
Bookso beautiful yet terrific.
腹の中の臓器から音がまた勝手に鳴った。エンフィールド曰くこれは空腹状態であり、この空腹とやらを放置しておくと俺の身体は力尽き再び鉄の塊に戻るらしい。人の身を得た貴銃士というのもなかなか厄介だ。しかし、戦闘中に本来の銃に戻ったとしたら益々厄介であることも事実のため、俺は仕方なく士官学校に戻ることにした。
本日は休日。校内の中ですれ違う人間達はあまりいない。俺は見知った顔を探すが会わないのでそのままエンフィールドの部屋へ向かった。奴なら何かしら食べる物を準備しているはずだ。不本意であるがとりあえず何か口に入れ、あの炭酸水でも飲めば空腹状態は解除されるだろう。そう思いながら辿り着いたエンフィールドの部屋の扉を迷わず開いた。
「おい、エンフィールド」
「ん?スナイダー!やっと戻ってきた!」
俺の顔を見るなりエンフィールドの顔がパッと明るくなり、すぐさま食事の準備に取り掛かる。物分かりが良いので褒めてやろう。だが、その物分かりの良さを俺に改造される喜びにも通じればいいのにと思うが、それをエンフィールドに言えば奴は当然嫌がり、食事を用意しなくなる最悪の可能性があるので仕方ないが黙っててやることにした。
俺は適当に椅子に座り、銃をテーブルに置きながらエンフィールドを待つ。鼻歌交じりに準備するご機嫌な姿とは裏腹に室内に備えつけられている鏡は割れていた。何か固い物で打ちつけたことは明白だ。
「はい、スコーンと炭酸水だよ。ジャムはいらないよね」
にこやかに笑いながらテーブルに食事を並べるエンフィールドのことをじっと観察する。やはり、何かあるな。どうせマスター絡みだろうが。
「名前はどうしている?戻った時は廊下では会わなかったが」
わざとマスターと呼ばず名前で呼ぶ。すると、にこにこと笑った顔のままテーブルの向こう側に座っていたエンフィールドの表情が見る見るうちに怒気に変わる。
「また怪我をしたのかい?あまり名前に負担をかけてはいけないよ」
表情には怒気を滲ませながら声色は穏やかに話す。そして、マスターではなく息をするように極自然に名前を呼ぶのは俺に対する牽制だ。そういえばグラース銃が以前言っていた。優等生のエンフィールドくんだってしれっと強欲だ、と。
「いいかい?名前はお忙しい方なんだ。君だけに構っているわけにはいかないよ。それに、些細な怪我を治すだけでも彼女の命が削られてしまうからね」
「あいつの命が削られるのならば、俺が絶対高貴であいつのことも治療してやれば問題ない」
ぴくりとエンフィールドの頬が引きつる。表情にはさらに怒りを増した。俺の兄銃のくせにこういうところは人間臭い。銃であるはずなのに、何故こいつは人間に近付こうとするのだろうか。
「おまえがあいつの治療をするならそれで構わん。マスターもその方が都合がいいだろう」
今度は名前を呼ばずマスターと口にする。その瞬間、怒気を露わにさせていたエンフィールドの表情はたちまち柔和なものに変化させていった。
「そうだね。名前が苦しむのはかわいそうだけど、僕の大切な弟の手当はしてもらわないと。それじゃあ、食事が終わったら早速彼女の元へ行こう」
にこにこと微笑みながら俺に食事をするよう促してくるので俺もスコーンの一つに手を伸ばし口に入れる。興味すら湧かない食べるという行為をスコーンが無くなるまで仕方なく繰り返すしかない。その間、エンフィールドは決められたように形作った笑みのまま俺を見つめていた。いいかげん、薄気味悪い。
「マスターがまた他の奴等に愛想でも振り撒いていたか?」
スコーンを咀嚼してから確信を突いた。たちまちエンフィールドの顔色が変わっていく。エンフィールドは素直な性格だ。実に分かりやすい。そして、弟銃を目の前にして嘘は吐かない、決して。
「ああ、そうだとも。名前には僕がいるにもかかわらず、彼女ときたら男子学生に声をかけられて愛想を振り撒くんだよ。しかも、デートに誘われて断ることもしない」
「それで、そのデートとやらに行ったのか?マスターは」
「まさか」
と言いつつ、口を引き結ぶ。忌々しそうに眉間に皺を寄せるエンフィールドに俺は考えを巡らせる。残念ながらエンフィールドはマスターと恋仲ではない。エンフィールドは勝手にマスターを恋人と認識しているが、その想いは一方通行だ。ならば。
「そいつと買い出しにでも行ったか。デートではなく」
エンフィールドの表情が曇る。やはり、マスターは誰かと出掛けたようだ。しかも、相手は男。それならエンフィールドの機嫌が悪い理由も納得だ。
「それで。マスターはもう戻っているのか?」
「だいぶ前にね」
不服そうにエンフィールドが答えた。つまり、マスターはその男子学生とほんの僅かな時間出掛けただけだった。ただの買い出しである。
「マスターが誰かといるのがそんなに嫌なら鎖で繋いでおけばいい。俺ならそうするが」
「そうすると、名前さんが悲しむから」
ようやく、エンフィールドが名前さんと呼んだ。ほんの少しだけしおらしくなったエンフィールドと、室内に放置したままの割れた鏡を見比べる。やはり、俺には理解できない。ただ、理解する気はないが兄銃のマスターへの想いを否定しようとは思わない。
「悲しまない程度に繋いでおけ」
エンフィールドが俺をじっと見る。少し間を置き、表情を緩ませて笑う。
そう。時間をかけてゆっくりと繋いでおけばいい。必ず、自分だけを選ぶように。
俺はエンフィールドを見て鼻で笑う。エンフィールドは相変わらず笑ったまま口を開いた。
「でもね、彼女が選ぶのは僕だけだから」
不意に口された言葉に俺は訝しむ。あからさまに顔を歪めてみせるとエンフィールドはさらに続けた。
「気づいてないと思った?君も、彼女のことを恋慕っていることを」
は?と間の抜けた声をあげる。エンフィールドの言っている意味が分からない。俺はエンフィールドと違って人間のように誰かを想うなんてことはない。
「何をふざけたことを抜かしている。いよいよ頭が沸いたか?」
「その顔だよ。スナイダー」
「は?」
「興味なさそうなふりして、本当は彼女のことを縛りつけたくて仕方ないくせに」
俺が?あいつを?と思いながら頭の中にマスターの姿を浮かべる。縛りつけたいと思うのは事実。俺だけを選べと思うのも事実。だが、それは、マスターは戦闘するになくてはならない人間だからだ。
「おまえの言っていることが分からん」
ふーんとエンフィールドが言う。俺の目をじっと見つめる。暗い目をこちらに向けて。
「今はそれでもいいよ。そのうち、僕の言っている意味が分かるようになるからね」
ぱっと表情を明るくさせてからエンフィールドは俺に立つように促す。にこにこと笑いながらいつもの調子で言ってのけた。
「さて、食事も終わったし。名前のところに行こうか。次はあまり怪我しないでよね、スナイダー」
俺は数回瞬きしてから適当に返事し椅子から立ち上がる。エンフィールドと共にマスターの元へ向かいながらもエンフィールドの言葉が頭の中から消えなかった。俺は銃だ。人間ではない。感情なんぞ必要ない。そうやって必死に言い聞かせてるこれこそがエンフィールドの言う意味だと気がつかずに。
2022.08.02
Title by エソラゴト。