終焉-finale-3
 DIOが寝室を出てどれくらい経つだろうか。外が明るいのか、暗いのかも分からないカーテンのおかげで、ここを出ない限り時間の流れを確かめることが出来ない。
 暫くぶりに出た廊下はひんやりとしている。人の気配は無い、そう思った時、館の傍にいくつもの気配が現れた。
 ああ、DIOは負けたのだ。
 承太郎が勝ったんだ、と最初に思えなかった自分に嫌気が差す。
 階段の踊り場の壁が崩れていて、涼しい空気が吹き込んでくる。どうやら今は日が昇って間もない朝らしい。
 辿り着いたギャラリーの床は螺旋状に削れていて、その溝に伏す小さな存在に涙が零れた。膝をつくと冷たい床に赤が垂れて思い出す。吸血鬼には流す涙など無い、あるのは罪深い血だけだと。
 ぼろぼろのイギーを膝に乗せ頭を撫でる。触るなと唸ることも、煩わしそうに見つめてくることもない。もうほんの少しでも動くことは二度とない。
 からん。床の上を破片が転がって、それを蹴った革靴の上には逞しい身体が続いていた。
「名前、なのか、?」
 どこまでこの因果は続くのだろうか。
 ディオがジョナサンと出逢い、死闘を繰り広げジョナサンの身体を奪い生き延びたこと。ジョナサンの子孫であるジョースターさんと承太郎が、大切なもののためにDIOと戦うことを選んだこと。そして同じ顔と名前のわたしたちがジョースターの血統を愛したこと。
 これが最後であって欲しい。もう誰も悲しむことなく、笑っていてほしい。
 承太郎、あなたに幸せになってほしい。
 羽織っていたカーディガンを床に敷くと、その上にイギーを寝かせる。向かってくる承太郎から逃げるように、背後の扉へと寄り掛かった。
 伝えたい愛の言葉はたくさんあるのに、胸がつかえて紡げない。たらたらと瞳から溢れるものが涙じゃないのが悲しかった。人間らしい姿を承太郎には見せたいのに上手くいかない。
 承太郎。承太郎。好き、大好き、愛してる。いつまでも一緒にいたい。いっそあなたを吸血鬼にしてしまおうかと思うくらい、強くあなたを愛している。でもそれじゃあ、因縁は断ち切れないから。あなたは幸せになれないから。
 ──わたしが願うのはあなたの幸せだけ。
 寄り掛かった扉のノブを捻ると朝陽が差し込んだ。薄暗かった部屋が途端に明るくなり、抉れた溝の影を濃くする。揺れた髪に陽が当たって、じじ、と嫌な音を立てた。
 太陽に嫌われた吸血鬼だからじゃない。あなたを想う愛の炎に身を焼いたのだと、そう思わせてね。
「ま、て、やめろ...、やめてくれ、名前!」
 承太郎。
 最期に名前だけでも呼びたかったけれど、やっぱりあなたを苦しめるだけだから。


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