朝ごはんしっかり食べて来たんに、2限目終わりのこの時間にお腹ペコペコになっとるんは朝練動きすぎたからや……と机に突っ伏して項垂れる。今日は俺もツムも朝から好調で、調子乗って何時もより多めに球を打ってたんが多分原因や。何時もやとあと1時間は空腹にならんのに、と深いため息が出そうになるんを慌てて飲み込む。何もせぇへんよりは少し気が紛れるんちゃうか、なんて空きっ腹をさすってみるも全く効果あらへんくて余計に気が沈む。

そんな中、不意にフワッと鼻腔を擽った甘い良い匂いに、条件反射でじわりと口の中の唾液が増える。「お腹空いた」ちゅう事しかない頭に、この甘い香りは中々に耐え難い。芳ばしいバターとそれに混じる爽やかなレモンの香りはマドレーヌかカップケーキかパウンドケーキかなんかやろか?なんて思っとったら、隣の席に座る名字さんが可愛らしいラッピング袋に入ったマドレーヌを手に持っとった。

彼女の手にある、程よいキツネ色のふっくらふんわりと焼かれたそのマドレーヌは、空腹の俺には極上のご馳走のように見えて余計にお腹が空いてくる。あのマドレーヌ食べたいなぁ……なんて厚かましい事を頭ん中で勝手に思っとったら、俺の視線が強すぎたんか名字さんとパチリと目が合った。俺に見られとると思ってへんかったんか、彼女は目を見開かせてびっくりしとった。


「すまん、ええ香りやなってめっちゃ見てた」
「ううん別に平気。こっちこそ何かびっくりしちゃってごめん」
「……それ、手作りなん?」


彼女の手元にあるマドレーヌを指差せば、彼女は首を少し縦に動かして頷き、「そうなの」と少し恥ずかしそうに俯き加減ではにかんだ。


「昨日家で作りすぎちゃて、友達にお裾分けしようかなって持って来たの。あ、ねぇ宮君、マドレーヌ食べる?」


お口に合うか分からないけど、と言って彼女は手に持っとったマドレーヌがひとつ入った袋と、机の横にかけとった紙袋からあと3袋を取り出して俺の机ん上に置いた。まさか貰えるやなんて思ってへんかったから、目を大きく張った。


「こんなにええん?」
「いーよ、沢山作りすぎたからまだまだあるし。それに宮君、お腹空いてるんじゃないの?」
「え、なんで知っとんの?」
「さっき授業中、お腹鳴ってるの聞こえちゃった」
「うわ、めっちゃ恥ずいやん」


聞かんかった事にして、と眉を下げて言えば彼女はくつくつと喉を鳴らして笑った。何もそんな笑わんでもええやんと少し拗ねて唇を尖らせるも、次第に俺も彼女に釣られて笑いが溢れた。


「なぁ、今これ食べてええ?」


どうぞ、と言う彼女の言葉を貰った次の瞬間、俺は彼女が丁寧にラッピングしたであろう袋を乱雑に破り中のマドレーヌを頬張った。普段ならこんな気が急いたように食べへんけど、腹が減って仕方あらへんから許してほしい。1個目はまず腹を満たす為に飲み込むようにして食べてしもたけど、2個目からはちゃんと味わえるようさっきよりもゆっくりと食べる。

名字さんの手作りというこのマドレーヌ、口に入れた瞬間バターの甘くて重厚な芳ばしい香りが目一杯広がったと思ば、後からレモンの甘酸っぱい爽やかな酸味がほのかにあって、バターの重さが全然気にならん。

アカン、このマドレーヌめっちゃ美味しい。

何処ぞの有名なパティスリーのマドレーヌって言われても疑わへん美味しさで、気がつけば一瞬にして4個全部食べてもうたみたいで、俺の手元には空になった袋しか残ってへんかった。もうちょいゆっくり味わって食べれば良かったかもしれん、とちょっと後悔する。


「宮君、すごい勢いで食べたね」


そんなにお腹空いてたんだ、と目を点にしてあんぐりと口を開けてる彼女に「お腹空いてたんもあるけど、美味しすぎて一気に食べてもうた」と食べた後の袋を片しながら苦笑混じりに答えた。


「めっちゃ美味しかった、おおきに」
「そんな風に言われると、なんか嬉しいな」
「厚かましいけど、また何か作ったら俺にもくれへん?また自分のお菓子食べたい」


そう言えば、名字さんは嬉しそうに勿論と笑った。










バターとレモンと君と





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