最愛 閑話a3
「お〜い!たくみ〜!」
「ん?」
 名を呼ばれ拓海は振り返った。隣にいた池谷と樹もそちらを見て、あ、と声を上げる。そこには手を振る男の子と、手を繋ぐ母親、その後には眠る男の子を抱いた父親の姿があった。
「た〜く〜み〜」
 駆け寄ってきた男の子が脚に抱き着くのを拓海は慣れた様子で受け止めた。そのまま頭を撫で久しぶり、と話す姿に池谷と樹は目を白黒させる。
「こんにちは。近くに来たから寄ってみました」
「久しぶりだな。藤原もいるとは思わなかったよ」
 そう言って微笑むのは名前と涼介だった。ベージュのチェックスカートを着る名前の腹は大きく膨れているが、とても三人の子供がいるような見目をしていないため驚く他ない。その夫である涼介も端正な顔立ちで、幼い息子達も白くふっくらとした頬の上に幅広の瞳が乗っていて酷く愛らしい。到底ガソリンスタンドには似合わない四人組の存在に、事務所で新聞を読んでいた立花は何事かと眉を顰めた。
 しゃがみこんだ拓海は長男の頬でむにむにと遊んでいる。皆があれこれと近況を話しているうちに、長男が名前のスカートを引っ張った。
「ママ、抱っこ」
 短い腕を伸ばし見上げてくる仕草に名前はきゅんきゅんしてしまう。今すぐ抱き上げて頬擦りしてと、たくさん甘やかしてやりたいがそうもいかない。
「ごめんね。赤ちゃんがいるから抱っこ出来ないの」
 名前が腹を撫でると長男は顔を歪め、大きな瞳に涙を溜めていく。泣くな、と三人組が身構えた時、ほら、と涼介が身体を屈めた。長男は涼介の首に腕を回すと、身体が浮く感覚に明るい声を上げる。軽く二人の子供を抱いている涼介に三人は感嘆した。
「おお〜!」
「力持ちだなあ」
「涼介さんが父親してる...」
「藤原、お前は俺が子育てに向いてないと言いたいのか?」
「えっ、いや、そういう訳じゃなくて...。あ、今度は女の子でしたよね。涼介さん嬉しいんじゃないですか?」
 抱っこしている姿を見ることはあっても、宥めたり、世話したりするのを見たことが無かったため、ついそんな言葉が出てしまい、拓海は慌てて話題を切り替える。
「わたしたちより、涼介くんのお母さんの方が凄いの。涼介くんから数えて四人連続で男の子だったから、ずっと女の子が欲しかったみたい。診察で分かった時は泣いて喜んでくれたよ」
「俺も診察中なのに出るまでしつこくピッチ鳴らされた。女の子は確かに嬉しいんだけど、嫁に出すと思うとどうもな...」
「まだ産まれてもいないのに、心配するのが早すぎやしないか?」
「親バカ拗らせてるな〜」
「あ、樹!」
 拓海は樹の言葉に涼介の顔色を伺うが特に怒った様子は無い。
「お前らも子供が産まれたら分かるさ。娘だけじゃなく、息子達が成長して反抗期で甘えてこなくなると思うと辛い」
「ああああ!なんか俺の中の高橋涼介が崩れる!」
 樹が頭を抱えると、池谷も苦い顔で頷いた。
「心外だな。勝手な想像で俺という人間を認識して。お前達も早く結婚して子供を作ることだな。男は家庭を持つと変わるぞ。さあ、冷えてきたからそろそろ帰ろう。疲れてないか?」
「うん、大丈夫」
「ばいば〜い」
 涼介は嫌味を残し、妻を気遣う夫を見せつけると三人に背中を向ける。長男が涼介の背から顔を覗かせ手を振り、名前も別れの挨拶と共に笑顔を残すとスカートを翻した。涼介の腕を離れて走り出す長男を、目覚めた次男が追い掛ける。転ぶなよ、と言葉を発しなが涼介は名前の手を握った。
 夕日に照らされ四つの影が仲良く伸びている。そんな微笑ましい光景を見て三人は羨望に溜息を吐く。しかしその表情は柔らかいものだった。


*拓海捏造
*高橋母は産科医


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