雨上がりに


つくづく自分はアイドルの彼女に向いていない、そう思う。

私の彼は今売り出し中のアイドル阿修悠太くん。初めて会った時に一目惚れし、猛烈なアタックの末付き合うことができた。スイーツが好きという共通の趣味があったのがよかったのかもしれない。
だけど何故告白をOKしてくれたのかもわからず、自分の中では付き合ってもらっている、という気持ちが抜けない。ただのスイーツ友達の延長と思われているかもしれない。阿修くんが私のことを本当はどう思っているのか、なんて怖くて聞けない。付き合えたものの不安な毎日を送っていた。


今日は珍しく彼がオフだから彼の部屋で会うことになっていて、電車に揺られながら彼の部屋に向かっている。時折、隣に座る女子高生達の会話が聞こえてくる。どうやらTHRIVERのようで、愛染さんカッコいい!とか金城くんもいい!とか聞こえてくる。そこまではまだいい、問題はその後だ。

悠太くんめっちゃかわいい!今回の新曲は超カッコよかったし、ギャップ萌え?推し変しそう!

あぁ、そうだった、阿修くんもアイドルだった。
いつも私の横で幸せそうに新作ケーキを頬張っていても、TVに映る彼はみんなのアイドルで私だけのものじゃない。そもそも私のことが好きなのかもわからない。
そんなくだらないことで黒くどろどろとした感情が湧いてくる。同時に不安にもなる。今から会いに行くというのに、私は今どんな顔をしているのだろう。阿修くんの前で上手に笑えるだろうか。車窓に目をやり、表情を確認しようとするが生憎うまい具合に反射せず、過ぎていくビルばかりが視界に入る。窓の外は私の心とは正反対に雲ひとつない快晴だ。

しばらくして降りる駅に着き、やや急ぎ足で電車を降りる。
この不安な気持ちを彼に話せば楽になれるだろうか、それとも彼を困らせてしまうだろうか、そう思いつつ彼の部屋へと足を進める。


マンションのロビーまで来たものの、インターフォンを鳴らせずにいた。こんな状態で彼に会って、いったいどんな顔をして、何を話せばいいのだろう。こんなところに立って、1人で考え込んでいるよりは早く押してしまった方が楽になれるだろう。
意を決してインターホンを押す。
軽快な音の後に続いてはーい、と元気な声が聞こえてくる。さとうです、と告げればすぐ横の自動ドアが開いた。

エレベーターで彼の部屋のフロアまで上がって、ドア横のインターホンを鳴らすため指を伸ばす。

さとうちゃん!いらっしゃい!待ってたよ!

阿修くんが元気に迎えてくれるけど、言葉に詰まって何も返せない。靴を脱いで顔を上げたところで、何故か頬に涙が伝う。

どうしたの?

不安げな表情で阿修くんが顔を覗き込む。

雨が、降ってたの。

咄嗟に出てきた言葉は現実味がなさ過ぎて余計に心配させてしまいそうだった。外は雨など降っていなかったし、むしろ雲ひとつ無い快晴、濡れているのは私の頬だけ。もう少し何かあったはずなのに、ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。

ゆっくりと阿修くんが近づいてくるが、涙が溢れる私の瞳では彼の表情は確認できない。きっと困った顔をしているのだろう。

阿修くんの両腕が伸びてきて、片方は背中に、もう片方は頭に回される。背中から引き寄せられ、彼の胸に顔を押し付けられる。

そうだね、雨だ。今日は外に行かないで部屋でゆっくりしよう?新作ケーキ、もらったんだ。さとうちゃんの好きなの選んでいいよ。一緒に食べよう?

いつも以上に優しい声が頭上から降ってくる。


それからね、もう部屋の中だから雨は降ってないよ。

それだけ言うときれいな指で私の頬を拭い、ちゅ、とおでこにキスをしてぎゅぅっと腕に力を入れた。ほんの数秒心地よい圧が体にかかるが、名残惜しそうにゆっくりと離れていく。阿修くんに触れられていたところが熱くなる。
こんなことをされて気が付かないほど鈍くはない。自惚れてしまっても、期待してしまっても、いいのだろうか。

さとうちゃんは何ケーキがいーい?チョコのやつも生クリームのやつも果物がいっぱいのってるのもあるよ!

腕を引かれてリビングへと入る。阿修くんに掴まれている腕はさらに熱くなる。

ケーキを食べたら私の思ってることを少しずつでも聞いてもらおう。私のことを、阿修くんといることでこんなにも高鳴る胸の内を知ってほしい。そして阿修くんのこともたくさん聞かせてもらおう。もっと阿修くんのことを知りたいから。




虹をつくる太陽







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