どちらが先か、なんて




"ファミリーでもない得体のしれない女出入りさせて何がしたいと思う?"
"なかなか腕の立つ情報屋って聞いたぜ?"
"にしても一体どうやってあの神経質を丸め込んだんだ?"
"どうせ色仕掛けだろう?見えそうで見えない厭らしい服着て目を惹かせたんだよ。若頭だって盛んな年頃だ"
"あの女、かなり情報提供してるらしいが下の俺らにはあいつの持ってきた情報何一つ聞かされねえ。実は別のとこのスパイで、うちのファミリーの情報を他に流してるんじゃ…"

「んー、ほぼ不正解ね。仮にも仕事中なんだからもっと有益な会話しなきゃ。これじゃあ一生ヒラだと思うけどな。可哀想に」

可哀想、なんて本当は微塵も思ってもいないが。
噂話は情報収集においては入り口の入り口である。有益な情報も含まれているが、元の情報よりもかなり着色されている事のほうが多い。さっきの会話みたいに事実なんてほんの1割程度で、他は人づてにどんどん盛られた虚構だ。
右から左へと足を組みなおすとスリットから太ももががっつり見えた。

(スリットスカートは何かと便利だから履いているだけなのに)

そっと太ももが見えないようにスカートの布を掛け直すも、するりと落ちていった。
コンコン、とノックされる。彼だ。

「私だ。名前、入るぞ」
「どうぞ」

彼の名前でとった部屋なのに随分と律儀だ。先程までファミリーの誰かと電話していて、少しの間外に出ていただけなのに。まあ、彼らしいといえば彼らしい。
電話が終わったらしいクラピカは部屋に入るとベッドに腰掛ける私を一瞥した。

(あ、今太もも見た)

クラピカは太ももを敢えて見ないようにしながら、ソファに座った。神経質だとか、堅物とかヒラくん達に陰口言われてるけど案外可愛いところだってあるんだから。背中しか見えないのは何だか寂しいので、私はベッドから立ち上がる。クラピカの座るソファの背もたれに後ろ向きで腰掛けた。

「電話はもういいの?」
「ああ、問題ない。それより、また盗聴してたのか」

トントンと人差し指を自分の耳にあてて私を見つめるクラピカにイヤモニを付けていた事を思い出す。

「ごめんなさい。貴方の所のヒラくん達の会話が楽しくて」
「悪趣味だな」
「酷い。ある程度悪趣味じゃないとこんな仕事できないのよ」

ふふっと笑いながら、イヤモニを耳から外してソファの端に置いてあった鞄に入れた。それと入れ替えでメモリーカードを2つ手に取る。クラピカには見えないように。
ソファの背もたれから腰を上げ、ローテーブルの前に立った。そっと両手のひらを裏表見せて何もないとアピールする。

「ぱちん、と指を鳴らすとあら不思議。メモリーカードが出てきちゃった」

指を鳴らすと同時に握った片手を広げる。手のひらには透明のケースに入ったメモリーカード。それをクラピカに見せるため指で摘み目の前でヒラヒラさせた。

「その感じ、どこぞの奇術師を思い出す」
「彼も贔屓にしてくれる顧客の1人だからね」
「最近会っているのか」
「気になるの?」

遊ぶようにメモリーカードを指で弾いて手のひらで掴み、クラピカを見た。いつも淡々としている彼にしては珍しく少し拗ねているような、そんな感じがした。クラピカの気が引けたような気がして少し嬉しくなる。

「…いや、あれが今どこで何をしてようが関係の無い話だ」

名前は今まで結構な数の顧客とやり取りしてきていた。何人かは彼女の魅力に嵌り、自らの物にしようとした者もいた。名前はそうなった顧客の前からは姿を消した。何一つ残さずに。
ビジネスにおいてあらぬ感情など狂わせるだけである。

「彼、今は鬼ごっこに忙しいみたいよ。だからさっきの答えはNoね。会ってない。これもクラピカには関係のない話?」

卵が先か鶏が先か、なんてよく言うがあらぬ感情が先に芽生えたのは名前が先かクラピカが先か。
もう2人はビジネスパートナー以上の関係に足を踏み入れてしまっていた。なら今更どちらかが先かなんて不毛な話かもしれない。
クラピカから出るピリッとしたオーラが消えた。

「…関係のない話だ」
「そう、つれないのね。まあ無駄話はやめて本題に入りましょうか。嫌いでしょう?無駄話。」

関係のない話なんて強がった言い方をしたクラピカに名前も相応に答える。そもそも会ったかどうかを聞いてきたのはクラピカの方だ。

「はい、もうひとつ。今回のオマケはかなり有益情報だと思うけど」

ぱちん、と再び指を鳴らすともう1つピンクのケースに入ったメモリーカードを手のひらから出した。それを見たクラピカはごくりと生唾を飲み込む。

(私といる時だけ、こうも分かりやすいのも考えものだけど)

そう、オマケと称したピンクのメモリーカードには別の意味があった。それはこれから行われるであろう行為の対価。
ソファに座るクラピカの横に座ると、魅せつけるように足を組んだ。スリットスカートから太ももががっつり見えるように。
クラピカの右手を優しく手に取りメモリーカードを2つ入れた。もう、渡すものは渡した。
はやる気持ちを抑え余裕ぶってみる。どうせこのあと余裕が無くなっていくのは私の方なのだから。

「今日は大きいベッドの部屋なのね。すごく嬉しい」

クラピカの唇へそっと自分の唇を重ねた。最初は優しく可愛らしく。
唇が離れると乱雑にメモリーカードをローテーブルに置いたクラピカはソファに私を押し倒して首に顔を埋めた。

(雑に扱わないでよ。どっちも情報集めるの簡単じゃないんだから)

そう心の中でクラピカにケチをつける。と言ってもメモリーカードを渡してしまえば、名前の脳には情報収集の記憶など微塵も残っていないのだが。
あとはただクラピカに体を委ね快楽を求めることだけ。