最愛 閑話b5
 須藤京一、岩城清次は遠征の下見の帰りに、前を走る見慣れた車に気付いた。迷うことなくその尻を追い掛け始める岩城に須藤は舌打つ。
「懲りねえ奴だな...」
 一般道で交通量も多い昼のため大したスピードは出ていないが、見た奴に良い気はしない。チームステッカーの存在も忘れているのだろう。
「あいつがノるわけねえだろうが...」
 須藤の予想通り車はコンビニの駐車場に入り、その後に二台も続いた。降りてきた人物に須藤は声を掛ける。
「久しぶりだなあ、涼介」
「......何故群馬にいる」
「下見の帰りだ。それより、現役降りるとか吐かしてたが、どうなんだ?走りてえんだろ?」
「誘いには乗らん。連れもいるしな」
 背を向けると涼介はコンビニの中へ消えていった。
「相変わらずスカした野郎だぜ。連れってのも似たような優男なんだろう、どうせ」
「清次、やめとけ」
 岩城は須藤の静止も聞かず涼介のFCを覗き込み固まった。
「清次?」
 訝しみ須藤が近付くと運転席の向こう、助手席には女が乗っていることに気付いた。ミニスカートから細く白い脚が覗いていて二人は喉を鳴らす。
「お、おい...連れって...」
「女かよ...」
 一番先に目がいった脚から上へと視線を這わす。間違いなく柔らかい胸と艶を放つ黒髪に鼓動が高鳴った時、おい、と地を這うような低く重い声が聞こえて二人は恐る恐る振り向く。予想通りこちらを睨み付ける涼介が仁王立ちしていた。
「恋人を汚い目で見られて、本当なら一発殴ってやりたいところだが、体調を崩しているから早く家に送り届けてやりたい。もう付いて来るなよ」
 涼介は助手席に回りドアを開けると、淡く笑んで女の頬を撫でた。普段水面下に隠されている荒々しさも全く感じさせないその表情に、須藤と岩城はただ驚く。向こうを向いている女の顔は見えないが、その後ろ姿からも洗練された美しさが匂い立つようだ。絵画のように秀麗な男女の一挙手一投足、単語の一つさえ逃さないよう二人は神経を研ぎ澄ませる。
「大丈夫か?とりあえずこれで薬飲んで」
「うん、ごめんなさい」
 キャップまで開けてからペットボトルを手渡す様子に、岩城の口から悲鳴が盛れる。そういった小さな気遣いも含めて格の違いを突きつけられた気分だ。更に涼介は袋から缶コーヒーを二つ取り出し、それで腹が温かくなるよう女の服の中に入れ込んだ。重なった二人の悲鳴は、最早感心するのものに変わっていた。
「ありがとう」
 白魚のようにほっそりとした指が伸び、女は涼介の頬に口付けた。息を呑む二人の存在など知りもしない涼介は嬉しそうに微笑む。信じられないものを見たような、見てはいけないものを見たような、何にせよ恐ろしさに背筋が寒くなった。
「まだいたのか。見せ物じゃないんだぞ。散れ」
 怒りが頂点に達している涼介は珍しい。これはやばいと須藤は岩城の背を叩き自分たちの車へと逃げ帰る。車が駐車場を出る際、助手席がこちら側になり二人は女の顔を見た。エンジン音が遠くなるのを聞きながら、岩城は震える拳を握り締め、忌々しさを隠しもしない形相で言った。
「めちゃくちゃ可愛い彼女じゃねえか!あいつばっかり人生楽しんで世の中おかしいぜ!」
 最もな台詞に須藤は苦虫を噛み潰したような面持ちで頷く。どんな言葉を発しても全て負け惜しみにしかならないと理解しているのに、二人の悪態は止まらなかった。


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