Bookso beautiful yet terrific.

 移動教室の際、お互いの肩がぶつかった。向こうはよろけて、私は持っていた筆記用具を床の上に落としていく。

「ごめんなさい!!!」

「ああ、いや。ボクが余所見していたから。すまない。怪我はないかい?」

リドル先輩はすっとその場に膝をついては私が落とした筆記用具を拾うのを手伝い、私に手渡してくれた。

「すみません!ありがとうございます。私は大丈夫です。リドル先輩は、大丈夫ですか?」

「ボクは何ともないよ」

頬を緩ませてみせるリドル先輩の姿に、いつもの近寄り難い厳しい感じがなくなった。そのせいか、リドル先輩がずいぶんと幼く見えた。


 廊下で肩がぶつかってから数日後のことだった。私が図書室で調べ物をしていると、今度はリドル先輩から声をかけてきた。

「熱心に何を読んでいるのか気になって。興味深い文献でも見つけたのかい?」

「あ。リドル先輩。実は、明日の魔法薬学の授業で必要な薬草が分からなくて。ああ、でも。ちょうど見つけました」

読んでいた図鑑のページを見せると、リドル先輩は薬草の写真を見ただけでああとなる。それからいとも簡単に明日の実験内容を当ててみせた。

「対象の身体を大きく、または、小さくする飲み薬を作るんだね」

「よくお分かりで」

「ボクを誰だと思っているんだい?薬草を見ただけでだいたい察しがつくよ」

自信に満ちた表情で言ってのけるリドル先輩の姿に流石だなあと思った。

「授業の予習をすることは向上心があってよろしい。頑張るその姿勢、ボクは嫌いじゃないよ」

そう言って、ふっと表情を緩める仕種は、リドル先輩のことをやっぱり幼くみせた。


 別の日のことだった。お昼休みに食堂へ向かっていると、一人歩くリドル先輩の姿を見つけた。

「リドル先輩、こんにちは」

「ん?ああ、キミか」

私の呼びかけにくるりと振り向いたリドル先輩が立ち止まり、私が追いつくのを待ってくれた。私が早足でリドル先輩の元へ行って隣に並んだ瞬間、リドル先輩がやんわりと表情を崩して口を開いた。

「この間の魔法薬学の授業、うまくいったようだね。エースとデュースから聞いているよ」

「リドル先輩の耳に既に入っているとは。嬉しいような、恥ずかしいような」

「キミが努力した結果だよ。ちゃんと誇るべきだ」

リドル先輩の緩んだ表情は、相変わらず幼く見えた。

「ありがとうございます」

リドル先輩からの褒め言葉にきちんと一礼して返すと、リドル先輩が満足気に頷く。それからああと思い出したように再度口を開いた。

「ところで。キミもこれから昼食かい?」

「はい。食堂に行こうと思いまして」

「そうか。それなら、ボクと一緒に食事しよう。キミが調合した実験薬の話、聞かせてくれるかな?」

リドル先輩からの思わぬ誘いに冗談かと思ったけど、リドル先輩に限ってそれはないだろう。私は、後輩を気にかけてくれる優しい先輩の誘いに笑顔で応じるのだった。


 あれから。リドル先輩は、私の姿を見つけては時々声をかけてくれるようになった。私も、リドル先輩が一人でいるのを見つけたら声をかけている。

「次は体力育成の授業のようだね。頑張って」

「ありがとうございます。リドル先輩は飛行術ですか?応援しています」

「ありがとう。キミに見られても恥ずかしくないよう、飛んでみせるよ」

 リドル先輩とは会うたびに話をするけど、世間話程度のものだった。正直に言うと、真面目なリドル先輩と話すと娯楽の話題なんぞない。それでも、今後の為になる話をしてくれるリドル先輩のことを私はとても尊敬していた。
 というより、リドル先輩と一緒に話をするのが、凄く楽しかった。


 次第に、リドル先輩と過ごす時間が増えていった。最初は偶然会ったら話す程度の間柄だったのに、いつのまにか待ち合わせるようになった。昼食を取りに食堂へ行くのも、図書室へ勉強しに行くのも、朝一緒に登校すれば、部活がない日の放課後は共に下校してくれる。気がつけば、私の生活の中でリドル先輩がいない日はなかった。
 それは、恋だったのかもしれない。
 しかし、恋という言葉で簡単に片付けられるほど、私とリドル先輩の立場は楽観的なものではなかった。


 ある日のことだった。今日は、リドル先輩からハーツラビュル寮の庭の一角に招かれて、二人で小さなお茶会を催していた。

「今日は、キミに話がある」

ある程度世間話をしてからそう切り出したリドル先輩が、きちんと背筋を正して私を見た。私もリドル先輩の雰囲気を感じ取ってリドル先輩を真っ直ぐに見返す。それから、リドル先輩の口から出た話はやっぱりいつかは出るだろうものだった。

「ボクと、お付き合いしてくれないか?ボクは、キミの傍にいる正当な理由が欲しい」

リドル先輩からの言葉は、正直いつか言われると思っていた。お互いに距離が近かったし、リドル先輩も私と過ごす時間は満更でもなさそうだった。それに、私だって何とも思っていない相手とは過ごさない。つまり、私もリドル先輩のことが好きだ。
 だけど。そう思いながら私の視線は下を向いた。

「ごめんなさい。私は、このままがいいです」

そう言ってから、私はきゅっと口を引き結んだ。
 これがきっかけで、リドル先輩との関係が終わるとしても、それでよかった。私はいつか元の世界に戻る身だ。リドル先輩には悪いけど、どうせ別れが待つ関係ならば、最初からない方がいい。

「そうか。キミが望むなら、仕方ないね」

 リドル先輩の声は淡々としていた。私が視線を上げてリドル先輩を見ると、私と目が合ったリドル先輩は頬を緩ませた。

「では。もう一つ、話をしよう」

 頬を緩めたままリドル先輩が言うので私はつい瞬きをした。私の反応にリドル先輩は特に気にせずに続ける。その口調はまるで他愛ない世間話をするかのようだった。

「生き物というのは、いつか必ず死が訪れる。だからね。キミがいつか元の世界へ帰ったとしても、それは別れであって死ではない。つまり、生きているかぎり再び会える日が来るということだよ」

それは世間話として片付けるにはあまりにも重みのあるものだった。しかし、リドル先輩は何てことないように言葉を述べる。

「さて。もう一度尋ねようか。ボクとお付き合いしてほしい。いつか日が落ちる、その時まで。返事は?」

リドル先輩の言葉を言い換えれば、いつか死が来るその時まで一緒にいようというものだ。物理的に来る別れなんぞ気にせず、永遠に別つその日まで。それはとても重い話だ。簡単に返事をしていいものではない。
 リドル先輩の本気の口説き文句に私は息を呑む。リドル先輩は一時の気の迷いでそう言ってしまう人間ではないことをこの短い期間だけど見て知っている。きっと、ずいぶんと悩んで、それでも私と一緒にいることを選んだのだろう。
 私はすっと息を吸ってから吐き、リドル先輩の顔を真っ直ぐに見つめた。

「落日は、必ず来ます」

「そうだね」

「もう少し、考えてもいいですか?」

「ああ。勿論だよ」

相変わらず、リドル先輩の表情は緩んだままだった。そのせいで幾分か幼く見えるリドル先輩の雰囲気が好きだった。しかし、それに恋をしたからといっても、そう簡単にリドル先輩の腕の中に飛び込む選択なんぞ私にはできなかった。

「あの。リドル先輩」

「なんだい?」

「リドル先輩は、本当にそれでいいんですか?」

私の主語のない質問に、リドル先輩は一瞬だけ目を丸くした。だけど、すぐにゆるりとした表情に変わっていく。

「愛と呼ぶには軽すぎて、恋と呼ぶには重いだろうね。それほどまでに、ボクはキミが好きだ。だから、これでいい。落日を共に待つ覚悟は、あるよ」

そう口にして微笑むリドル先輩の雰囲気はやっぱりいつもより幼いくせに、未来を見つめる瞳はずいぶんと大人びたものだった。

2023.02.18
落日|女監督生受け版ワンドロワンライ