罪を喰らう3
 意識を飛ばした名前の身体を満足いくまで犯した安室は、ベッドの上の惨状に呆れた。シーツはシワだらけだし、名前の腹の上では吐き出した精液が淡い電飾を反射している。暫く起きる様子は無さそうだと、ベタつく汗を流すため安室はシャワーを浴びることにした。
 ラブホテルに来たのは初めてで、何なら女を抱いたのも数年ぶりのことだ。学生の頃それなりに女は抱いてきたが、ここまで具合がいい女は初めてだった。相性が良いのか、器が好いのか、単純に久しぶりだからなのか。
 風呂でも楽しめるように電飾はおかしいし、バスチェアも特殊な形をしている。自分が生きる道には到底必要の無いものが同じ日本にあるのは不思議だ。
 シャワーコックを捻り湯を被ると、腹に着いた血が中々流れずに固まっていた。撫でればすぐに消えたそれは女のものだろう。強く唇を噛んでいた表情を思い出し安室は嘆息する。
「好い身体だった...」
 シャワーを終えた安室が戻っても女は眠ったままだった。逃げるための足腰は使い物にならないだろうと固定具も外したのに、少しも動いた形跡が無い。がっつきすぎたか、と頭を掻く。身を清めてやる義理は無いが少々心苦しいし、何よりいつまでも部屋が臭い。安室は照明を明るいものへと変え、名前に近付いた。
 瞳に飛び込んできたのは痛々しい女の裸体だった。
 涙の痕、唇の噛み傷、頬には痣、手脚は捲れた皮から血が滲み、胸腹部には幾度出されたのか分からない量の精液溜りがある。まさに強姦の後といった惨状だ。
 そして極めつけは乱れたシーツに点々と散る赤。丁度繋がっていた場所には大輪が咲いていた。
「...え...?」
 この女、誰だ。
 はっとした降谷は名前のパーティバッグをひっくり返す。ハンドタオル、財布、化粧ポーチ、携帯。身分証を紛失したという話もすっかり頭から抜け落ち、降谷は財布を開くがそこには保険証がしっかりと入っていた。
 名前は同じ。ただ年齢が伝えられていたものとは違う。
「17歳...?」
 パニックの一歩手前で降谷は茫然と呟く。保険証には父親の名前と某有名ランジェリーブランドの名が記されていて、偽装された形跡は無い。
 降谷は電話を掛け、先程中断になった件について話そうとする風見を遮り、名前のデータベースをすぐ確認するよう指示した。結果は疑いようの無い完全なる白。つまりそういうことだ。
 現役捜査官が女子高生を強姦してしまった...!
 狩られるべきは俺だ...!
 頭の中には逮捕の二文字がぐるぐると踊り狂っている。
 真実を知ってしまえば、今になって違和感が螺旋状の文字の間からぽんぽんと飛び出てくる。
 園子さんが名前さんの言葉を遮り幼馴染みだと強調したこと、園子さんのみならず蘭さんまで年上の名前さんに対し怒りを露にしタメ口を使ったこと。二人より年上というのにまず疑問を感じるべきだったのだ。
 身分証を紛失したと話した時の間の取り方だっておかしかった。何故嘘を吐いたのか。身分証が無いと言われれば、依頼を断る探偵だっているかもしれない。何より未成年であれば支払い能力の有無も分からないし、まず俺なら親に連絡する。海外にいる親に心配を掛けたくないと言った名前さんは、そこまで考えた上で身分証は紛失したと言い、俺と親しい蘭さんと園子さんを連れてくることでその身分を保証させた。奢った食事も実際は紹介料ではなく、未成年であることの口止め料だったのだろう。
 参加していたパーティは恐らく親の名代。ランジェリーブランド会社社長の名前は保険証に記された父親のそれと相違なかった。
 きっと名前さんは会場で俺の姿を見つけ、追いかけたが見失い辺りを彷徨い、そして──。
 何も知らない。やめて。
 泣きながら必死に懇願する少女を俺は犯した。
 黒の組織、もっと言えばジンがネズミ狩りの続きをするための探りだと思って。
 怪しまれないよう接触するため車の前に飛び出し、数日後にはポアロに現れ、そして風見との連絡を盗み聞いていたのだと決めつけていきなりスタンガンで気絶させた。頬を叩き、身包みを剥がし、性具で攻め立て、言葉でも嬲った。そして拒絶を熱願と受け取り、慣らしもしない膣に陰茎を突き入れ処女を散らし、意識を失った後も犯し続けた。
 裏の人間なのだから、愉しみながらどこの者か吐かせ、それからてきとうな理由を付けて牢にぶち込めばいいと、そう思っていた。
 吐き気がするほど低俗な思考で惨忍な行為だ。そこまでする必要は勿論無い。言い訳にしかならないが、性欲を持て余していた男にこの少女は馳走でしかなかったのだ。
 それにしても何故名前が近くにいることに気付けなかったのか、と降谷は思案する。名前はヒールを履いていて、よっぽど気を付けない限りは高い音が鳴るし、まず普段の降谷ならすぐに気付き電話を聞かれるなんてヘマはしない。
 何故だ、一体何故気付かなかった。連日働き詰めのせいか思考が鈍いのが腹立たしい。だから状況確認ばかりで現状を打開する策だって思い付かな...。
「...、...!」
 これだ、と降谷は心で泣く。徹夜の記録を大幅更新していたことに今やっと気付いた。
 降谷は両頬をばちん、と強く叩くと安室の仮面を付け直す。とにかく、名前の身体を綺麗にしなければと。
 ティッシュであちこちを拭いた後、更に蒸しタオルで清める。肩の支えが無くなったドレスを着せて、持っていた安全ピンでそこをとめると自身のジャケットを掛ける。身嗜みに関しては見られるようになったが、唇の噛み傷、頬と手脚の痕、そして心に負わせてしまった傷は消えない。ぎりっと安室が歯を食いしばると名前の青白い瞼が震えた。長い睫毛を上下に幾度か揺らして、その瞳は安室を視界に捉える。
「...っぁ、あっ...!やだ...っ、やだ!」
 恐怖に見開かれた瞳が安室の心を抉る。身体を起こした名前がベッドの端へ逃げたかと思えば、呻き声の後に口元を手で押さえ吐き気に堪える仕草をした。その介抱をすることも出来ず、安室は立ち上がり身体を半分に折る。
「すみません。僕の勘違いであなたに酷いことをしました。本当に申し訳ありません。警察に突き出されて然るべきというのは理解しています。しかし今の僕にはやらなくてはならないことがある。どうか時間をいただけないでしょうか」
 名前は何も言わない。やけに綺麗な最敬礼を眺め、たっぷりと時間をかけながらも自分の身体が綺麗になっていることや、ドレスが安全ピンで止められていることに気付く。その間も頭は下げられたままで、悪い人ではないのかもしれないと、そう思ってしまった。
「......あなたに会えなくなると、園子が悲しみますから」
「!」
 自分は馬鹿なんだろうなと紡いだ名前の言葉に、安室は情けなくも心から安堵した。
「僕が言っていた言葉の意味も分からず、怖い思いをさせてしまいました。謝罪する機会を僕にください。名前さんの気持ちが落ち着いてからで構いませんのでご連絡いただけますか。ただ、もう僕と会いたくなければ、ご連絡は不要です。──その代わり、今日のことは決して口外しないと今ここで約束してください」
 悲痛の表情を途中から一転させ、鋭い視線をぶつけてくる安室に名前は身体を強張らせた。それに気付き安室は一瞬眉根を寄せるが、依然瞳は鋭さを帯びている。名前がこくこくとどうにか頷くと、今度こそ安室透の柔らかな雰囲気を纏った。
「こんなところでは身体も休まりません。とにかく帰りましょう」
 無理をさせきついだろうから、せめて。そんな思いで安室は手を差し出すが、名前は大きく身体を跳ねさせたあと、小刻みに震えるのを腕で抱きどうにか押さえつけようとした。
「...すみません...。タクシーを捕まえておきますね」
 安室は謝ると名前の鞄を持ち部屋を出た。
 安室のジャケットを着込み名前がホテルを出てきたのは10分程経ってからだ。身体のあちこちが痛むのか、壁に手を付きよろよろと歩く姿を見て、遂に安室は脳内で自分を殺した。
 名前がタクシーに乗り込もうと片脚を上げると、身体は大きく傾いた。安室が支えようと咄嗟に手を伸ばすも、名前はその手を振り払い、反動で地面に倒れ込んだ。
「......触らない、で」
 怯え息を乱しながら、名前は這うようにしてタクシーに身を収めた。何事かと言葉を失っている運転手には、契約書類で知り得た名前の住所を既に伝え代金も渡してある。安室は手にしていた名前の鞄をシートに置くと運転手を促した。
 タクシーが交差点を曲がり見えなくなると安室はその場に項垂れる。女を傷付け拒絶されるのがこんなに辛いとは知りもしなかった。


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