お昼寝


「凛月、凛月ってば!起きてよ。重いしそろそろ授業始まっちゃう」

何度も名前を呼んだり、体を揺さぶったりして凛月を起こそうとするが、一向に起きる気配がない。
もうすぐ昼休みが終わるというのに、私の太ももを枕にして寝ている凛月は微動だにせず、死んだように寝ている。

1週間くらい前、私がお弁当をガーデンテラスで食べている時に凛月は眠そうにやって来た。何かと思えば人の太ももを枕に気持ち良さそうに寝始めた。その日は昼休みが終わる時間になってから、凛月に退いてもらって教室に戻った。
しかし、次の日もその次の日も凛月はやって来て、私の太ももで寝始めた。退かせば私を解放してくれるから、そこまで気にしていなかった。

だけど今日は何故か腰に手を回して私に抱きつくように寝ていて、なかなか離れてくれない。
無理矢理剥がそうとする度、腰に回った腕に力が入っていく。

…どうしよう。授業に出られなくなる。恐らく凛月は放課後まで寝るつもりだ。授業に出られないのはまだいい。放課後には凛月が所属するKnightsのレッスンに行く予定がある。遅刻なんてしようものなら瀬名先輩にねちっこく注意を受けるだろう。


...ああ、でもなんだか少しだけ眠くなってきた。お昼ご飯食べた後だからかな。
段々と瞼が降りてきて、首も上下に揺れ出す。たまにはサボりもいいよね...?



...さとう、起きて〜。
そろそろ起きてレッスン行かないと、セッちゃんに怒られるよ〜。

「んん、凛月...?」

肩を掴まれゆっくりと揺らされる。その声は、夢の中でもずっと聞いていた様に感じられる。夢は覚えていられなかったけど、もしかしたら凛月が出てきていたのかもしれない。ゆっくりと瞼を開けると凛月の眠そうな顔が思っていたより近くにあって、少しだけドキドキした。整った顔が自分の近くにある、というのは充分鼓動のスピードを速める理由になると思う。

ほら、立って、一緒にレッスン行こ〜。俺も寝起きで力入んないし、背負ってくれてもいいよ?

寝起きの気の抜けた様な声を掛けられ、腕を引かれる。そもそも凛月のせいでこんなことになってるのに。

「レッスンは行くけど、凛月を背負うのは無理。私だって一応女子だし。ていうか誰のせいでこんなことになってると思ってるの?凛月が離してくれないから午後の授業受けられなかった。」

凛月の腕を借りながら立ち上がって、嫌味な言葉をぶつける。自分でサボると決めたくせに、八つ当たりもいい所だ。ドキドキさせられた事も相まって棘のある言い方になってしまった。こういう時は素直に、可愛らしく、お礼を言った方がいいのだろうが、そんな余裕はない。全く可愛げのないやつだと我ながら思う。

そんなこと言って〜、さとうも気持ち良さそうに寝てたじゃん。寝言まで聞こえてきたよ?

「うそっ、確かに気分良く寝られたけど、寝言なんて...」

本当だよ?嬉しそうに凛月...って、俺の名前呼んでた。どんな夢見てたの?俺の夢?

もしかして本当に凛月の夢を見ていたのかもしれない。顔が熱くなるのを感じる。きっと頬は赤く染まっているのだろう。

もしかして図星?さとうが俺の夢見てくれるなんてうれしい〜。

凛月が冗談めかしてそんな事を言ってくるから、どんどん顔が熱くなる。心臓も鼓動のスピードを速める。

「そんなの...凛月に関係ないでしょ!それより早くレッスン行かなくちゃ!」

赤くなった顔を隠す様に顔を背けて、繋がれたままの凛月の手を引いて歩き出す。

昔の人は夢に出てくるのは相手が自分を想ってるからだ、と解釈したらしい。でも今は自分の強い想いが夢に反映されると考える人が多い。
それが本当なんだとしたら、私が凛月のことを好いている、という解釈が成り立つ。
まさか、そんなわけない。大体凛月だって、私のことただの枕だと思ってるだろうし。
落ち着かない気持ちを消したくて、段々と歩みが早くなり、最終的に走り始めていた。

ちょっとさとう〜、急に走らないでよ。まだ間に合うよ?

人の気も知らないで呑気なことを...!

「いいの!早めに行って準備しておきたいの!」

振り返りもせず、叫ぶ様に言う。

今まで何とも思っていなかったのに、意識し始めると止まらない。眠そうな声も、繋がれた手から伝わる体温も、風に乗って微かに香る匂いも、全てが私をドキドキさせる。

もしかして、これが『恋』なの?



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