Bookso beautiful yet terrific.

 交流会を終えて日は経っているが、ナイトレイブンカレッジの教員は私を気にかけたままだった。そのせいで、私は月に一度の放課後に他校に顔を出すはめになった。学園に訪れた私のやるべきことは、例の騒動を知るトレイン先生と面談室で顔を合わせるだけである。会話も、ほとんど他愛ない近況報告ばかりだ。これに何の意味があるのか首を傾げたくなるのは無理もない。
 月に一度はやらねばならない儀式のようなそれに早くも2回目で嫌になり投げ出したい衝動に駆られつつも渋々3回目の約束の日を取り付けて、さっさとノーブルベルカレッジに戻ろうと廊下に出る。闇の鏡を目指して急ぎ足で廊下を歩いていると、偶然彼女がいた。ばったりと出会した私を見て彼女は足を止める。私も、彼女にならい同じように足を止めた。

「お久しぶりです。その節はありがとうございました」

 折り目正しく一礼する彼女の姿に、そういえばこういう人物だったなと交流会で会った時のことを薄らと思い出す。正直、世間話にも満たない会話しかしていないのだから彼女のことなんぞほとんど印象にない。ただ、この学園に本来いるはずのない非魔法士の女生徒であることだけは確かな記憶として残っている。

「こちらこそ、交流会に参加いただき感謝する」

 私の返した当たり障りない言葉に彼女は表情を変えずに相槌を打つ。しかし、それ以上会話が続くはずもなく、私達の間に沈黙が流れた。それもそうだろう。私と彼女はほとんど交流らしいことはしていない。ここでばったりと出会したのがマレウス・ドラコニアか、イデア・シュラウドか、もしくはアズール・アーシェングロットだったなら嫌味の一つ二つどころか百以上は言ってやっただろうに。
 沈黙がやけに長く感じた。痺れを切らした私は仕方なくも口を開く。

「卿は何処かへ向かう途中ではないのかね?」

「トレイン先生とはもうお会いになりましたか?」

痺れを切らしたのは彼女も同じだったようでお互いの質問が綺麗に重なった。私は思わず口を閉ざすと、彼女も表情を一瞬だけ強張らせてから口を閉じる。再び訪れる沈黙に、私は軽く咳払いをしてから口を開いた。

「今、お会いしたところだよ。君は?」

「そうだったんですね。私は、食堂に行くところです」

「そうか」

ぴたりと会話が止む。彼女は少しだけ逡巡する様子を見せたかと思えば、窺うように私に視線を向けた。

「もしよろしければ、ロロさんもいかがですか?」

「私が?」

「この時間なら、食堂に生徒が集まることはあまりないので少しはゆっくりできるかと」

思わぬ誘いに私は目を見開く。しかし、女性からの誘いを断るのも相手に失礼な気がした。結果、私は柄にもなく他校の食堂に向かうことにした。
 食堂に行くと数ある席は何処も使われてなく静かだった。聞こえてくるのは厨房で昼食の片付けや明日の仕込み作業する賑やかなゴースト達の声だけ。

「苦手なものはありますか?」

「特には。お気遣い感謝する」

彼女に促されて私が席に座ると、彼女は食堂のカウンターに行きゴーストに一言二言話して戻ってくる。そんなに時間がかからずゴーストが運んで来たものはティーセットとスコーンが乗った皿だった。彼女が慣れた手つきでポットを傾けてカップに紅茶を注ぐ。ふわりと香る上品な匂いと湯気に良い茶葉を使っているのをすぐに察した。

「最初はココアとかコーヒーとか飲めれば何でもいいやと思って適当に注文していたのですが、私の雑なアフタヌーンティーに見兼ねたゴーストが色々とサービスしてくれるようになってしまって」

困ったように僅かに眉を寄せて小さく笑う彼女が紅茶を注いだカップの一つを私の前に置く。それと一緒にスコーンが乗った皿も置いた。

「上質な香りがする。ダージリンのようだな」

「はい。ゴーストお勧めの茶葉です。正直、私にはよく分からないのですが」

特に恥ずかしがらずに話す彼女に相槌を打ちながらカップを持つ。彼女もカップを持ってからお互いに、いただきますと言ってからカップに口をつけた。

「私も茶葉にはあまり詳しくはないが。これは美味だと思うのだよ」

「お口に合ってよかったです。と言っても、ゴーストセレクトの物ですけどね」

「とはいえ。私をこの場に誘ったのは他ならぬ君だ。礼を言う」

私の言葉に彼女は数回瞬きを繰り返す。やがて、ほんのりと頬を緩めていった。


 トレイン先生との3回目の面談を終え、私は帰路につこうと闇の鏡を目指す。しかし、ふわりと香る紅茶の匂いに気づいて思わず足を止めた。それから行き先を変えて1ヶ月前の記憶を頼りに食堂に向かう。すると、やはりというべきかアフタヌーンティーを愉しむ彼女の姿があった。

「また会ったね」

「ロロさん。こんにちは」

彼女に声をかけると彼女はカップをテーブルの上に置いてその場から立ち上がる。折り目正しく一礼する姿に彼女らしいと少し思う。彼女のことなんぞ、何も知らないというのに。

「同じのでよろしいでしょうか?」

「ああ」

私が席につきながら答えると彼女は慣れたようにカウンターに行きゴーストに声をかける。すると、数分もしないうちにゴーストは私の元へティーセットとスコーンを乗せた皿を運んできた。
 いただきますと言ってからポットの紅茶をカップに注ぎ、口をつける。相変わらず、良い茶葉を使っていることだけは理解した。

「今日はフレーバーティーなのだな」

「香りがいいですよね。正直、それ以外はよく分からないんですが」

控えめに笑う彼女につられるように私の頬が緩む。

「安心していい。分からないのは卿だけではない。私も同じだ」

私の言葉を聞いた彼女が目を丸くさせる。だけどすぐに、表情を崩した。


 トレイン先生との面談を重ねるのと同時に彼女と食堂でお茶するようになった。
 1ヶ月に一度しか会わないため、お互いにぺらぺらと話す間柄ではない。ただ、その日の紅茶は美味だったとか、この茶葉は何かとか、紅茶に関する話をほんの少しだけする仲にはなった。それに対して不満はない。彼女のことを深く知りたいわけでもないのだから。本当に他愛ない、当たり障りない会話をする知人とでも呼べばいいのだろう。
 彼女は、特別紅茶が好きというわけでもないと言うが、嫌いでもなさそうだった。いや、寧ろ好きなのだろう。

「今日はアッサムだよとゴーストに言われたのですが。やっぱりよく分からないなあ」

 そう呟いてカップに口をつける彼女の頬は、言葉のわりにはずいぶんと緩んでいるように見えた。彼女は、分からないなりにも紅茶を愉しんでいる。それは私も同じだった。特別紅茶に詳しいわけではないが、彼女とお茶する程度には知っても良いかと思う。
 紅茶を通じてできた私達の関係なんぞ本当に些細なものだった。


 トレイン先生との面談を開始して一年が経った。それと同時に、彼女と過ごす小さなお茶会も同じだけ回数を重ねている。

「これでもう大丈夫だろう。また何かあれば、我々教員を頼りなさい。君は、我々の大事な教え子なのだから」

 本日の面談を終えたトレイン先生は、私にそう告げた。私は深々と頭を下げてから面談室を出る。それから、慣れ親しんだ食堂に向かった。
 放課後の食堂は相変わらずがらんとしていた。聞こえてくるのは厨房で忙しなく動くゴースト達の声だけ。私はすっかり聞き慣れた声に頬を緩ませながらいつも彼女と共に座る席につく。珍しく、彼女の姿はない。きっと日直などで食堂に来るのが遅くなったのだろうと勝手に思っていた。

「やあ。いらっしゃい。今日の茶葉はダージリンだよ」

 私に気づいたゴーストがティーセットとスコーンを乗せた皿を運んでくる。私がゴーストの方を見ると、ゴーストはにこやかに微笑んだ。

「いつもすまないね」

「ううん。君達が喜んでくれるから、僕達も嬉しかったし楽しかったよ」

すっとゴーストが私に背を向ける。私は、一人分だけ用意されたティーセットに気づき、ゴーストに声をかけた。

「彼女は、まだかね?」

ゴーストが私に振り向く。その表情はとても驚いているようだった。

「聞いていないのかい?」

「聞く、とは?」

「あの子。元の世界に帰ったんだよ」

 それはあまりにも唐突で、私は言葉を失った。彼女は多くは語らなかったが、異世界から来たことは以前話していた。そうか。無事、帰ることができたのならよかった。

「彼女は、帰る時、どんな様子だったかね?」

「嬉しそうだったよ。ツイステッドワンダーランドは好きだけど、元の世界も大切な場所だから。ってさ」

「そうか。教えていただき、感謝する」

ゴーストはつい涙が溢れたらしく慌てて私に背を向けて厨房に戻っていった。
 私は、ポットに入った紅茶をカップに注ぎ、それから口をつける。すっかり嗅ぎ慣れた紅茶の匂いに一息ついた。

「紅茶の味は詳しくはないが、今日の茶葉も美味だ。きっと君も、そう言っただろうね」

私の頬が緩む。あたたかい紅茶から香る匂いと湯気につい目を細める。
 何故だか分からないが、今日の紅茶の味はずいぶんと苦く感じた。

2023.01.15
紅茶|女監督生受け版ワンドロワンライ