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*交際前 inファミレス
「あっ啓介こっちだよ〜」
「おう」
 啓介がトイレに行っている間に席へと案内されたため、ソファ席から名前が手を振る。奥から史浩、賢太と座ったソファの向かいに涼介、名前と座っていて、啓介はいつもどおり名前の隣に腰を落ち着けた。
「ん?賢太何笑ってんだよ」
「いやっなにもっ」
「はいっ、啓介はジンジャーエールでいいんだよね」
「お、サンキュ」
 食後はコーヒーで締めるものの食事中はジンジャーエールを啓介が飲むと知っている名前はグラスを手渡した。受け取るなりぐいっとグラスを仰いだ啓介に全員が口元を歪め俯く。
「んぐぇっ!?まっずっっ!?」
「あはははははっ!」
 大笑いする賢太に顔を逸らす史浩、口元を隠す涼介と、その肩に額を当て震える名前。犯人は考えるまでもなく分かっていて、啓介は手を伸ばした。
「わっ!?」
「名前?お前これ何入れた?」
 後ろから顎を掴まれ、そのまま引き寄せられた名前は涼介の肩を離れ啓介の胸へと背中を預ける。ガクガクと顎を左右に揺すられ大人しく白状した。
「ジンジャーエル半分にりんごジュースとウーロン茶混ぜましたごめんなさい」
「ったく...。ほら、お前が残り飲めよな」
 啓介は舌打ちの後で名前を開放すると、濡れたグラスをナプキンで拭きテーブルの上でそれを滑らせた。
「え、やだ、飲みたくない」
「いいから飲め」
「や〜だ〜!」
「人に飲ませといてそれはねえんじゃねえの、名前ちゃん。なあ?」
 再度顎を掴まれ無理矢理唇にグラスを当てられる。
「んんん!」
「啓介、あまり虐めてやるな。俺が飲むよ」
「...アニキはこいつに甘すぎるぜ...」
 呆れる啓介の手からグラスを奪った涼介は残っていた茶色い液体を飲み干す。僅かに眉根に皺が寄るのを見て名前は自分のストレートティーのカップを差し出した。
「涼介くん、ごめんなさい」
「いいさ。だが啓介にイタズラするのも程々にな」
「はい...」
 優しく頭を撫でられると、子供扱いされたと罪悪感は寂しさに変わっていく。しかしそれも束の間で、互いにカップを左手で持つことに気付いて恥ずかしさに頬を染めた。
(間接キスだ...!)
 名前がそう思ったのと同様に涼介も心を乱す。
「どうかしたか?」
 そんな二人に何かを感じ取ったのか啓介は問い掛ける。
「なっ何でもないよ!お詫びに飲み物取ってくるよ!ジンジャエールでいい?」
「いんや自分で行く。お前また変なの入れてきそうだからな」
「もうしないよ」
「信用ならねえ」
 しょぼんと肩を落とした名前の頬を抓り啓介は笑う。
「行くぞ」
「うん!」
 立ち上がった名前が嬉しそうに啓介の後を付いて行くのを見て、涼介は切なく瞳を細める。対等に接している二人を見てしまえば甘やかな気持ちは消え去った。
(やっぱり名前の隣は啓介のほうが相応しいのか...)
 胸に湧き上がる苦い想いを誤魔化すようにブラックコーヒーを飲み下す。
 史浩だけがもどかしい思いを抱え人知れず唸っていた。





*交際後
 研究室での作業が長引き、涼介が自宅に帰りついたのは夜10時を過ぎた頃だった。車庫には弟の車がありそれを珍しく思いながら家へと入る。そこには見慣れた靴があり涼介は喜びに笑みを浮かべた。リビングの両親に帰宅の挨拶をして二階の自室へと向かう。しかし階段の中頃で足を止めた。
「あっ、やあっ」
 漏れ聞こえた高い声は間違えるはずもない恋人のものだった。
「んっ、んんっ...!」
「っ、おい...アニキが帰ってくるんだから早くしろ」
「だってぇ...怖い...」
「いいからこっち向けよ」
「啓介、お願い...優しくして?」
「......んなの出来るわけねえだろ。ほら、いくぞ」
 血が沸騰したかのように全身が熱い。怒りと悲しみの両方が心で暴れるのみならず、内から外へと肉を食いちぎり這い出ようとしている。
「っ啓介ぇっ!」
 バンッッとドアを壊さんばかりの勢いで涼介は啓介の部屋を開ける。ベッドの上で身を寄せる二人を目にして先程とは比べ物にならない熱が爆発し、呆けた顔の弟の胸倉を掴むと怒りのまま腕を振り上げる。
「涼介くん!」
 目の前に飛び出し腕に縋り付いてきた恋人にさえも涼介は氷のように冷たい視線をやる。それに怯えつつも名前は口を開いた。
「落ち着いてよ、涼介くん。どうしたの?」
(どうしたのだと?何しらばっくれてやがる...)
 より鋭い瞳に射抜かれて名前は身震いした。乱暴に腕が払われて、啓介と名前はベッドに尻餅をつく。カチャンと何かが落ちる音に涼介は足元を見て、それから溜息を吐いた。
「悪かったな、啓介」
「いや...俺こそ悪かったな、なんか」
 そう言うと啓介はそれを拾い上げ涼介に託すと階段を下りて行った。
「?...??」
 困惑した様子の名前に涼介は苦笑して、それから小さな耳に唇を寄せた。
「名前、お前のエッチな声が外まで聞こえてたぞ」
 びくっと跳ねた肩に顎を乗せ、手の中のピアッサーをベッドの上に放る。赤い顔を覗き込むと恥ずかしそうに噛み締められた唇を一度舐めしてから優しく重ね合わせた。
「啓介と浮気でもしてるのかと思ったぜ」
「なっ!そんなことするわけない!」
「ああ。でもあんな声聞いたらな」
「っ、っ〜〜」
 自分がどんな声を出していたのか思い返せば消えてしまいたくなるほどの羞恥に襲われた。顔を俯けようとするのを頬を包み阻んだ涼介はじっと見つめ堪能する。段々と潤み始めた愛らしい瞳に微笑んだ。
「お前と啓介は距離が近すぎる。俺にヤキモチを焼かせたいのか?」
 数度唇を掠め涼介は問う。違うという否定の言葉さえ告げさせてもらえず、呼吸を奪われた名前はふわふわとした心地に酔う。
「わたしが好きなのは涼介くんだけだもん...」
 胸に手を置き潤んだ瞳で見上げる、甘えたような仕草で言われてしまえば涼介はもう何も言えなかった。心の中で愛の言葉を数え切れないほど紡ぎ、それと同じ数だけ唇や頬、首筋に口付けを送った。
「啓介、涼介と名前ちゃんは?」
「んあ?ああ、いつもと変わらずいちゃいちゃしてるぜ。しかも俺の部屋で」
「あの小さかった二人がなあ」
両親と弟がそんな会話をしているとも知らずに。





*交際後
 仁王立ちする二人の大男を前に名前は正座で縮こまる。隣には同じようにした賢太と拓海がいて、少し離れたところに呆れ顔の史浩と松本、宮口が事の成り行きを見守っていた。
「俺だって誕生日にプレゼントが貰えるのは嬉しいぜ。でもな賢太、お前二人に悪いと思わねえのか?」
 溜息混じりに言ったのは啓介で、その手には紙袋がある。どうやらそれがこの発端のようだ。
「いや...啓介さん彼女いないし、必要かなって...」
「必要ねえよ!しかもお前なあ、未成年二人からも金集めるなよ」
「...金が無くて...」
「ったく...。藤原も知らなかったのか?」
「はい...。賢太さんが買って渡してくれるって言うんでお金だけ...」
 再び啓介が重い溜息を吐く。見守っていた三人は何事も無く説教が終わったことに肩を竦めた。しかし今まで優雅に腕を組んでいた涼介が名前の前に膝を着いたことで再び緊張が走る。啓介に至っては長年の経験から嫌な予感さえ感じ取った。
「名前、お前は啓介に何をあげた?」
 楽しそうに聞く涼介に名前は頬を染めてスカートを握る。もう一度優しく名を呼ばれておずおずと口を開いた。
「あげたのは賢太くんだもん...」
「だがお前も出資したんだからあげたことになるだろ?何をあげたんだ?」
 大型犬に追い詰められた子猫のようにぷるぷると震える姿は可哀想だが、羞恥によるそれでは愛らしさが勝っている。誰も助け舟を出そうとはしなかった。
「オ」
「オ、なんだ?」
「っ〜〜っ!」
 赤くなった顔で見上げられて涼介の背にぞくぞくとしたものが駆け上がる。ほう、と息を吐き隠しようもないし笑みを口元に宿した。
「名前」
 脅されているわけでもないのに、魔法にかけられたように名前は震える声を零す。
「っ、ぅ...オナ、ホ、です...っ」
「〜〜っ...!」
 小さな口から発せられたいやらしさを感じさせる単語に涼介は満足気だ。より強い甘美な刺激が背筋だけでなく脳髄や腰、股座にまで走る。
 拓海や賢太、松本、宮口は尊敬する涼介の加虐的な一面や、その彼女の初々しく男心を擽られる表情に赤面し胸を高鳴らせた。そして啓介は恍惚とさえ表現できる兄のそんな表情を見たくなく額を押さえる。
「俺たちは何を見せられてるんだ?」
「啓介さんの兄夫婦ですよ」
 啓介の助けを求めるような言葉に賢太もげんなりとした様子で答える。
「......先が思いやられるぜ」
 啓介の視線の先では頬を膨らませ拗ねた表情で胸を叩く妹と、それを甘んじて受け入れるだらしない顔の兄がじゃれあっている。どうにか堪えようとした言葉を吐き出してしまった弟に、愛の世界を作り出す二人以外が心底同情した。
「誰もいない世界の果てで永遠に二人きりでやれ...!」





*交際前
 啓介が帰宅するとリビングのテーブルに肘をつき頭を抱える涼介がいた。規則正しく、しかし大袈裟な呼吸を繰り返しているのを不審に思い、迷った末に声を掛ける。
「アニキ、どうかしたのか?」
「ああ...、啓介か。いや、なに、名前が可愛くてな。悶えていたところだ」
「......そうかよ」
 聞かなきゃよかった、と悔やむも時既に遅い。
「もう高校生なんだよ、って嬉しそうに笑っててな...。可愛くて死ぬかと思ったよ。ああ...、思い出しただけで息が苦しい。心臓が痛い」
「......」
「これは病気だ...。そう、恋という名のな...!」
「重症だな。気持ち悪ぃ」
「名前の可愛らしさに殺されるなら本望だ...!」
「頼むから黙ってくれ...」
(兄はこんなにポンコツだっただろうか。いや、そんなはずはない...!あってほしくない!)
 啓介の受難は始まったばかりである。この先、何十年とこれが続くことになるとは思いもしなかった。





*高校1年生と小学5年生
 日中に残暑を感じるものの、朝晩は随分冷え込むようになった。数日寒い思いをした涼介は休日の今日衣替えをすることにした。隣の部屋では半袖半ズボンの弟が寒そうに包まって寝ているのを知っているため、弟の分も出してやるのだから心優しい兄だ。
 シャツ一枚では肌寒くパーカーを着込むと、とりあえず啓介の服を部屋に運んでやり、自分の服もタンスの中身を夏物から冬物へと詰め替える。
 終わった、と息を吐いた時パーカーの袖が手首までないことにやっと気付いた。丈も短くなっていて、前を閉めるとパツパツと言えるくらいに窮屈だ。
「......」
 涼介はパーカーを脱ぎ、今しがたタンスに詰めたばかりのスウェットを取り出し頭からかぶる。同じように袖も丈も短く窮屈で顔を顰めた。
「アニキ〜服ありがとうな」
 さっそく裏起毛のパーカーを着てふわふわを楽しむ啓介は、涼介の部屋に入るなり驚いた。
「......珍しいな、アニキが散らかすなんて」
 床やベッドに服がいくつも散乱していて、その中心には疲れた様子の涼介がいた。
「去年着てたわよね」
 部屋に呼んだ母の問い掛けに涼介は頷いた。父はといえばたった一年でこんなに大きくなったのか、と息子の成長を喜ばしく思っている。
「服いくつか買ってきなさい。とりあえず大きいけどお父さんの着て行くしかないわ」
 涼介は父の手からスウェットを受け取りそれを着た。袖が長く二回折っている間に、着れなくなった服を母がたたみ、その中から欲しいものを探す啓介がぐちゃぐちゃにして叩かれている。部屋着からデニムに着替えると、机の上の財布をポケットに突っ込んだ。
「お金渡すから」
「うん」
 母の後ろについて階段を降りる。玄関前に辿り着いた時、丁度インターホンが鳴った。
「名前です」
「!」
 訪問者が幼馴染みと分かるなり涼介は素早く解錠しドアを開ける。それに母はにやにやと視線を送った後でリビングへ向かった。
「おはよう、名前」
「おはよう!涼介くん!」
 朝から名前に会えたと、涼介は隠しきれない嬉しさに破顔する。名前もまさか涼介が出るとは思っていなかったため、突然目に飛び込んできた好きな人の顔に朝日のように眩しい笑みを浮かべた。
「みかんお裾分けに来たの!」
「ありがとう。上がって」
「あっ...」
 涼介は名前の手からみかんの入った袋を奪い、それから腕を掴み家に引き入れる。リビングに向かえば当然名前が来ると分かっていた母はジュースとお菓子を用意していた。
「名前ちゃん、おはよう。いらっしゃい」
「おはよう!おじゃまします!」
「っあ〜!もうほんっと可愛い!」
「わあっ!ママやめてよ〜」
「久しぶりの名前ちゃんなんだもん」
 ぎゅむぎゅむと名前を抱きしめる母に涼介は歯噛みする。容易にそんなことが出来る母が羨ましく、いい歳してもんとか言うな、しかも二日前に会ってただろと心の中で悪態を吐いてしまった。
 解放された名前は少し草臥れた様子でソファに座る。涼介もその隣に座るとにこにこと笑みを向け名前の頭を撫でた。嬉しそうな表情で見返され笑みを深める。
(もう今日は服買いに行かないで名前と過ごそう...)
 そう涼介が考えていると、不意に名前が手を伸ばす。
「涼介くんのお洋服、初めて見るのだ」
 折り曲げた袖が小さな指でなぞられて、涼介はなんだかくすぐったい気持ちになる。
「去年着てた服が小さくなってて着れなかったんだ。これは父さんのだよ」
「そっかあ。パパのお洋服大きいね。わたしが入ってもまだ余裕がありそう」
「......入ってみるか?」
「え?いいの?」
「ほら」
 裾を持ち上げた涼介に名前は考えることもせずスウェットの中にもぐる。
「ん、むむぅ」
 首周りはさすがにきつく、どうにか頭を出す。すぐ近くで顔を突き合わせると、名前はさっと顔を逸らしてしまった。恥ずかしがる表情を涼介は思う存分楽しむ。それからより密着するようにと膝の上に抱き上げると、吸い込まれてしまうのではと思うほど大きな黒曜の瞳に見つめられた。
(可愛い...可愛い...)
 涼介は堪らずむぎゅぅっと抱き締めた。幼女と少女の狭間をいく体の柔らかさと高い体温が心地良い。同じ服の中にいるからか、このまま一つになれるような気さえして腕の力は強くなる。
「苦しいよ涼介くん...」
 そう言いながらも美味しそうな頬が引き上がっていて、涼介は口付けて噛み付きたい衝動をどうにか押さえる。このままでは本当に手を出してしまいそうだと、頬擦りをして楽しげに笑う名前に意識を集中させた。
「んだよあれ」
「イチャイチャしてる」
「涼介はもう買い物行かないだろうな」
「だな」「そうね」
 服の中で膨らみが動いている。名前が頭を引っ込めて涼介の胸にぐりぐりと擦り寄っているらしい。すぽんと顔を出したかと思えば顔を見合わせ笑う。肩に頭があずけられると、涼介は細い髪を愛おしそうに梳いて瞳を細めた。
「娘が出来るまであと十年ね」
 母の呟きに父が微笑む。啓介は肩を竦めて見せるがその表情はまんざらでもないと語っていた。
 もぞもぞと動き服から出ようとする名前に、涼介は逃がさないとでも言うように腕の力を強める。
「あ、あの、涼介くん、離して?」
「だ〜め」
「でもっトイレに...!」
「俺も行く」
「名前!逃げろっ!」
「涼介アウト!没収!」
「息子が申し訳ない!」
 過剰な愛を危険な方向にも伸ばそうとしている長男に、家族は先程の微笑ましい気持ちから一転、二人の今後を不安に思った。




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