最愛2
 翌日、学校の居づらさに名前は机と睨めっこをするしかない。
 名前に彼氏が出来たこと、その彼氏が人気のスポーツマンであること、どうやら電撃解消したらしいこと、それにはどうも白いスポーツカーのイケメンが関わっているらしいこと。短時間で起きたため噂が混ざり大変なことになっている。中でも一番酷いのは金持ちのイケメン元彼がやり直そうと迎えに来て、高校生よりお金持ちだからとフってそのまま車で去って行ったと言うものだ、と親友に聞かされて名前は頭を抱えた。
「それで、イケメンの下りから分かんないから説明してほしいんだけど?」
「うん、勿論話すよ。ただもう一人報告したい人がいるから、その子と一緒に放課後に話してもいい?他校の子なの」
「それはいいけどさ...噂の方はどう収拾つけるつもり?」
「噂なんていつも勝手に流れてるんだから、わたしじゃどうこう出来ないよ。それよりも結果として昨日の彼に伝えなきゃいけないことがあるの。どうやって呼び出せばいいと思う?」
「どう呼んだって誰かに見つかるんだから堂々と呼びなさいよ。寧ろその方が事実が出回っていいかも。すっきり別れてきなさい」
「あ、それダメなの。付き合えませんって言わなきゃ」
「どういう意味?」
「彼氏が台詞も考えてくれたの」
 首を傾げる親友を残し名前は隣のクラスへと向かう。噂を聞き付けていつもより賑わう廊下は下級生の姿もちらちらと見える。覗き込んだ教室では彼が座る机の周りに人集りが出来ていて当人は疲れた顔をしている。それを申し訳なく思いながらも声を掛けた。周りは一斉に机から離れ、彼の驚いた視線だけが向けられる。連れ立って教室を出ると人の少ない階段の途中で振り返った。
「昨日はごめんなさい」
 頭を下げれば慌てた彼に肩を叩かれた。えっと、と気まずそうに口篭る彼へありのままを伝えた。
「わたしあの人が好きなの。だからやっぱり貴方とは付き合えません。ごめんなさい」
もう一度謝って踵を返す。
「待って!」
 呼び止められ振り返れば彼はさっきの表情とは打って変わって真剣な表情をしていた。
「昨日、あの人に何もしないで見送ろうとしてるって言われた時、俺二人に見蕩れてたんだ。美男美女ってこの人達のことを言うんだって。だから、幸せになって!」
  にっ、と爽やかな笑みを浮かべて彼は名前を追い越し教室へと帰って行く。優しくて、強い人だと思った。涼介に負けず誠実で明るいみんなの人気者。そんな人の想いを踏み躙り、利用しようとした自分に嫌悪を感じずにはいられない。なんて醜い人間なのだろう。でもどんなに醜くても、もう涼介からは離れられないのだ。

 喫茶店の奥まったソファ席に三人で座り、正面と隣から視線を送られ名前は苦笑する。店員がティーセットを置き終えると、親友が口を開いた。
「はい、じゃあ順立てて話して。緒美ちゃんの知らない告白されたとこから」
 自己紹介を済ませた親友と緒美は初対面ながらも互いに名前の相談に乗っていた事は知っていたため、妙な親近感がありぎくしゃくすることも無かった。紅茶を一口飲んで心を落ち着かせた後、名前は口を開いた。
「えっと...昨日の昼休みに隣のクラスの子に呼び出されて、それで告白された」
「どんな子?」
 男子生徒を知らない緒美はうきうきと聞く。
「サッカー部?の子だよね、爽やかな感じで人気があるっぽい」
「あんたあいつのこと知らなかったの?下級生からも凄い人気なのよ?」
「知らないよ、隣のクラスの子のことなんか」
「あんたいつか刺されるわ。背後には十分気を付けなさい」
「ちょっと脅さないでよ」
「二人とも脱線してる。それで、何て言われたの?」
「普通だよ。好きだから付き合ってって。気付いたらいいよって言ってた。涼介くんのこと諦めなきゃってずっと思ってて、たぶんそのせい。言ったあと後悔した。涼介くんのこと大好きだし、諦めるって言ったって簡単に諦められないのは今までもずっとそうで分かりきってたことだから。もし諦められてもその子の事を好きになるかって考えた時、たぶん無理だろうなって」
 二人は何も言わない。続きを促しているようにも、今までの事を思い返しているようにも見えた。
「それで昇降口で待ち合わせして、一緒に帰ろうとしてたら正門に涼介くんが来てた」
「あちゃー」
 ストローを手に持ったまま呆れる緒美に親友がからからと笑う。
「涼介さん正門のど真ん中に立って道塞いでたらしいよ。だからみんな通れなくて会話も全部聞かれてた」
「涼兄何て?」
「何も。ただ帰るぞって引っ張られて、ほら」
 カーディガンを捲ったそこには大分薄くなったが未だに手の形と分かる痕が残っていた。
「ちょっとその涼介さんって大丈夫なの?バイオレンスすぎない?」
「涼兄熱烈〜」
「何よ熱烈って」
「いや、お熱いなって。ほんと名前の事になると途端にポンコツになるから。涼兄なら大丈夫って保証するから心配しないでよ、親友ちゃん」
「それは分かってるけど...束縛やばそう」
「それについては否定出来ない」
「不安要素残すなよ」
「まあまあ、それで続きは?」
「えっと...」
 車に乗せられて涼介の家に行ったこと、腕の手当をしてもらったこと、お互いが今まで思っていたことを話し、好きだと伝え付き合うことになったこと、昨日の男子生徒は彼氏としてカウントしないで涼介が初めての彼氏だということを話す。キスやハグのことは省いたが緒美には涼介がそれを我慢出来るはずがないとすぐにしたことがバレてしまった。
「あと、頭を撫でるの解禁した」
「そうなるよね」
「何、それ」
「高校上がるとき名前が子供扱いされてるみたい、って落ち込んでたから涼兄に言ったら名前が嫌ならって渋々やめたの」
「何それ、早く告白すればいいのに。ずっと涼介さんも名前の事が好きだったんでしょ?」
「年が離れてるの気にしてたの。名前が援交だとか揶揄われたりするかもしれないって。ほんとに名前の事で頭がいっぱいなの」
 緒美の口から発せられる言葉に名前は顔を覆った。恥ずかしくて、嬉しくて。
「あ、照れてる写真いただき」
「ちょっ!」
 立て続けにシャッターを切られ名前は声を上げる。
「涼兄に買収されてるの、ごめんね」
「なにそれ!どういうこと!?」
「前二人で遊園地行ったの覚えてる?」
 唐突に問われ名前は眉を寄せる。親友は黙ったまま首を傾げ緒美の話の続きを待つ。
「覚えてるけどそれとどんな関係があるの?」
「あの時もわたし写真たくさん撮ってたでしょ?涼兄にこのカメラ持たされて頼まれてたの。名前の可愛い姿をたくさん撮って来い。笑顔も待ち時間にイラついてる顔も、飲み食べしてる姿も全部だ。最初は怪しまれないようにちゃんとツーショットを撮っていけると思ったら名前のピン写真を撮りまくれ、キリッ、てね」
  緒美は手にしたカメラを左右に振って見せる。
「この写真も涼兄のコレクションに仲間入りってこと」
「愛が重い」
 親友が遠い瞳をすると、今度は緒美がからからと笑った。
「名前は涼兄の車あまり乗らないもんね。車の日除けに名前のお気に入りの写真が何枚か入ってて、気分で一番前の写真入れ替えてるの」
「...ほんとに?昨日から信じられない事が多すぎて...」
「確かにあの涼兄の態度じゃ信じられないよね。でも啓兄とわたしの前で話す時は凄かったよ。簡単に言うと名前が可愛すぎて生きるのが辛いみたいな感じ」
「ちょっとやめて!何か知らない涼介くんを知ることが出来るのは嬉しいけど何か違う!」
「今のうちだけだよ、わたしの話聞いて違和感があるのも。そのうち涼兄に絆されて違和感なんか無くなって、啓兄もわたしも知らない、名前だけが知ってる涼兄を知ることになる」
 にっこりと笑う緒美は何か企みがあるように見える。
「...何か楽しそうだね?」
「そりゃあね、これから涼兄をどうからかおうか考えると楽しくて仕方ないの。それに名前が涼兄と結婚したらわたしたち親戚よ!大人になってもたくさん会えるじゃない!啓兄だっておじ様やおば様も喜ぶわ!高橋家ってみんな名前の事が大好きだから!」
「よかったね、名前。外堀も固められてるし逃げられないよ、おめでとう」
 親友の言葉は不穏なもののはずなのに、嬉しい事実でしかなくて名前は心から笑った。
「うん、このまま結婚出来るといいなあ」
「えっとね涼兄の予定表では...」
「ん?予定表?って何?」
 再び発せられた不穏な言葉に名前と親友の顔が引き攣る。それに気付いているのかいないのか、はたまた気付いていないフリをしているのか緒美は続ける。
「結婚は確か28だったかな。遅いね、って言ったら名前と子供を幸せにするにはしっかり養えるようになってからじゃないといけない、だから研修医の時に結婚はな、って。でも名前が早く結婚したいなら早くしたい。その方が俺も安心できるからな、キリッ、とも言ってたよ」
 控えめに言って涼介くん男前すぎるし好きすぎて辛い。
 顔を覆った名前を二人は暖かな目で見つめる。
「ちなみに予定表は他に何が書かれてるわけ?」
「えっとね、これ」
 親友の言葉に緒美が鞄の中から取り出した手帳を取り出す。後ろのメモページにそれは書かれていた。左から涼介の年齢と名前の年齢があり、その横に手を繋ぐ、ハグ、などと書かれている。ちなみに手を繋ぐとハグには12、7と数字があり、12の左横にはレ点のチェックがある。つまり涼介12歳、名前7歳の時にクリア済みという事だ。そんな小さい時のものもカウントするのかと思うが、それほどに愛されているのだと親友は言葉を飲み込み、セックスの文字を見つけた名前は手帳を勢いよく閉じた。
「何で緒美は知ってるの!?涼介くんが話したの!?」
「流石に話さないよ。涼兄の引き出しの奥から啓兄が発見した事故。だから涼兄には内緒にしててね。わたしは大丈夫だろうけど啓兄がやばいからさ」
「言えるわけないじゃん...。次どんな顔して会えばいいの」
「大丈夫、付き合い始めで照れてるんだなって思うからさ」
「そうそう。わたしは緒美ちゃんの恋愛事情も聞きたいな〜モテそうだし」
「わたし浮ついた話無いよ〜。親友ちゃんは?」
 二人の会話を聞きながらすっかり冷たくなった紅茶を飲み火照った身体の熱を冷ます。近いうちに涼介に頼んで二人の写真を撮らせてもらおうと決めて。


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