
Bookso beautiful yet terrific.
ちょうど昼休みの時だった。彼女が明日、元の世界へ帰ると若様から聞いたのは。
そうか。元の世界へ帰れるのならよかった。ずっと、彼女が心の底から故郷に焦がれているのは知っていた。
だからこそ。若様からその話を聞いた時、ホッとした。そう。その時は、だ。
よく分からないがあれからずっともやもやとしていた。
若様から話を聞いた時、心の底から彼女が帰ることができてよかったと思った。僕と違って人間である彼女の短い人生を、見ず知らずの世界に取り残されたまたというのは彼女には哀れだ。本来あるべき場所で、彼女の誕生を祝福して出迎えてくれた家族の元で、彼女は幸せに生きるべきだ。そして、いつかきっと、彼女のことを迎えに来るだろう良い人間と出会い、新しい家族を作って、笑ったり泣いたり時には怒ったりしながら人生を謳歌してほしい。やがて、誰しも終わりが来るように、彼女も最期を迎える。その時は。
彼女の帰る先にある人生には僕の姿なんぞ当然なかった。彼女が最期の眠りを迎える瞬間、その手を握って看取る権限を僕は持ち合わせていない。それは僕と彼女が友人だとしても、恋人だとしても、家族だとしても、どんな関係であっても意味がなかった。何故なら、文字通り住む世界が違う僕と彼女は、明日からお互いの人生が交わることがないのだから。
もやもやと、もやもやと。頭の中にぐるぐると巡る考えや感情に具合が悪くなってくる。胃の底から全てを吐き出してしまいたいほどに、むかむかとする。ぐだぐだと悩むだけ無駄だし、どうしようもできない。これはもう決まったことだ。それなのに、僕は若様から話を聞いてから半日ずっとこんな調子だった。午後の授業を受けている時も、部活中も、夕食の時間も、風呂に浸かっても、ベッドの上に寝転んでみても。身体が鈍く重い感覚のままだった。
「もしも、僕が、」
ぽつりと溢したら、少しだけ胸の奥がきゅうと締めつけられたような気がした。そういえば、この感じ、以前にもあった。
「あ。セベク」
あれは彼女が若様と話している時に、僕がやって来たことに気がついた彼女がすぐに振り向いて僕に声をかけてくれた時だった。若様と話している時に余所見するなんぞなんと不敬だと思ったのに、心の何処かでは、誰よりも早く僕の存在に気がつき、ひらりと手を振って僕を呼ぶ彼女の姿がどうしようもないくらい嬉しかった。きゅうと胸の奥がゆるゆると締めつけられるあの瞬間が、嫌ではなかった。
ガタンと大袈裟な音を立てて僕は部屋着の上から適当に上着を羽織って外に飛び出した。ディアソムニア寮を出て、鏡舎に飛び込み、そしてもう誰も歩いていない学園の敷地内をひたすら走る。勢いで辿り着いた先にあるオンボロ寮の呼び鈴を家主の迷惑なんぞ考えずに何度も鳴らした。
「セベク?こんな時間にどうしたの?というか、お風呂上がり?え。ちょっと薄着すぎない?風邪ひくよね。若様が心配するよ。お家に帰ろう。ね?」
玄関の扉を開けて僕の顔を見た早々に明らかに困惑した様子で幼子に言い聞かせるような彼女の態度に僕は腹が立った。僕はこんなにも、彼女が帰ると知ってからぐだぐだと思い悩んでいたのに、彼女にはまったくそんな素振りもない。いつも通りの落ちついた表情と態度で、僕を見る。まるで、僕ばかりが。
そこでハタと気づく。そうだ。最初から答えたは出ていたのだ。若様から話を聞いたあの瞬間から、喜びと同時に絶望したのも、半日ずっともやもやすることも。
僕は大きく息を吸い、力いっぱい吐いた。それから目の前にいる彼女にキッと視線を向けた。
「人間!!!僕はおまえに話がある!!!」
突然の僕からの言葉に彼女の表情に僅かに驚きの色を示した。これから話すことを聞けば、彼女は明日のことを思い悩むだろう。僕は卑怯者だ。それでも、彼女が何も知らずに帰るのは許せない。何より、ようやく気づいた想いを伝えずに後悔する日々を迎える自分自身を許せなかった。
僕はまっすぐに彼女を見る。それから、はっきりと彼女の耳に届くように想いを言葉に乗せた。
革命前夜。
2023.02.12
革命前夜|女監督生受け版ワンドロワンライ