アンドロギュノスが求めた愛2
 零が赤井と父を伴って帰宅したことに名前は瞳を点にして驚いた。赤井が頭を撫でると我に返り、おかえりなさい、と嫌な予感を微笑みの裏に隠す。
「また軍部のお話?わたしは部屋にいるね」
 零に告げて階段を上がろうとするのを父が止める。
「お前も来なさい」
 父と会うのは数年に一度、親類の葬儀の時だけ。この家を訪れたのは幼い頃の数度きりでここ十年は無く、そんな父の来訪が吉報であるはずも無かった。
「名前、美しくなったな」
 感慨深気に言うが、名前を通して誰かの姿を見るように父は瞳を細めた。隣に座った零の手が名前のものに重ねられ、名前は驚き手を退けようとするが離れない。
「父はお前達が通じていることを知っている」
 名前は全身の血の気が引くのを感じて、縋る思いで零を見上げる。その顔は毅然とし揺らぎなく父を見ていることから、零は知っていたのだと名前は顔を歪めた。
「赤井くんも、それを知った上でお前を嫁に迎え入れたいと言ってくれている」
「...え?...どういうこと...?」
「名前、分かるな。これはお前のためなんだ」
 向かいのソファに座った父と、テーブルの角を挟んで座る赤井を交互に名前は見遣る。戸惑いと不安に揺れる瞳が可哀想で、愛しくて、赤井はふっと笑んだ。
「お前が生娘じゃなくても、子を孕んでいても構わない。俺のところに来てくれるな?」
「...しゅ、いちさん...まって...ね、れい...?どうゆ、こと?何故?」
 零の手の中で名前は指先から体温を失っていく。小さく震える手を強く握り、発せられた何故という言葉に答えた。
「名前、俺達は兄妹なんだよ」
 呪いの言葉を吐き、零は涙した。零も辛いのだと、名前は全ての感情を胸の奥に押し込む。名前の中で絶対は零だ。零が決めたことが正しく、間違いなど無い。その零が今まで言わなかった兄妹という言葉を使い、関係を終わらせようとしている。名前にそれを拒むことは到底出来なかった。しかし理解した訳では無い。
 リビングを飛び出した名前を零が追い掛けようとするが、赤井がそれを制する。父と息子は重苦しい空気の中に取り残された。
「いつからだ」
「......」
「お前達はいつから愛し合っていた。この事は他に誰か知っているのか」
「...四年前から。奉公人達にも知られていないはずだ」
「そうか。しかしわたしに責める権利は無い。わたしのせいでお前達は歪んでしまったのだろう。お前にも辛い想いをさせたな、すまん」
 頭を下げる父を見て、零は立ち上がり腰の軍刀に思わず手を掛けた。
「あんたなんか関係無い...。自分の意志で妹を一人の女として愛した。あんたが俺達の中に少しでもいると思うか?寧ろ親がいないおかげで、俺達は存分に愛し合えたよ。それだけは感謝してるさ」
 零は怯える父を見下ろし嘲笑った。こんなにも弱い男の血が自分の中に流れているとは到底思えないし、それはこの男も同じだろう。
「更なる地位確立に成功したお父上様は、さぞご気分がよろしいでしょう。夜道には充分気を付けることをお勧めしますよ」
 零は嘲笑を美しい笑みへと変え、それに似合わないありったけの憎しみを込めた言葉を吐き捨て、名前の自室へと向かった。
 赤井が名前の部屋に入った時、名前は床にへたりこみ、静かに泣いていた。赤井が入ったことに気付いても上手く言葉が出ないようだった。あるいは零が来ることを望んでいたのか、と赤井は少し胸が痛んだ。
「すまない、勝手に話を進めてしまっていて。俺と結婚するのは嫌だよな」
「わか、ない...。だって、わたしが好きなのは、零だもん。秀一さ、も好き、だけど...一番好きなのは、零、なの」
 何度も涙で言葉を詰まらせながら懸命に名前は想いを打ち明ける。赤井は涙で濡れた小さな手を握った。
「名前、お前達は兄妹だ。結婚することも、子を産むことも許されない。これから先、それでどうするつもりなんだ?零は軍の中でも重要な役職に就いていて、この先縁談を次々持ち込まれ、断りきれないことだって出てくる。お前も年頃の娘なのにと噂され、結婚しない兄妹がいれば周りはそのうち気付く。お前はそれに堪えられるのか?」
「...でもっ...」
「式は半年後だ。それまでお前達がいくら交わっても俺は何も言わない。式が終わればお前は俺だけのものだ。もし零との子が出来ても、俺の子として育てる。俺はお前達が可哀想だからこんなことするんじゃない。お前のことを愛しているから、どんなお前でも、どうしてでも欲しいからするんだ。難しい選択だがよく考えてくれ」
 赤井が立ち上がると、扉が開き零が入ってくる。零は名前の傍にしゃがむとすぐに愛しい存在を抱き締め、赤井は退室した。
「名前、ごめんな。俺じゃどうにも出来ないんだ...」
「零のせいじゃない。わたしたちが兄妹なのが、いけないんだよ...っ。っう、れ、い...」
 再び嗚咽を漏らす名前の背を撫でながら、零も涙する。どうして愛し合ってしまったのだろうか。そう考えてみても、愛してしまったことは無くならない。過去に戻って一からやり直したとしても、変わらず愛してしまうのも分かっている。零が選ぶ選択は一つしかなかった。
「名前。俺の子を産んでくれるか?」
「...っ、うん、っ」
 零は返事を聞くなり名前をベッドへ抱き上げた。組み敷き首に舌を這わせ、いくつも痕を散らしていく。いつまでも消えないようにと強く強く願いながら。
 もし産まれた子が跡継ぎとなる男児ならば、もう子は必要ないはずだと赤井との性交を拒ませればいい。以前名前を愛していないように赤井は言ったがそれは嘘だ。名前を愛している赤井ならば嫌がる名前に無理強いはしないだろう。子が出来てもいいと言ったのは赤井だ。それを上手く利用してやる。一縷の希望を掛け、零は自分の子が宿る腹を撫でる。びく、と脚が引き攣り、名前は顔を逸らした。零は乱したシャツから覗く鎖骨を舐め上げ、内腿をすぅっと人差し指の爪で擽る。細く弱い快感が子宮を揺らし、中がみるみる潤っていくのを名前は感じた。零に触れられるとすぐに濡れてしまう。
 それが恥ずかしくて、でも零のことを兄ではなく男性として愛しているからだと実感出来て嬉しくもあった。その度に結ばれない運命を寂しくも思うが。
 舌が乳頭に触れて名前は嬌声を上げた。ぎらぎらとした零の瞳に射抜かれて、また中が潤む。
「余計なことは考えるな。俺の事だけ考えろ」
「んっ、零のことしか、考えてな...あんっ」
「本当か?」
 舌を左右に動かされ、ざらざらとした感覚がそこを硬くさせる。甘い声を上げながら、名前は必死に伝えた。
「れ、が触ると、すぐ濡れちゃう、なっ、て」
「それは教えこんだ甲斐がある。ああ、もうこんなにしたのか」
 伸びた指先が蜜口を掻き回す。くちゅくちゅと厭らしい音がして、名前は顔を真っ赤に染めた。
「部屋中に響くくらい濡らして...そんなに俺のが欲しいのか?」
「ちがっ、零のじゃなく、て、零が、欲し、の...!」
「っ、名前...」
「零と、零と一緒にいたい。一緒にいたいのに...っ!」
 それ以上聞いてはダメだ、と零は性急に自分のものを挿し入れた。熱く硬い猛りに穿たれて名前は背を撓らせる。腰を抱え行為にだけ集中し、零は余計な考えを頭から追い出す。
 二人で逃げてしまおう。
 そんな馬鹿な夢物語のような考えを。
 日本は今、停戦中だ。祖国を裏切り軍を辞め、遠い田舎へ逃れても働き口は無く辛い思いをするのは火を見るより明らかだ。それならば夫や父として接することは叶わなくとも、裕福な暮らしを名前と産まれてくる子供にさせてやりたいとそう思った。
「あっ、れ、も、いく...っ!」
「名前、愛してる、愛してる」
「ん、んんっ、わた、しもっ...!ん、ああっ!」
「ぐっ、あっ...はっ」
 熱い迸りを注ぎ込み、零は名前に口付けを繰り返す。身体のラインを手が滑ると名前の腰が揺れ、零のものは再び中を押し広げていく。名前の息が整うと零は再び腰を動かした。名前の愛液と零の精液とが混ざって汚い音を立てる。それが決して結ばれない二人が踊るワルツには似合いの曲だと零は自嘲した。
 精液が枯れ果てるまで零は抽送を繰り返した。名前も心から愛されていると感じる激しい性交に満たされる。これがいつか壊れる夢幻だと理解していても、この一時だけは忘れ行為に溺れたかった。


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