鬼であり、医者である珠世の屋敷には、彼女が鬼にした愈史郎という男がいた。愈史郎は珠世のことを強烈に慕っている。そして、そんな彼を好いている人間の女子が1人。


「好きよ愈史郎」
「俺はお前が嫌いだ」
「うん、知ってる」


愚直に珠世様を慕う愈史郎が好きよ、と彼女は言う。すると愈史郎は決まって「気味が悪い」と顔を歪めた。


「ナマエ、紅茶を入れてくれないかしら?」
「はい! かしこまりました! 」
「珠世様! それでしたら俺が! 」
「珠世様は私の入れるお茶が好きなの! 」


ナマエは両親と鬼に襲われていたところを2人に助けられた少女だ。そして父と母が死んでしまった彼女は、珠世の診療所に住み込みで手伝いをするようになった。昼間外に出られない2人の代わりに、買い物や洗濯をしている。そして、ナマエは珠世のこともまた、慕っていた。


「ねえ愈史郎、あんまり見られると緊張する」
「お前のことなど見てない。茶の淹れ方を見ているんだ。必ずお前より美味しい紅茶を珠世様にお出しできるようになってやる」
「はいはい」


慣れた手つきのナマエが、ほんの一瞬手を止めた。そして温めた陶磁器のティーポットに銀のスプーンで茶葉を入れながら、「そうね。ちゃんと私より美味しく淹れられるようになってもらわないとね」と、柔らかく微笑んだ。


「私は2人とずっと一緒にはいられないからね」


無惨の呪いを解いた珠世と、病床で珠世に鬼にしてもらった愈史郎、それから猫の茶々丸。いつか無惨が死んだ時、彼らはこの世から消えることはないのだから、きっとずっと、生きていくはずなのだ。歴史の中で、ひっそりと。たった2人と一匹の鬼が。


「きっと大変よね」
「何がだ」
「ずっと生きていくって」
「珠世様と一緒なら本望だ」
「そうね」


自分なんて、これから膨大な時間の中で生きていく彼らにとっては流れ星や稲光のような一瞬の存在なのだろう、とナマエは思う。


「愈史郎は私のこと忘れちゃうんだろうな」
「馬鹿を言え」
「え? 」


そうだな、と返ってくると確信していたナマエは、素っ頓狂な声を出してしまう。


「俺と珠世様の生活を邪魔したお前の罪は重い。俺は一生忘れてやらんからな」


じろりと睨みつけてくる愈史郎。ああ、なるほどそういうことか。ナマエは可笑しくて笑うと、愈史郎が「何を笑っている」と怒る。


「私、やっぱり愈史郎が好きよ」


きっと100年も1000年もそのずっと先まで、愈史郎は珠世を思い続ける。なんと美しく、恐ろしいことか。彼の果てしない愛が、ナマエには堪らなく愛おしいのだ。


「俺はお前が嫌いだ」
「知ってるわ」


どうか自分のいない未来に幸あれ。そう思いながら紅茶をカップに注いだ。




永遠の愛に恋をした
(死ぬことより怖いと私は思うの)
2020/05/24