終焉-finale-1
後ろから攻められた時、普段から憎くて仕方の無いこの吸血鬼を一層憎いと感じる。水晶の中に浮かぶ見慣れた背中は、すぐに涙で滲んで見えなくなった。「あなたは本当に趣味が悪い。きっと天界でも悪行を重ねる天使だったのよ。神はあなたを地獄に堕とさず生かしたことを後悔しているわ」
「それならばわたしは神に感謝しよう。このDIOにお前という存在を再び与えてくれたのだから」
悠久の時を生きる魔物が神に感謝するなど、そんなおかしなことがあるだろうか。ねっとりと直接耳に吹き込まれる吸血鬼の声は、気を抜けば達してしまいそうなほどに心地好い。人の命を尊いとも思わない悪なのに、唯一自分と同じである存在に愛情を抱かずにはいられなかった。
「はぁ...、出すぞ」
逃げれられない身体、囚われた心。せめてもの抵抗として、果てる時は水晶に映る愛しい男の名を呼ぶ。
「っ、承太郎...っ」
耳元で舌打ちがして、噛まれた耳が嫌な音を立てて裂けた。落ちた肉片から流れ出る血液がシーツを汚していく。
震える性器も、渇きを癒す血液もいらないから、一度だけ彼に会いたい。
瞬いて涙が流れ落ちる一瞬の間に耳は元通りになっていた。
「承太郎はわたしを倒せるだろうか。吸血鬼になったお前を愛するだろうか」
DIOはくつくつと心底愉快そうに笑い、噛みちぎった継ぎ目の無いそこを優しく舐め上げた。名前との情事後を楽しむDIOは機嫌が良い。しかし水晶の像がぼやけ、ヴァニラ・アイスの散り逝く姿が映ると、水晶が乗るサイドチェストを蹴飛ばした。
その時が訪れれば、わたしの身も灰となり無に還るのだろう。
転がった水晶が床に落ち粉々に砕け散る。何故スタンド能力を使わなかったのだろう、そんな名前の考えを読み取ったDIOは吐き捨てるように言った。
「水晶が割れるのも、奴らがこのDIOに辿り着くのも必然だったのだ。そうしてジョースターの血統が潰え、お前がジョナサンでも承太郎でもなく、唯一同じ存在のわたしだけを愛するのもまた必然だ。そうだろう、わたしの可愛い名前」
自分を通して別の女を愛する男は至極幸せそうな顔をする。その時ばかりは、この下劣な吸血鬼もやはり人間だったのだと思う。
自分と同じ顔と名前の女が百年前にいたらしい。その女をディオは愛し、DIOも変わらず愛している。そしてわたしという偶像に何度も愛を囁くのだ。
「さて、そろそろ出迎えてやらねば」
DIOは衣服を纏い、乱れた髪を整える。敗北するなどとは露ほどにも考えていない。
「今度こそジョースターの血を根絶やしにしてやろう。その後でわたしたちは天国へ向かうのだ」
ベッドに沈む名前の額に口付けて、DIOは重い寝室の扉を開け出て行った。陽の光が少しも入らない室内は真っ暗なのに、嫌になるほど視界ははっきりしている。
今すぐ死んでしまいたいのにそれが出来ないでいるのは、承太郎に会いたい気持ちが名前をこの世に繋ぎとめているからだ。
日本人留学生としてイギリスを訪れた名前は、ジョナサン・ジョースターと出逢い恋をした。国税で勉学に励む名前は、恋にうつつを抜かすわけにはいかないと、想いをひた隠した。ジョナサンもまた名前に淡い恋心を抱いていたが、ディオが何かするかもしれないと、過去の苦い記憶からその気持ちを口外しなかった。しかしその意味も無く、名前はディオの魔の手に落ちた。
ジョースター邸が焼け落ち煙の臭いが消えた頃、ディオは月を背負い名前の寄宿先に現れた。あちこちの皮膚が爛れ、鋭い犬歯を見せつけ笑う姿はまさに化け物だった。家の者を干からびた屍へと変え、名前をウインドナイツ・ロットへ連れ去ると、泣き叫び暴れるのをを無理矢理犯し吸血鬼へと堕とした。暗い部屋に引き篭る名前は水だけを口にする。ジョナサンとの決闘直前にもディオが運んだそれを、若い女の血だと知りもせず、水なのに何故こうも美味しく心が満たされるのだろうか、と不思議に思いながら。
ディオとの闘いに勝利し、残党のゾンビや人質の捜索をしていたジョナサンは名前を見つけた。思わぬ再会に二人は熱い抱擁を交わし、生涯離れないと誓い合った。しかし城を出て朝陽を身に浴びた時、名前は全身が焼ける猛烈な熱と痛みに叫んだ。その時初めてジョナサンは、彼女の肌が別人のように白くなっていたことに気付いた。
ジョナサン。
声無き声が届くよりも早く彼女の身体は灰となり風に攫われた。余りに呆気なく愛しい女も、これから二人で紡ぐはずだった幸せも崩れ去り、ジョナサンはかき集めた一握の灰を手に絶望を味わった。
時が過ぎ、海底での眠りから目覚めたDIOは名前を探した。どこかで生きている名前を迎えるために大きな館を用意したが、彼女がDIOのもとに帰ってくることは無かった。
何故!何故!何故お前は死んでしまったのだ!
理由は至極簡単。遠い島国からやってきた名前が吸血鬼など知るはずもなかったのだ。ましてそんなものに自分がなっていたとも。
ああ、名前、すまない。わたしのせいでお前は死んでしまったのか。共に永劫の時を生きることが出来たのに、二人の幸せがそこにはあったのに...、もう二度とお前に出逢えはしないのだろう。
DIOは手が血塗れになっても頭を掻きむしり続けた。出もしないはずの雫が頬を伝い、それが血涙だと気付いた時、まだ人間の心を残し半端な涙を流すから、宿敵の相手に負けたのだと悔しくなった。
百年の時間も愛しい女も奪われて、DIOはジョースターの血統への恨みをより強くした。人間の心を全て捨て、人類最凶の存在になってやると。
そしてDIOは見つけた。水晶に映る一行の中に、DIOを吸血鬼からディオというただのちっぽけな人間の男にさせる女を。そしてジョナサンと同じエメラルドの瞳を持つ男に、愛を込めて接しているのを。