
Bookso beautiful yet terrific.
2月14日の放課後のことだった。数多の貴銃士から贈り物を受け取ったり、渡したりしていたはずのマスターが急ぎ足で士官学校を出て行った。しかも、制服のままで。少し様子のおかしい彼女の姿が気になった俺は思わずあとを追った。
士官学校の校門を出た彼女は足早に歩いて行く。俺は少し距離を取って歩きつつも、彼女の姿を見失わないように気を張る。もしかして男と待ち合わせ?それにしても色気も何もないただの制服だしなあ。と疑問に思っていると、彼女の歩みがぴたりと止まる。それからくるりと向きを変えた彼女は一軒の店の中に入って行った。
そこはイギリス中の人間誰もが知る老舗の菓子店だった。
「王室御用達ブランド!?」
思わず、驚きに声が溢れる。それもそうだ。この店はイギリス王室御用達だった。学生である彼女が気軽に入るような雰囲気の店ではない。
悶々としていると、彼女が店から出て来る。手には王室御用達ブランドのトレードマークが描かれた小さな紙袋を持っていた。呆気に取られていると、彼女がこちらに気づく。それからスタスタとまっすぐに俺の元へやって来た。
「ライク・ツーもお買物?」
「いや、俺は、」
おまえのあとをつけて来た、とは言えない。しかし、それよりも俺の視線は正直で、彼女の持つ紙袋に向いていた。
「ああ。これ?」
あからさまな俺の態度に彼女はああと口を開く。それから紙袋を示してからなんてことないように続きを述べた。
「すっごく前から予約してたチョコレートなの」
「は?まさか!?あの王室御用達ブランドの限定チョコレート!?」
「そうだよ。食べるのずっと楽しみにしてたんだよねえ」
やんわりと頬を緩める彼女の表情と言葉に俺は混乱しつつも、理解もした。
「おまえ。そのすっごく貴重なチョコレートを自分で食べる気か?」
「毎年、そうしてるけど」
「しかも毎年って。マジか」
どうやら、貴重な限定チョコレートは彼女の口に入るだけであって、他の野郎にあげるわけではないらしい。
「実はさ。毎年バレンタインデーにヴィヴィアンと一緒に食べてたの。ヴィヴィアンもこのお店の限定チョコレートが好きだったから」
そう言った彼女の表情に、僅かに寂しそうな色を見せた。俺は、結果的に彼女の思い出に土足で踏み込んでしまったことに気づき後悔した。彼女にだって触れてほしくないこともあるだろう。親友の持ち物だった俺であっても。
「ちょうどよかった。ライク・ツーも一緒に食べようよ」
「は?」
思い出したように俺に声をかける彼女の姿に俺は間の抜けた声を上げる。一方彼女といえば、つい先程見せた寂しさなんぞ顔から消していつも通りの様子だった。
「こんなの、いらね」
俺にしてみればヴィヴィアンと食べるはずだった物をはいそうですかと貰う気にはなれない。彼女とヴィヴィアンの絆みたいなものに俺が入り込めるわけがないし。
「そっか。ライク・ツー、甘い物好まないし。無理言ってごめんね」
俺の気も知らない彼女は特に表情を変えずにそう口にしてから、自らの手の中にある紙袋に視線を向けた。
「今年は一人で食べるかな。あ、そうだ。茶葉も買って帰らないと」
紙袋からぱっと視線を上げた彼女が俺を見る。それから空いている手をひらりと軽く振ってみせた。
「私、寄る所あるから。またね」
くるりと背を向けて足早に歩いて行く背中を俺は間の抜けた表情のまま見つめる。だけど、すぐに思い直して声をかけた。
「いや、待て」
俺に呼び止められた彼女が足を止めて振り向くので、俺は早足で彼女の元へ行く。
「他にやる奴がいねえって言うんなら」
彼女が瞬きしながら首を傾げるので、言ってる俺の方が気恥ずかしくなった。
「俺がもらう!」
つい、そっぽを向きながら声が力んだ。平常心を装っているつもりでも、身体は正直で顔も耳も無駄に熱い。
「貰う?ああ、チョコレートね!一緒に食べてくれるの?ありがとう。でも、無理してない?甘い物苦手なのに」
「うっせ。別に苦手でも嫌いでもねーし。つーか、寄る所あるんだろ?ほら。さっさと行くぞ」
なんだか自分からチョコレートを強請ったみたいで居ても立ってもいられず彼女を差し置いて先に歩き出した。
正直、彼女にとって今の俺の立ち位置はヴィヴィアンの代わりなのかもしれない。それでも、彼女が他の野郎とバレンタインデーを過ごすよりずっとマシだ。
「もう。待ってよ、ライク・ツー。あ、そこのお店に寄るの。チョコレートと一緒に愉しむ紅茶が欲しくて」
「おまえもヴィヴィアンも紅茶好きだもんな」
「わりと好きかな。ライク・ツーは茶葉どれにする?」
俺の隣に追いつき並んで歩く彼女の姿についつい視線を向ける。まるで昔からずっと一緒だった親友のように接する彼女に対し、少しだけ胸が痛んだ。
2023.02.14