
Bookso beautiful yet terrific.
放課後の廊下で、後ろで一つにきゅっと結った髪がゆらゆらと揺れている。ぴしりと背筋を正して歩く背中をボクはぼんやりと遠くから眺めていた。ふと、彼女の元へエースとデュースが駆け寄り、何やら耳打ちしては三人揃って笑い出す。今度はそこにグリムもやって来ては、三人と一匹は並んで何処かへ歩き去っていった。
ボクは彼女達が歩く方角と反対方向へ歩こうと足を踏み出すが、動きをやめる。先程彼女達がいた場所には赤い色のリボンが一つ落ちていた。
「あ、」
ボクがリボンの元へ行くよりも先にたまたま通りかかった別の生徒達が気づきそれを拾い上げる。
「これ、誰の?」
「制服の腕につけるやつ、じゃないよな」
「でもさあ。どっかで見たことあるんだよねえ」
脳裏に、後ろで綺麗に纏めた髪に飾る赤い色のリボンが揺れる様が過ぎる。ボクはすぐに生徒達の元へ行き声をかけた。
「すまないね、君達。これは先程監督生が落としていった物なんだ」
「あ!そうだ!このリボンいつも監督生が髪を結ってるやつじゃん!」
ボクの言葉に生徒達が思い出したように口々に声に出していく。その様子を特に気にせずボクは生徒達に掌を差し出した。
「ちょうどいい。監督生に用事があって訪ねようと思っていたところだったんだ。これはボクから渡しておくよ」
生徒達は遠慮する素振りを見せるが、まあいいかとすぐにボクの掌にリボンを乗せてよろしくと口々に言葉にする。ボクはきゅっとリボンを握りしめてから頷いたのだった。
正直に言えば彼女に用事があるわけではなかった。ただ、結果的にリボンを拾ったのは先程の生徒達だったが、そもそも彼女がリボンを落としたことに初めに気がついたのはボクだ。だから、責任を持って本人に届けるのが望ましいことだろう。ハートの女王だってボクと同じ行動をするに違いない。
彼女達の後を追うように急ぎ足で廊下を進むと、中庭の林檎の木の下で彼女の姿を見つけた。エースとデュースとグリムの姿は見当たらず、どうやら彼女一人のようだった。
「監督生。先程リボンを落としただろう。そこに居合わせた生徒達が拾ってくれてね。ボクが預かって来たんだ」
ボクに声をかけられた彼女は数回瞬きを繰り返す。それから制服の腕に目をやり、次に自身の髪に手を伸ばした。きちんときゅっと後ろに結われた髪が乱れていることはない。しかし、そこに飾る赤い色のリボンがないことに気がついたようで彼女が小さく声を上げた。
「すみません。気がつきませんでした」
彼女の手が髪から離れるのを確認してからボクは彼女に近づき背後にまわる。
「失礼」
一言声をかけてから彼女の髪に手を伸ばし、きちんと結われた髪にリボンをきゅっと飾る。そこには美しい髪と共に赤い色のリボンがいつものように揺れていた。
「うん。よろしい」
「ありがとうございます」
ボクの言葉を合図に彼女が振り向いた。丁寧にお辞儀して礼を述べる姿にきちんとした彼女らしい行動だと思う。
「そうだ。リボンといえば」
ふと、彼女が思い出したように自身の制服のポケットに手を入れる。再びポケットの中から出した手には見覚えのある細い赤い色したリボンが二つあった。
「二人とも、忘れて行ってしまったんですよ」
苦笑いを浮かべながら話す彼女の言う二人とはエースとデュースのことだろう。その証拠に彼女の手にあるリボンはハーツラビュル寮所属のものだった。
「何故これを忘れて行く必要があるんだい。まったく」
「これから部活だからって慌てて」
「まさかとは思うが、制服を脱ぎながら部室へ向かっていないだろうね?」
「そのまさかです」
困り顔で話す彼女の前でボクは溜息を吐いた。帰寮したらあのトランプ兵達を叱りつけてやらないと。
「それにしても、グリム遅いなあ。トレイン先生のお説教、当分終わらなさそう」
彼女の呟きに、彼女も苦労しているのだろうと感じた。ボクは視線を見回して空いているベンチを探し、彼女に声をかけた。
「どうせ遅くなるなら、座って待っていよう」
ボクに促されるまま彼女がベンチに座り、ボクも彼女と一人分開けて隣に座る。そのボクの姿に彼女は数回瞬きをして若干躊躇いの表情を浮かべた。
「あの、」
「そういえば」
彼女が言いたいことは分かっている。ボクが当たり前のように隣に座り彼女と一緒にいようとすることについてだ。だからボクはわざと彼女の言葉を続けないように話を変えた。
「先日、ケイトとトレイが」
口から出たのはなんてことない世間話。ボクはケイトやアズールのように口がまわり社交的というわけではない。と言っても、イデア先輩のように極端に人付き合いが苦手というわけでもないが。だけど、ボクの話の内容はきっと彼女を退屈にさせてしまうだろう。
それでも。
「そんなことがあったんですね」
大しておもしろくはないだろうボクの話を聞いては彼女が時折ふふふと小さく声に出して笑う。彼女の動きに合わせて彼女の髪に飾る赤い色のリボンが風に揺れた。
ボクは、そんな彼女の姿を見るのが好きだ。落とし物や忘れ物を利用して彼女と話す時間を作る口実にするほどに。
「他にも続きがあって」
頭の中をフル回転させて彼女に話す内容を探しては口を動かし続けている。話しながらもボクの視線の先は彼女の髪に飾るリボンから離す気はなかった。
その赤い色のリボンを、今度もまたボクの目が届く場所で忘れていくことを願って。
2022.12.03
忘れ物|女監督生受け版ワンドロワンライ