何故だが安心してしまった。
まるで何も言わず出ていこうとしている自分を引き止めて欲しいみたいじゃないか。

「名前から随分と思い詰めた音がするわ。あと、辛いって顔に出てる。」
「もう見てられないの。クラピカはどんどんやつれていく。それに、私だけ置いてけぼりにされてる気がして。お互いスタートは同じはずだったのに。いつの間にか凄く遠くに行ってしまったみたいに感じてしまう」

前半は嘘。後半は本当。嘘を吐くときは事実を混ぜると良いって昔クラピカが言っていた。
嗚呼、こんな時でもクラピカとの会話を思い出すなんて。随分と滑稽だ。

「少しの間、夜風に当たって考えたい気分なの。」
「そう、まだ日も出ていないし気をつけてね」
「センリツ、クラピカをよろしくね」
「ええと。それは、彼次第、かしら?」

センリツの言っている意味は分からなかった。別にもう分かろうと思わなかった。だって私は今夜ここから去るのだから。
それに、センリツに聞いたとしても求めてる答えは返ってこない気がした。いつでも彼女は分かっているのに、踏み込んで来ない。それが心地よくもあり、もどかしい時もあった。
私は小さくセンリツに手を振り、その場を離れた。ちらっと振り返って見ると彼女も振り返してくれた。それに少しだけ心が和らいだ。

(ありがとう、少しの間だけど貴方と過ごせて良かったわ。)

屋敷を出ると心が軽くなった気がした。夜明けまでに遠くへ行こう。私の決意は固かったが、行く宛などなかった。そもそも頼る知人など…、いないことはないけど。
パッと頭に浮かんだのは旧友とまではいかないが、昔の仲間だった。
レオリオは受験勉強の真っ只中だろう。声を掛ければ優しい彼は助けてくれる。だけどそこまで私も図々しい訳ではない。大事な時期のレオリオに迷惑をかけるわけにはいかない。却下。
キルアは何かと実家事情がややこしい。頼るにしてもトラブルが起こりかねない。
ゴンはおそらくはキルアと行動を共にしているだろうが、よく考えてみれば2人とも年下だ。まだ私は年下に頼るほど切羽は詰まっていない。却下。
結局いい案は浮かばずに歩き続けていると、街外れの海岸に来ていた。
防波堤の先まで進み、腰をかける。海風が冷たいのがとても心地よかった。

(これからどうしよう。とりあえずこの街を出なきゃ)

そっと抜け出すだけで済む訳がない。これでもマフィアのファミリーに所属しているのだから追手がきて始末されるかもしれないのだ。現実はそう甘くはない。
そこまで考えれるのに、自分の無力さを痛感してクラピカから逃げた。何とも幼稚だ。

"無鉄砲に行動するのは名前の悪い癖だ。どこを怪我した?見せてみろ。"

クラピカとの思い出の1つがまた脳内再生される。あの時はぶつぶつも文句を言いながらも優しくて手当をしてくれた。いくら文句を言われてもクラピカの気を引けたのが嬉しくて私は内心にニヤニヤしていた。
どこまでも心の中に居座り続けるクラピカに大きくため息が出た。
水平線を見つめると海と空の境界が僅かにオレンジががっていた。夜明けまでもうすぐだ。
考えてもいい案は浮かばないし、この時間は公共交通機関も使えない。私には朝まで待つ、という選択しかなかった。

「これじゃあ、ただの家出みたいじゃない」

身体を仰け反らせて空を見上げた。

「ああ、そうだな。束の間の家出は楽しかったか?」

見上げた先には夜明け前の空に僅かに散らばる星たち、ではなく。



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