
Bookso beautiful yet terrific.
ナイトレイブンカレッジを卒業して10年の月日が経った。この10年間、色んなことがあった。
まずは、私が元の世界へ帰れたことだ。そして、どういう原理か分からないけれど、私だけが闇の鏡を通じてツイステッドワンダーランドと元の世界を行き来できるようになった。普段は元の世界で暮らし、友人達と飲み会する時はツイステッドワンダーランドに顔を出す生活を送っている。
次に、結婚したエースに子供ができたこと。玉のように美しい女の子の誕生に、エースはデレデレだ。
エペルとジャックも結婚した。セベクは、いまだに若様1番ではあるが、心に決めた相手がいるらしい。
そうそう。あの問題ばかり起こしてくれるグリムは、今やすっかりおとなしくなっている。真面目で品行方正に学園職員として働いている。あの頃では考えられない変わりようだ。
そして3月18日の今日、デュースが結婚する。私はデュースの結婚式に参列するため、闇の鏡を通った。
闇の鏡から抜け出してナイトレイブンカレッジの校舎の中に足を踏み入れた。着飾った格好で、慣れ親しんだ廊下をコツコツとヒールで歩くのは何回やっても違和感を感じる。その道中、学園長と会った。学園長は私の顔を見るなり仮面越しに目を細めた。
「すっかり大人になってしまいましたねえ」
少しだけ残念そうな口振りに私はつい苦笑いを浮かべた。この言葉は、私がツイステッドワンダーランドを訪ねるたびに口にしている。聞き飽きたと言っても過言ではないそれに触れないが1番だ。
ナイトレイブンカレッジを出て、招待状と一緒に同封された案内に従って式場まで向かう。麓の街から公共交通機関を利用して目的地を目指した。ふと、数人の学生のグループが楽しそうに話しているのを見かけた。女の子が腕に猫を抱き、その女の子と一緒に2人の男の子が何やら話しては3人で笑っていた。
式場に到着すると、真っ先に私のことを見つけたエースが片手をあげた。
「元気そうじゃん」
「エースもね」
「あったりまえじゃん。毎日、家に帰ったら超かわいい天使が迎えてくれるからな」
「はいはい」
相変わらずのエースの姿に私は頬を緩ませた。エースが幸せそうで何より。
そんなこんなで、エペルやジャック、セベクの姿もあった。グリムも学園関係者として参列者に真面目に挨拶してまわっていた、本当に意外だけど。
トレイ先輩とケイト先輩の姿もあった。よく見ると、参列者は結構見知った顔がいる。
だけど、リドル先輩の姿は何処にもなかった。
いよいよ、挙式が始まった。純白の花嫁さんを前にしてガチガチに緊張するデュースの姿に、私の隣にいるエースが吹き出した。
「変わらねーじゃん。あいつ」
そう言うエースの横顔が、学生時代と重なった。
式はトントン拍子に進んでいった。結婚式の目玉の一つとも言えるブーケトスの結果は、まさかの私に渡った。
「次はおまえの番だな。幸せになれよ」
ブーケを手にした私を見て、デュースが笑って言ってのけた。
「ありがとう。デュースもお幸せに」
と、言っても、残念ながら私には結婚どころか交際している人もいない。
挙式が終わって披露宴が開催した。トレイ先輩とケイト先輩の座るテーブルには一つ空白があった。
「リドル寮長。受け持ちの患者の緊急オペが入って来られなくなっちゃったんだってさ」
エースの言葉に、そうなんだと頷いた。風の噂程度に話には聞いていたけど、リドル先輩は医学の道に進んだらしい。もう何年も、会ってない。
披露宴が後半に入ってからしばらく経ち、入口の戸が静かに開いた。参列者に静かに頭を下げては足早に空いた席に座る姿を、つい目で追った。
トレイ先輩とケイト先輩に声をかけられていたリドル先輩が、ふと、こちらを見た。
気のせいだろうか。今、目が合った気がした。
結婚式の全ての日程が終わり、お開きになった。私とエースとグリムは、デュースの希望もあって最後に声をかけに行った。私達からの祝福の言葉に、デュースが照れくさそうに笑う。それを見た、私とエースとグリムも笑った。3人と1匹で笑い合った瞬間、少しだけ学生時代に戻った気がした。
公共交通機関を乗り継いで、麓の街に戻った。そこからナイトレイブンカレッジに向かって歩く。右手には引き出物の入った紙袋、右手にはブーケを持って。黙々と進んでいると、やがて、学園に辿り着いた。
そのまま校舎に向かおうとして、つい、足を止めた。くるりと踵を返して慣れ親しんだ道を歩く。すると、少し小高い場所に建つ、かつて暮らしたオンボロ寮が見えてきた。
私とグリムが卒業したあとのオンボロ寮は放置されることなく丁寧に手入れを続けていると学園長から聞いた。部活の合宿等で使いたいと希望する生徒達のためにしっかりと管理しているらしい。
私は、門の前で足を止めた。オンボロ寮を見ているだけで学生時代の思い出がまざまざと脳裏によみがえる。楽しかったなあ。その一言に尽きた。
そのまま、どのくらい立ち尽くしていたのだろう。実際にはそんなに時間は経っていないのかもしれない。だけど、ただ1人ぼんやりとしているのはやけに長く感じた。
不意に、私の後ろから誰かの靴音が聞こえた。どうせ神出鬼没の学園長だろうと思った私は、特に気にせずその音に向かって振り向いた。
「久しぶりだね」
そう言って微笑む、ここにいるはずのない人物の姿に、私は目を見開いた。
リドル先輩の服装は披露宴に参加した時のままだった。リドル先輩の手にも、引き出物が入った紙袋がある。何故リドル先輩が学園にいるのか疑問を抱くよりも先に、リドル先輩は私に言ってのけた。
「少し、散歩に出かけよう」
それから私達は学園の敷地内を歩き始めた。ハーツラビュル寮でエースとデュースがリドル先輩に勝負を挑んだ話や、グリムが問題を起こした場所、試験の結果を貼り出す掲示板など。思い出話をしながら進んだ。
リドル先輩はヒールの私を気遣うようにいつもよりゆっくりと歩いてくれた。学生時代、忙しいリドル先輩が常に早足で歩いているのをよく見かけた。
「ああ。確か、今日は創立記念日だったね」
学園内にある掲示物の一つを見たリドル先輩が思い出したようにそう言って足を止めた。私もリドル先輩にならって足を止めて掲示物を見る。学園を卒業して10年も経ったから、私はそのことをすっかり忘れていた。
「懐かしいですね」
「もしかして。デュースはそれを知っていて式の日取りを今日にしたのかい?」
「どうでしょう。私は特に聞いてませんが」
「そうか。だけど、どちらにせよ、素敵な結婚式だったことに変わりはないね」
「はい」
リドル先輩に返しながら、幸せそうなデュースの姿を思い出して、つい頬が緩んだ。すると、リドル先輩がこちらを見た。そのおかげで私もリドル先輩と目が合った。
不意に、頭の中に学生時代の記憶がよみがえった。あれはリドル先輩が寮長の1人として創立記念日の式典で挨拶をした時だった。一瞬、リドル先輩と目が合った気がして、心臓がどきりと跳ねた。あれは気のせいだと思う。でも、いつも目で追っていた憧れのリドル先輩の視線が、勘違いだとしても私を見てくれたことに嬉しく思った。
だから今、私は固まった。憧れの人が、こんなに近くにいて、私の目を見て話してくれている。
「夢みたいです」
ぽつりと、思ったことが溢れた。リドル先輩は私の言葉を拾って、僅かに瞬きをする。それにハッとした私は、いつも通りに笑ってみせた。
「常に学年で1番の、あのリドル先輩とこうしてお話ができるんです。夢みたいじゃないですか」
ぴたりと、リドル先輩が固まった。リドル先輩は逡巡するように瞼を伏せる。一拍起き、再びゆっくりと瞼を開けて私を見た。
「夢を見ているのは、ボクの方かもしれないね」
そう言ったリドル先輩が眉を下げた。私はリドル先輩の言葉の意味が分からず、数回瞬きを繰り返した。
「あの頃からずっと、ボクはキミと、ちゃんと話をしたかった」
話?と聞こうとする前に、リドル先輩の空いている方の手が伸ばされて、私のブーケを持ったままの左手に触れた。突然のことに、私の指先がぴくりと反応するが、リドル先輩は構うことなく、私の持つブーケごと上から手を重ねてみせた。
「今日は、キミに会えてよかった。もう少しだけ、キミの時間をボクにくれないか?」
憧れの人からの誘いに、私は純粋に嬉しくて頷いたのだった。リドル先輩と何を話そうかと思いワクワクしながら。
そして、リドル先輩への憧れが恋に変わるのはもう少しだけ先の話。
2023.03.18
祝福 記念日 結婚|女監督生受け版ワンドロワンライ