
Bookso beautiful yet terrific.
物心ついた時には彼が傍にいた。所謂、幼馴染というやつだ。彼の家はご近所にある由緒正しい神社で、彼は将来の神主になるそうで。それ以外は先祖代々神社を守り続けてきた特別な家柄というのを除けば彼はごく普通の男の子だった。祖父母がいて、両親がいて、兄弟がたくさんいて、物腰が柔らかい穏やかな人。
だから、何も疑わなかった。この瞬間までは。
連日残暑が厳しい初秋、テラスに座りながらコーヒー片手に行き交う人々をぼんやりと眺める。すると、人々の合間をするりと交わしながら走る見慣れた青空のような髪が視界に入った。彼はテラスに座る私に気がつきあからさまにホッとしたような表情を浮かべてはまたすぐに小走りに店へ入ってくる。目があってから数秒もしないうちに彼は私の向かいの席に座り、入口で注文したらしいアイスコーヒーが彼を追いかけるように店員が持ってきてくれた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「そんなに待ってないよ。急いで来てくれてありがとう」
「礼などとんでもない。私が呼び出したのですから、本来なら私が先に到着するべきでした」
肩を落としつつもアイスコーヒーを勢いよく飲み干してしまうちぐはぐな行動に、この暑さの中必死に走ってきてくれたことを感じた。私は律儀な彼に小さく笑みを浮かべながら残りのコーヒーを飲み干した。
「それで、一期から呼び出してくるだなんて珍しいね。何かあったの?」
「ご迷惑、でしたか?」
「ううん、嬉しいよ。私も仕事が落ち着いたところだったし」
仕事終わりなので残念ながらデートには不釣り合いの堅苦しいパンツスーツですが。内心そう思いつつそこは口に出さないでおく。一方、彼は薄手のシャツに足が長いことが強調されるジーンズをシンプル且つかっこよく着こなしている。そのためテラス席に座る彼は側から見ればユニクロもしくはGUのCM撮影にしか見えない。顔良し、スタイル良し、性格良し、幼馴染の私から見ても彼の存在は神々しく思える。もっとも、将来は実家の神社で神主を継ぐのだから神々しいのは当然か。
「一期こそ、仕事は大丈夫なの?」
「私はまだ修行中の身ですので」
朗らかに微笑む彼に私は雑に返す。すると彼はスッと席を立ちながらさらりと爆弾を口にした。
「あなたが婚活しているとご両親からお聞きしましたので、私もお邪魔させていただきます。ご案内、お願いできますか?」
え、と明らかに困惑する私を無視しては彼は行きましょうと席を立つようスマートにエスコートしてくるではないか。しかも彼は譲らず私に拒否権はないと言わんばかりの威圧感をかけてくる。
「何故、一期も婚活を?」
「幼馴染に結婚を先越されるわけにはいきませんので」
「いやいやいや、そんな理由で婚活するの?もう少し冷静に考えた方がいいよ」
「私はいつでも冷静ですが」
ニコニコと圧をかけてくる彼に対して私の頬が引きつる。神社の跡取り息子ってこんなに変わった人なのかしらと首を傾げたくなった。
大学を卒業してから警察学校を経て晴れて警察官になった。そして、紆余曲折あり念願の警視庁の捜査一課の刑事になった。子供の頃からの夢だった刑事になれたのは嬉しいが、その代償として男社会に揉まれた女刑事は一般男性陣の婚活対象外にされやすく結果的に刑事として年数を積むのと同時に婚活惨敗の年数までも積んでいる。
一方彼は神仏系統の大学を卒業後、彼の実家と懇意にしている神宮へ修行を積み年数を経て実家に戻り、今度は家業を継ぐための修行に明け暮れている。
そんなこんなで幼馴染でなければお互いに関わることはなかっただろう私達は今でも家族ぐるみの付き合いである。とはいえ、だからって何故私の両親は彼に私が婚活中だとベラベラ話してしまうのか。
私が登録している結婚相談所へ渋々彼を案内し、彼の要望通り登録すると彼の見た目に釣られた女性達が次々と名乗りを上げた。いや、本当、惨敗続きの私から見れば指を咥えるほど羨ましい光景だった。でも、それで彼の婚活がうまく実るのであれば幼馴染として彼が幸せになる日が来ることを心の底から祈っている。
さて、その後どうなったかと言うと、結婚相談所の私の担当者からちらりと聞いたのだが彼も良い縁が見つかり一歩ずつ距離を縮めているらしい。一方、私も新たな事件のおかげで捜査が長丁場となり婚活どころではなくなってしまいつつもようやくマッチングする方が現れ、しかも、相手の男性は自らの職業も大手新聞社の社会部の記者のため私の職業柄多忙であることをとっても理解してくれる人だった。事件の捜査中でも私を気遣う連絡をくれたり、単純な私が男性に惹かれるのに時間はかからなかったのである。
無事に事件も解決し、季節も次へと変わりつつある頃、私はカフェのテラスで彼と一緒にコーヒーを飲んでいた。今日は前回と違いパンツスーツではなく緋色のワンピースを着ている。何故なら、これから仕事ではなくデートだからだ。
「良かったですね、素敵な方と出会えて」
ニコニコと笑みを浮かべながら彼はカップに口をつける。少し肌寒くなってきたせいで上着を羽織っているが彼は相変わらずシンプルにかっこよく決めるファッションのおかげでモデルにしか見えない。街行く女性達がちらちらと彼に熱視線を向けるのもいつもの光景だ。
「一期もお幸せに」
「まだ、交際前の段階ではありますが」
「それでも、素敵な人に出会えたことに変わりはないわ」
「そうだと良いのですが」
ニコニコと朗らかに笑みを浮かべ続けている彼をもう一度見てからコーヒーを飲み干し、席を立つ。久しぶりのデートにまるで学生時代の青春のように浮き立ってしまう。
「それじゃあ、もう行くね」
私の分の伝票を持つと彼も自分の伝票を手に席を立つ。先に行こうとする私と目を合わせた彼は相変わらずの柔らかい笑みを浮かべていた。
「何かございました、私をお呼びください。必ず、あなたの元へ駆けつけお守り致します」
本気とも冗談ともつかない言葉を彼がさらりと言ってのけるので私は苦笑いを浮かべてしまう。だけど、否定するのも悪いので気持ちだけ受け取っておくことにした。
「一期もね。何かあれば警視庁刑事部へご連絡ください」
ひらりと軽く手を振ってから今度こそ立ち去る。
そして、数時間後、私は本当に彼に守られることになった。一般市民だったはずの彼に。
新聞記者だと名乗った男性とのデートは順調だった。日が暮れる頃ホテルで少し早めの夕食を済ませ、まだ時間に余裕があったのでぽつぽつと飾りつけが始まったイルミネーションのある表通りをぶらぶらと歩き、そのままおしゃべりに夢中になりながら成り行きで裏通りへ抜ける。人通りの少ない住宅街には夕食時を迎えた家々にちらほらと明かりが灯っていた。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
私の言葉に男性が笑みを返す。その瞬間、ぞくりと背筋に冷たいものが走った。何の前触れもなく周りの家々の明かりが突如として消える。私達を照らすのは申し訳程度に灯るチカチカと今にも消えてしまいそうな街灯だけ。
「ヤッと、見つケタ」
男性の声が壊れかけのテープレコーダーのような音で紡がれた。その音声はまるで人間のものとは思えなかった。
「これデ、我等ノ、霊力ガ」
私に伸ばされた手から赤黒い炎を発し、肉体が溶けていく。何これ、気持ち悪い、現実とは思えない。そう思いつつも職業柄のせいか私は男性から一歩引きつつも冷静に相手の出方を無意識に観察しようとしていた。
「ヤット、ミツケタ。コレデ、ワレラノ、レイリョクガ」
男性の身体全体が赤黒い炎に包まれ、ぼろぼろと肉体が溶けていく。そして、得体の知れない見たこともない生命体のようになった不気味な光を発した目がぎょろりと私を睨みつけた。ああ、これはもう、何を言っても無駄だろう。
「化け物って逮捕できるのかしら」
自虐的に笑いつつも何故ここまで私は冷静でいられるのだろうか。その答えを探す前に突然化け物に眩い一閃が向けられ、気がつけば私の目の前には線の細い背中が立っていた。
「まったく、あなたと言う人は。何故いつも身の危険を感じても私を呼んでくださらないのですか?」
不気味な暗闇に負けない輝きを纏った光が私に問いかける。僅かに私に顔を向け、柔和に微笑む姿は数時間前にカフェで別れた幼馴染の彼だった。軍服のような派手な服装と手にする刀剣は私の知らない彼の姿ではあるが。
「私の後ろにお下がりください。あなたは必ず、私がお守り致します。今度こそ」
これって現実?それってコスプレ?だなんて言いたいことがたくさんあるのに彼の気迫から口に出すことができなかった。
不意に、脳裏に不鮮明な映像が過ぎる。線が細く、頼もしい背中がぼろぼろになっても私を庇い化け物の数々に刀剣を向けていた。何故だろうか、私は、この光景を知っている。
「一期一振、参る!」
彼の足が地を蹴って刃を振るう。今の瞬間まで彼が普通の男の子だと信じて疑わなかったはずなのに、その背中が懐かしくて視界が歪んだ。
−−−
2XXX年、季節が冬を目前にした頃。我が本丸の主は若くして命を落とした。原因は時間遡行軍による本丸襲撃により、彼女は殺されたのだ。彼女は他の本丸の審神者に比べるとどういうわけが霊力を人一倍強く持ち、それが敵に狙われる要因だった。
警察官だった彼女は霊力の強さのせいで時の政府により強引に審神者にされたのだが彼女自身は特に気にした様子もなかった。彼女曰く、警察官という職業柄のせいで男性に守られることがなかったので審神者となり顕現した刀剣達に守られるのがちょっとくすぐったいらしい。
「一期ってさ、まるで王子様みたいね」
近侍となり常に彼女の傍にいる私を見て彼女は朗らかに笑いそう言っていた。でも、強さの中に時折り見せる人間らしい肉体の脆さを知っていた私はついやってしまったのだ。
「主殿がそう仰ってくださるのならば、光栄です。では、いっそのこと私のわがままを聞いていただけないでしょうか?」
「どんなわがまま?」
「そうですね。主殿を、姫とお呼びするのはいかがでしょう?」
「嫌だと言ったら?」
「ぜひ、呼ばせていただきます」
「それ、私に拒否権ないじゃないの」
呆れたように苦笑いを浮かべる彼女に対し私は声を出して笑い飛ばした。半分は本気、ほんの少しだけ冗談、残りは周りの刀剣と自分との間に差をつけるため。
そして、何故こんなことをやってしまったのか気がついた時には全てが遅かった。
本丸襲撃により彼女を失ってから瀕死の重傷を負いつつも物である私は修復することで人間とは違い死ぬことができなかった。取り残された私は彼女を求めたくさんの世界を彷徨った。しかし、どの世界軸へ辿り着き、彼女を見つけても必ず彼女を失う未来が待っている。審神者にならずとも警察官として殉職し、またある時は非番の日に事件に巻き込まれて死んでいく。何度違う世界軸へ行っても私は彼女を守ることができないのだ。
それならば、彼女の人生に途中から干渉するのではなく始めから干渉すれば何かが変わるのではないか。
そして、その結果、私は一つの結論に辿りついた。どの世界軸でも彼女の死には必ずある人物が接触した直後に起きているということに。
目が覚めると私は小さな幼き少年となっていた。広い神社の敷地は神域に包まれている。そこには私の顔をじっと見つめていた彼女がぱっと表情を変えてにっこりと笑みを浮かべていた。
「一期、ぽーっとしてたの?ブランコから落ちたら危ないよ」
彼女の言葉にハッとした私は辺りを見回した。神域に包まれた神社の敷地内の一角に作られた小さな公園で私と彼女が対峙している。つまり、私は彼女の人生に始めから干渉することに成功したのだと気がついた。
「少し、考えごとをしていたものですから。でも、もう大丈夫です。ご心配をおかけ致しました」
そっかと優しい笑みを浮かべたままの彼女には相変わらず強すぎる霊力が感じられる。おそらく、この敷地内から一歩でも出てしまえば彼女の強大な霊力に引き寄せられる者がいるだろう。時の政府や、時間遡行軍、果ては別の勢力など。でも、これからは彼女の傍でいつでも目を光らせることができる。私は目の前の笑顔を失わないように改めて胸に誓った。
幼馴染として彼女の成長を見守った。小さい頃から夢だったと警察官を目指す彼女と常に一緒にいたかったが、そうすることで視野が狭まり敵に気がつかない結果に繋がることを恐れ、あえて違う道を歩むことにしたのだ。そう、最初に彼女を失った世界軸では、時の政府として彼女に近づいた者が彼女を殺した首謀者だったのだから。
年数を重ねることにやっと見つけた。最初は警察内部に敵が潜んでいると思っていたが、今回の敵は彼女の婚活相手として近づいていることを。
「良かったですね、素敵な方と出会えて」
歳を重ねたある日、ようやく良縁に恵まれたと喜んでいる彼女からの報告に私は心にもない言葉を言ってのけた。この後、敵は彼女に牙を向く。今度こそ、あなたを死なせない。
「一期もお幸せに」
彼女は私が婚活していると未だに思い込んでいるらしい。実際は、マッチングした相手を適当に遇らっているだけなのに。
カフェを出てデートへ向かう彼女の姿を見送りながら貼り付けた笑みを消した。幸せになるのはこれからだ。初めて彼女を失ったあの日ように後悔しないように、私は彼女を守る仕上げへと入る。彼女の婚活は失敗に終わるが、全ては彼女に恋をしてしまった私の責任。
「姫。あなたの王子は、全身全霊を懸け、あなたをお守り致します」
私のわがままを仕方ないと受け入れたあの日から、彼女は私の理性を喪失させてしまったようだ。
2020.09.19
喪失|救済措置様