終焉-finale- 承太郎
 虫も殺せないような奴だろうと思っていれば、仲間を傷付けたと敵を容赦なくぶちのめす。案外頼りになると考えを改めれば、何も無いところで盛大に転んでみたり。マイペースで穏やか。ポルナレフのくだらない話に付き合ってよく笑う。どこか放っておけないというのは、いつの間にか傍に置きたいに変わっていた。
 砂漠の夜の寒さに震える名前を見兼ねたジョセフが言う。
「あ、あ〜、承太郎、その名前の肩でも抱いてやれ」
「...何で俺が」
「いやあ、だって...なあ?」
 ジョセフの視線を受けて花京院は肩を竦める。ポルナレフも頷き、寒がってんだからさ、と謎のゴーサインを出してくるしまつだ。どうやらバレているらしい、と承太郎は嘆息し隣で戸惑っている名前の肩を抱き寄せた。
「!!?」
 一瞬で顔を真っ赤に染めた名前は承太郎を見上げようとする。しかし承太郎は名前の頭に手を置くと胸へと引き寄せた。厚い胸板に触れた耳に少し早い心音が聞こえる。大きな身体に忙しなく血液を送るためなのか、それとも。後者であればいいと、更に身を寄せるため名前は勇気を出して腰を浮かした。それを離れようとしていると思い承太郎は口を開く。
「離れるな」
 承太郎は言った直後に行動の真意を知り、見合わせた顔を僅かに赤くした。承太郎の胡座の間に横向きの状態で座った名前は、それを見て喜びに表情を緩める。
「離れないよ」
 力を抜いた身体が預けられ、堪らず承太郎は両腕で名前を抱き締める。すっぽりと腕の中に収まる小さな存在が愛おしくて、守らなければならないと強く思った。
「ありがとう、承太郎。あったかい」
 震えのなくなった身体に安堵し、背を曲げると名前の頬に口付け、赤を帯びた耳に唇を移動させる。
「旅を終えたら、より深くでお前に触れたい」
「!」
 告白をすっ飛ばし告げられた欲求が承太郎らしい。しかし募った想いは口にしなくとも触れたところから名前の身体に直接染み入ってきた。
「...わたし、も」
 目の前の逞しい腕に触れると、すぐに指を絡め取られた。
 激闘続く旅の束の間の安息。仲間たちの目を気にする余裕も無く二人は身を寄せ合う。こんな時だからこそ愛しい存在を確かめずには居られなかった。心のどこかでは、もしかすると明日には、と思ってしまっていたのかもしれない。認識してしまえばその通りになってしまうからと、気付かないフリをしていただけで。

 DIO、いやジョナサンの身体を昇ったばかりの太陽が照らす。最後の足掻きのように砕ける肉片が赤く光ったあと、灰となり広大な砂漠地帯に消えていった。
「これで終わったな」
「戻ってこねえものが多すぎるがな」
「ああ、そして大きすぎる」
 砂の地平線を眺めるジョセフの背には哀愁が漂う。きっと自分もそうなのだろう、と承太郎は喪った仲間たちに想いを馳せる。それからその中にも、この場にもいない唯一DIOから取り戻せる女を求めた。
「ジジイ、行くぞ」
 ジョセフは俯きハットを手で抑えると、ヘリコプターに乗り込む承太郎の背に続いた。
 まだ太陽が低い位置にある中、ヘリコプターから車に乗り換えた承太郎は、SPW財団の職員たちとDIOの館に降り立った。見上げる館からあの禍々しさはもう感じられない。館に踏み入ると承太郎は駆け出していた。最上階の部屋、きっとそこに名前はいる。
 名前、名前...!無事でいて欲しい。ただ生きていてくれさえすれば...!
 二階への階段を上り終えると、承太郎の予想に反して、荒れた部屋の中央付近にその姿はあった。膝の上に乗るボロボロのイギーを見下ろしていた顔がこちらを向く。
「名前、なのか、?」
 自分のものとは思えないくらいに、震えた頼りない声で馬鹿らしい問い掛けをする。名前であることに間違いはない。でも別れてしまったあの時と違う何かになってしまったことは嫌でも分かった。
 冷たそうな青白い肌、憂いげな瞳、僅かに開いた口から覗く鋭い犬歯。名前は変わってしまった。あの憎い吸血鬼の手によって、それと同じ存在に堕とされてしまった。
 母を助けられた喜びを感じた束の間、絶望的な現実を突き付けられ承太郎は目眩がする。
 他の誰かであれば躊躇い無く手を掛けた。きっと家族であっても、最後はそれが家族を救うためだと。しかし、こいつだけは殺せない。殺したくない。人の理から外れた存在に成り果てたとしても傍に置きたい。DIOのように世界征服を望むなんてことも、人の生き血を求め彷徨うなんてことも、きっとしないし、させない。
 大切な仲間をこの旅で喪った。もうこれ以上喪うことはジジイだって望んじゃあいない。もし何かあればSPW財団のバックアップだって受けられる。
 何も心配することは無い。
 そう言って抱き締めようと、承太郎は脚を踏み出した。しかし名前は後退り、背後の扉に寄り掛かる。瞬く瞳から零れた赤は涙に違いなかった。悲痛なその表情と涙は名前がどれほど苦しんでいるかを物語っている。
 何も心配しなくていい、俺の傍にいろ。
 そう言いたいのに、引き攣った喉からは声が出ず、その場に縫い付けられたように脚も動かない。
 カチャリと音がして開いた扉の隙間から明かりが差し込んだ。
 待て、待て、名前、やめろ、名前、名前
 何故俺は動けないんだ?地球最強と言って違いない、スタンド能力有する吸血鬼を下し、自分も時を止める能力を手にしたのに。何故自分の身体も、スタンドも動かない?
 スローモーションで扉が開いていく。スタンドを発動させる瞬間はいくらでもある。それなのに。
 やけに大きな心音が耳に響く。まるで全身心臓にでもなったみたいだ。この先何が起きるか理解しているのに、目頭を熱くする以外何も出来ない自分が死ぬほど情けなくて憎い。
 時間切れだとでも嘲笑うようにスローモーションが弾け飛び、鼻を埋めるのが好きだった艶やかな髪が一房消えた。
「ま、て、やめろ...、やめてくれ、名前!」
 恐れていた絶望の片鱗を目にして、やっと脚が動き声が出た。しかし、もう全てが遅い。
 承太郎。
 名前の口は動いていない。承太郎の脳に直接聞こえたのは名前の心だった。自分の死に縛りたくないからと発しなかった声も、二人の深い繋がりには無意味でしかない。
 承太郎、好き、好き、大好き。愛してる。承太郎、承太郎。幸せになってね。
 名前の言葉が、愛が、承太郎の中に雪崩込んでくる。最期に想うのが自分のことなのに、こんなにも嬉しくないなんて。
 扉が開ききり差し込んだ朝陽に承太郎の瞳が眩んだ。暴走しているわけでも無いのに現れたスタープラチナの視界を通して、名前の最期を脳に焼付けた。
 膝から力が抜けて承太郎はその場に頽れた。脚元には名前の残骸が小さな山を作っている。その頂上にポタリと赤い雫が落ちじわじわと染み込んでいくのを見て、承太郎は堪らず嗚咽を零した。
「っ...。名前...、名前...」
 お前の選択を俺は一生許せそうにない。


BACK