
Bookso beautiful yet terrific.
彼に見つめられるほど、彼に触れるほど、優しさに満ち溢れているその姿に私の心が苦しくなる。人間である私以上に優等生で且つ紳士的なそれに腹立たしくて仕方ない。大英帝国が誇る名銃、エンフィールド。皆の憧れの的に不服な私って嫌な人間だ。
エンフィールド様って素敵ね。流石大英帝国が誇る古銃様だ、憧れる。口々に高評価するイギリス出身のクラスメイト達を尻目に私はあと少しで始まる授業を待っていた。一方私の隣の席に座るフランス出身の女生徒達はシャルルヴィルやシャスポー達フランス銃の高評価で持ち切りである。パリジャン達の話題に不満はないが、彼の話題には意義有り。あの優等生は実はずいぶんと盲信的で一度何かで汚染されてしまえばすぐに足元から崩れ落ちるような危うさを持っている。それを知らない人間に彼が褒め称えられているなんて実に滑稽だ。駄目だ、腹立たしいしむしゃくしゃする。今すぐ我が愛銃を使ってこの教室の窓から見える遥か先にある射撃場の的を目掛けて狙撃してやりたい。私ならあの的のど真ん中を撃ち抜いてみせる自信がある。そんな戯言を心の中で吐き出しているとは露知らずの我が愛銃マークスは射撃場から遥かに離れた教室の窓から見える私に向かって嬉しそうに手をぶんぶん振りながらマスターと叫んで呼んでいるではないか。恥ずかしいからやめて、と思いつつも無視するのはかわいそうなので片手をあげて返事した。その瞬間私の真横に乾いた音と共に風穴が開き、窓ガラスも砕け散る。当然、教室内は、敵襲かアウトレイジャー出現かと騒然となり、一瞬にして緊迫した空気が流れた。一方、狙撃した張本人であるマークスはドヤ顔でこちらを見つめている。奴め、私の返事をまさか狙撃開始の合図と勘違いするとは。しかし、おかげさまで生徒達のおしゃべりも止み、私のむしゃくしゃした心も少し晴れたので大目に見ようと思う。
「候補生くん、これは一体、どういうことだ?そもそも、マークスは何を思って教室に狙撃してきたのやら…」
生徒達に呼ばれてやって来たラッセル教官に問われるが、私が狙撃開始の合図しちゃいましたなんて言えるわけがない。私は苦笑いを浮かべながら、マークスも的を間違えてしまうこともあるようですと答えるしかなかった。ごめん、マークス。一方ラッセル教官は私の返答に疑いを持つ雰囲気ではあるが、すぐにやれやれと短く息を吐く。どうやら貴銃士達がまた騒ぎを起こしたということでその場を収めることにしたらしい。やっぱり、日頃の行いって大事。そんなことよりもラッセル教官はマークスの狙撃事件のためだけに急いで教室に来たわけではないようだ。ラッセル教官は申し訳なさそうに私の側に来ると、郊外の街周辺でアウトレイジャーの目撃情報が出たのですぐに貴銃士を連れて出発するよう指令したのだった。
士官学校の制服のままの私と皺一つない軍服を着た彼はあきらかに浮いていた。後々聞くところによると、今日はこの街の町長の娘と名のある貴族の息子の結婚式を絶賛開催中である。しかし、この街の少し離れた森林からアウトレイジャーらしき人物が確認され、いや、見間違いかもしれないが、とにかく街総出でお祝いしているのに水を差したくないので警護でもいいから連合軍の誰か来てくれと主役二人の両家の親族達から泣きつくように頼み込まれたとのことだ。しかも、極力目立たないように派遣する人数は最小限にと無茶振りする始末。それで派遣されたのが私と優等生のエンフィールド様の二人だけというわけだったようだ。
それにしてもと思いながら賑やかな街を見回すが、結婚式というよりそれに便乗したお祭りという単語の方がしっくりくると思う。色とりどりのバルーンや花々で飾り付けられた軒先にスイーツや軽食を販売するワゴンの数々。たぶんこれ、知らない人が今この街に来たら絶対にフェスティバルの最中だと思う。それだけ主役二人の家の力が凄いのだろう、という結論でここは終わらせておこうかな、うん。
「素敵ですね。お二人とも、とてもお幸せそうです。ええ!マスターもそう思うでしょう?」
私の心の中など露知らず感動に目を輝かせている彼に対し再び腹が立ってきたので私はじとりと彼を見やるだけ。正直言えばこのフェスティバル騒ぎの結婚式だと最初から知っていたら士官学校の制服なんかではなく休日何処かへ出かけるのと同じくらい粧し込みたかった。端くれの士官候補生とはいえそう思ってしまう私は軍人失格だ。ましてや粧し込みたいだなんて、一体、何のために。
「マスター、近くに気配を感じます。おそらく、アウトレイジャーではないかと」
私の余計な自問自答は彼の耳打ちによって打ち切られた。ちょうどいい、好都合だ。早くこの場から離れたい。
「分かった。片付けに行こう」
私の号令に戦場に向かうには大層似合わない柔らかな微笑みを浮かべた彼は、お任せくださいといつものように口にしてみせたのだった。
結論から言えば、依頼人の懸念は確かだった。嫌な気配を辿って街外れの森林に向かえばアウトレイジャー達が少し湧いて出て来てくれた。大した数でもないし、親世界帝派やトルレ・シャフ構成員がいるわけでもないので援軍を呼ぶ必要もなかったが、帰還したらこの街の警備の強化を軍に要請しようと思う。あっさりと勝利を納めたわけだが、残念ながら少しの戦闘でも土煙りや狙撃やらで身なりは汚れるものだ。この格好で再びあの華やかなフェスティバルもどきに戻るなんて正直嫌だった。だけど、これが私達の任務なら仕方ない。嫌でも街の警護を続けなければならない、結婚式が終わるまでは。それに、街にアウトレイジャーが出現してせっかくの幸せが壊されるのは見たくはない。
「あの、マスター、少しお時間よろしいでしょうか?」
「よろしくないと思うよ」
彼の言葉に間髪入れず苛立ちを隠しもせず答える私はなんて嫌な人間なのだろう。しかし、それでも優等生の彼は私を咎めることもなくいつもの爽やかな笑みを携えるのだ。
「よろしくないのは重々承知しておりますが、少しだけ、僕にお時間を」
ほら、彼は優しい優等生だ。それを分かっている私は本当に嫌な人間だ。
作り笑いを浮かべる私の代わりに彼は依頼人にアウトレイジャーを無事討伐したことと、引き続き警護に当たることを報告した。報告を聞いた依頼人達はホッとした表情を浮かべ、それならばと私と彼それぞれを結婚式場の来賓控室にぶち込み、あれよあれまにスタイリストを呼びつけ服を着替えさせられてしまった。泥だらけの身なりでは参列者や街のみんなに水を差してしまうという理由で。
そして私は今、文字通り粧し込んで祝福ムードの街中をヒールで歩いている。一応、警護という名目で。
「エンフィールド、あなた最初からこうなることを分かっていたでしょう?」
「まさか!僕自身とても驚いています。ええ!」
明らかに嘘。私の一歩後ろをミントグリーンのスーツに、若草色の髪をヘアーワックスでセットした彼は白々しいほど爽やかに言ってのける。格好がフェスティバル仕様のせいでいつにも増してかっこいいし輝いているではないか。だから、腹立たしい。今すぐ我が愛銃を使ってあの遥か先に見えるバルーンを的に一発ずつ確実に狙撃してやりたい。
「マスター、顔に出ていますよ」
「あなたからは私の後ろ姿しか見えないと思うけど」
「確かに見えませんが、僕にはあなたの考えていることがよく分かります。ですが今日は、せっかくなのであなたの隣を失礼させていただきますね」
そう言うか早いか彼は早足で私の前に周り、勝手に私の手を握る。そして誰もが見惚れる微笑みを浮かべてからさらりと口にした。
「ここには僕達の仲を邪魔する輩は誰もおりません。これでやっと、二人きりになれましたね」
思わず彼から視線を外す。耳まで赤くなった顔は見られたくない。つまり、彼はこう言いたいのだ。あなたが僕に溺れすぎているせいで周りの人間達に嫉妬していることなどとっくに分かっております、ええ!とね。だから私は、私の天邪鬼の恋心すらお見通しの彼がどうにも腹立たしいのだ。
「僕のために着飾ったあなたは本当に美しい。僕を惑わせるほどに」
別にあなたのためじゃない、そう言い返したいのに彼が紳士の仮面を捨てて意地悪に囁くせいで無理。もう、本当に腹立たしいや。士官学校でも今こうしていても彼の微笑みにはいつだって私に深い愛を伝えているのだから。
2022.09.18 公開
まつり|夢道楽オンライン様
Title by エソラゴト。
Insomnia様とInsomnia様の相互サイト様と一緒にペーパーアンソロジー企画に参加させていただきました。