プロデューサー


誰もいない教室で、この前のステージの録画を見るために携帯端末を開いて、イヤホンで耳を塞ぐ。次のライブの参考にしようと思っていたが、スバル君を目で追ってしまう。
ステージの上のスバル君はいつも以上に輝いて見えた。ステージと客席、本来ならばこの距離感が適切なのに、スバル君はすぐに距離を詰めてくる。物理的にも心理的にも。
だから勘違いしそうになるけれど、私たちの関係はクラスメイトである以前にアイドルとプロデューサー。それを間違えちゃいけない。
スバル君のキラキラで消えてしまいそうな私にこの距離を詰める勇気はない。
ライブの後嬉しそうに抱きついてくるスバル君が本当は大好きだけど、スバル君はアイドルで私はプロデューサーだから。それ以上は求めない。
いつか離れなくてはいけない時がくること、これ以上の関係にはなれないこと、悲しくて、寂しくて、1人で時々泣いてしまう。ライブ会場はどんどん大きくなり、メディアへの露出も増えてきた。本当はもう私のプロデュースなんていらないのかもしれない。
でもスバル君の笑顔が好きだから、彼らの前では何も言わないし、顔にも出さない。私一人我慢すれば、スバル君は今日もキラキラ笑ってくれる。ステージの上で楽しそうに歌って踊っているスバル君が1番大好きだから、明日からもプロデューサーとして頑張れる。

そう思っていても涙は溢れる。私は特別じゃないし、スバル君が輝いていればそれでいいのに。それで良かったはずなのに。
誰もいない放課後の教室で1人泣くことが日課になりつつある。見られたくないのならもっと違う場所がいいのだろうけど。日に日に大きくなるこの気持ちを、1人で抱え込むことに疲れているのかもしれない。誰かに話したいのかもしれない。自分の気持ちさえよくわからないのに涙は止まってはくれないみたいだ。

とっくに再生を終えた端末からは何も聴こえないけれど、イヤホンで耳を塞いでいた私は、教室に誰かが近づいてくるの気づかなかった。

後ろから急に抱きしめられて思わず肩を震わせた。スバル君の匂いがしたから、小さく名前を呼んでみた。
泣いてるところ見られちゃったな。

スバル君は普段の彼とは違う、少し低い声で何があったのか聞いてきた。
スバル君の言葉に何か返さなきゃ。
直前まで考えていたことを言ってみる。
なんだかアイドルとプロデューサーの関係じゃなくてそれ以上の関係になりたいって言ってるように聞こえなくもない。

だけど次に聞こえてくるスバル君の言葉は私を更に勘違いさせるようなものだった。スバル君は私から離れて前の席に座る。私の手を握って見つめてくる。恥ずかしさから逸らそうとしたけど、逸らさないでと真剣な目で言うから目が離せなくなる。
それから告げられる言葉は、信じられないようなものばかりだったけれど、手から伝わってくる熱が本当だと言っているようだった。
顔がどんどん赤くなるのがわかる。早く何か言って立ち去りたい。
咄嗟にスバル君の耳元に顔を寄せて私も、と言う。驚いたのか繋がれた手から力が抜けていたので急いで離して、荷物を持って外に出る。
あまりの恥ずかしさに走り続けていたら気付けば校門の外だった。

今だに残る顔と手の熱が夢じゃないと感じさせた。



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