「大王様って呼ばれてるんだってね」


付き合ってから恒例となった月曜日2人並んで帰路に着く帰り道。笑いが込み上げて緩む口元を手で少し隠しながらそう言えば、彼は目を丸くさせ驚いた表情をしていた。陽が傾き太陽はもう見えず、夜空が広がる中、西の空の雲だけが赤いオレンジに染まっている少し不気味な夕暮れを背景に見る及川は、大王様の名の通りどこか妖しげな雰囲気を纏っているかのように見えた。

いつも爽やかで青空が似合いますという風体なのに、いざ大王様というあだ名を知ってしまうと今の空が妙にそれが彼にしっくり似合っていて。割と長い付き合いになる筈なのに、未だ新しい一面の彼を見ることができたと思うと少し嬉しくも思う。


「ちょ、ちょっと、それどこから聞いたの?」
「黒いジャージ着た部員の子が言ってるのチラッと聞いた」
「それ先週烏野がウチに練習試合しに来てた時じゃん!」


なんでそんな要らない情報仕入れるのさ!と頭に手を当てグシャリと前髪を掻いて取り乱す及川が面白くて声を出して笑えば、ボサボサになった前髪の下の双眸がこちらを恨めしそうに睨んできた。


「ねぇ……そういえばその練習試合、俺出ないかもって言ったら見に行かないって言ってたやつだよね?」
「そうだね」
「じゃあなんで知ってんの?」
「本当は見てたから」


もーーっ!と言葉にならない憤りを叫びにして、小さな子供みたいに怒る及川が面白くて可愛くて。本当揶揄い甲斐があるな、とまた笑いが込み上げてくる。

いつもは部外者厳禁のバレー部も、校内で練習試合をする際は応援よろしくと部外者生徒を体育館に呼ぶことが多くて、及川が練習試合に出ると聞けば彼氏である彼のかっこいいところを見てやろうとほぼ足を運んでいた。予め彼が出ないかもと聞いていれば観戦に行かないのが私の中の決まりみたいなものだったんだけど、先週は試合が見たいという友達に強引に引き摺られて体育館二階のギャラリーに居たために例外で。でも結果的に及川が試合最後に出てきたから、友達の付き合いであっても行って良かったなぁなんて思っていたのだけど。そういえば及川に観に行ったよって言うの忘れてたかもしれない。

憤りを露わにして御機嫌ナナメで機嫌の悪い及川にピンチサーバーかっこよかったよと言ったものの、両手をブレザーのポケットに突っ込み、地面に顔を向けてコンクリートの地面に転がっていた小さな石ころを蹴りがなら歩き始めた。かっこいいと褒めたのに何故か余計いじけてしまったこれは、中々に怒ってらっしゃるのかもしれない。こんな些細な事で喧嘩も良くないと慌てて彼に詫びるために口を開いた。


「ねぇ、黙って行ったのと、行ったこと言わなかったのは私が悪かった。ごめんね」
「……別にそれに対して怒って機嫌が悪いわけじゃない」


及川は胸の中に溜まっていた息を大きく吐いた後、足を止め私に向き直り彼の大きな手が私の頭を撫でた。


「あの練習試合、俺ピンチサーバーなのに2点しか取れなかったし、素人同然の烏野チビちゃんのブロードに反応できなかったし、それで結局負けたし。そんなカッコ悪いとこを名前ちゃんに見られてなくて良かったと思ってたんだけど、見られてたって知って、もうちょっと上手くプレーできたんじゃなかったのかなって今更自分自身にムカついてたの!」


そう言った後、私の頭の上に乗っていた手を大きく動かして撫でてきた。髪の毛ぐちゃぐちゃになる、と及川の手を頭の上から振り落とし、ボサボサにされた髪を手櫛で整えていれば彼も手伝うかのように今度は優しく頭を撫でてきた。直すなら髪を掻き回すような撫で方をしないで頂きたい。


「お前にはバレーでカッコ悪い俺の姿見せたくないわけ」


そう言って、眉を下げ少し弱々しい声で情けなさそうに言う彼に不覚にも胸がキュンと鳴ったのは黙っておくべきか。


「それより、なんで大王様って呼ばれてんの?」
「さぁ、知らない。でもまぁ俺の中学時代の後輩に“コート上の王様”って言われてた奴がいて、差し詰めその先輩だから大王様って事なんじゃない?」
「なんか安直なあだ名だね」









大王様とその帰り道





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