元音柱である宇髄天元は、鳴柱我妻善逸の屋敷を訪ねていた。
夜、居間には空のビール瓶が数本。そして天元が祝いに持ってきた日本酒の一升瓶ももうじきなくなりそうだった。屋敷の主人である善逸は酔いつぶれて眠っており、天元は一人庭を眺めながら杯を傾けている。そこに善逸の恋人であるナマエが薄い布団を持って来た。


「すみません宇髄さん。善逸が寝てしまって」
「いや、ド派手に飲ませちまったからなぁ。こっちこそすまねえ」


善逸に布団を掛けてやり、空き瓶を片付けようとするナマエを天元は呼び止め、「まあちょっと飲みましょうよ」と言う。お言葉に甘えて、と隣に座るナマエ。注いでもらった酒を上品に飲む彼女の姿からは、花魁だった頃の風格を感じさせられた。


「ナマエさんは鬼に会ったことあるんだっけ」
「はい。京極屋で」
「怖くはねえか? 」
「…鬼が、ですか? 」


縁側にはいくつかお香立てがあり、藤の花の香を焚いている。


「鬼もそうだが、鬼殺の隊士で殉死する奴は少なくねえ」
「そうですね…」


鬼殺隊の隊士は結婚しない者や特定の相手を作らない者が多い。常に危険と隣り合わせなのだ。天元も吉原での上弦の鬼との討伐の際、左手と左目を失った。助けがなければ毒が回って死んでいただろう状態に陥り、嫁たちを泣かせてしまった。幸せはいつ壊れるかわからない。


「死は等しく皆に訪れます。それに、善逸も私も互いに精一杯生きようと約束しました。私たち、約束を守ることは得意ですので」


そう言ったナマエがあまりにも頼もしく、天元は安心したように笑った。それから天元がナマエに鬼殺隊での善逸の話をすると、ナマエは嬉しそうに聞いた。
しばらくすると、善逸が目を覚ます。


「ちょっと、何二人で話してんのさぁ…」


まだ酔いも眠気も醒めていない善逸がナマエを後ろから抱きしめた。


「おっと、じゃあ俺はそろそろお暇するわ」
「あ、では門まで見送りに、」
「構わねぇって。それよりその酔っ払いを頼むわな」


あと、これからもよろしく、と言う天元に、ナマエもよろしくお願いしますと微笑んだ。
屋敷を後にした天元。善逸とナマエから感じた隠しきれない幸福感。そして善逸と初めて会った時のことや、自分や嫁の軌跡が脳裏を掠めた。少し感傷的な気分になって目頭が熱くなり、「あー、歳だわ」と天元は呟く。
とても気分のいい夜だ。ゆっくり歩いて帰ろうかと思ったのだが、三人の嫁に一刻も早く会いたくなり天元は歩調を速めるのだった。


こんな夜くらい