Bookso beautiful yet terrific.

 ある時、また私の部屋にエンフィールドがやって来たので、色々と前科を持つエンフィールドの存在に私は思わず身構える。しかし、エンフィールドは私の顔を見るなり、私の想像の斜め上をいく言葉を言ってのけた。

「僕。あなたとキスがしたいです」

息をするように吐き出された言葉に、私の脳が処理を終えるまでずいぶんと時間がかかった。そして、ようやく口に出した返事がこれだった。

「何の冗談かな?」

この返事に、エンフィールドは納得いかなかったらしく、私との距離をずいと縮めて文句を口にした。

「僕とあなたは想い合っている間柄になり、時も経ちました。なので、そろそろ頃合いかと。それを冗談で片付けるのはどうかと思いますが?」

私の頬がひくつく。だいたい、私とエンフィールドは想い合ってもないしそういう間柄でもない。

「もう少しだけ、考えさせてくれるとありがたいような、」

私の口からは歯切れの悪い言葉しか出てこなかった。とりあえず、必死で頭の中を巡らせる。如何にしてエンフィールドの考えを訂正させるべきか。しかし、私に悩んでいる暇なんぞなかった。

「駄目です。もう、これ以上は待てません」

伸ばされたエンフィールドの両手が私の両肩を掴んだ。勢いそのままにずいと顔を近づけられた私は固まった。

「さあ。目を閉じて」

と、エンフィールドが言ってのけるが、こんな色気も雰囲気もないキスなんてできるわけがない。私は眉を寄せた。

「キスは、好きな人としたいかな」

「そうですよね!仰る通りです。ささ、思う存分僕とキスしましょう!」

「どうして好きな人がエンフィールドになっちゃうの?」

「そうやって悪態をつくのがあなたの悪い癖ですよ。照れくさくても、素直になることも必要かと」

にっこりとエンフィールドが微笑んだ。ここまで来ると、私の好きな人ってエンフィールドだったのかあ。という錯覚に陥っていく。
 しかし、今回ばかりはそれで流されていい話ではない。これ以上はまずい。色々と。

「あのね。その。私、初めてだから恥ずかしくって」

嘘は言ってない。たぶん。苦笑いを浮かべて、とにかく止める方向へ持って行くしかない。どうせ私とエンフィールドが想い合う云々の話を否定や訂正したところで、エンフィールドの頭の中では素晴らしくポジティブに変換されるので無意味だ。

「恥ずかしい、ですか?」

私の言葉を聞いたエンフィールドが、珍しく目を丸くさせた。キョトンとした表情に不覚にもかわいいと思う。

「そうなの!とっても恥ずかしくってさ。だから、もう少し待ってほしい」

もう一度言うが、嘘は言ってない。エンフィールドの端正な顔立ちが間近にあって緊張するのも事実。というか、今までずっとエンフィールドの突拍子のない行動に慣れすぎて顔を赤く染めることもなくなっちゃったけど。

「あなたがそう仰るのなら、」

うーんとエンフィールドが首を傾げた。だけどエンフィールドは何かに気づいたらしくハッしてから、今度は表情をぱあっと明るくさせた。

「恥ずかしくならないように、たくさんキスしましょう」

目の前にいるエンフィールドに対して、え?なんで?どうしてそうなるの?と疑問がたくさん浮かんだ。

「何故だろう。なんかどうでもよくなってきた」

こうして、私は考えるのをやめた。

「分かった。一回で終わらせよう。そのあとめっちゃティッシュで拭くから」

「僕に失礼では?」

「よし!サクッとお願いします」

ぎゅうと目を閉じる。もうどうにでもなれ!である。
 しかし、いつまで経っても私の唇に何の感触も起きなかった。私は、そっと瞼を開ける。それと同時にエンフィールドも私の肩から手を外し距離を取った。

「やっぱりやめましょう」

「本当?ありがとう」

「では。僕はこれで失礼しますね」

エンフィールドがすっと私に背を向けて扉に行くので、私は心底ホッとしながら肩の力を抜いた。
 その瞬間、エンフィールドが振り向いて大股で私の元に来る。そして、伸ばした手がまっすぐに私の頬を撫で、そのままエンフィールドの綺麗な顔が私の顔に近づいた。驚きに目を見開く私と対照的に瞼を閉じるエンフィールド。私の耳には、リップ音が響いた。
 数秒後、エンフィールドが流れる仕種で私から離れる。それから私と目を合わせてから、それはそれは幸せそうにはにかんだのだった。

「これでもう。あなたは僕のことしか考えられませんよね」

エンフィールドの言葉に、私は何をされたのか気づいて自分の手でたった今奪われた唇を覆う。不意打ちを食らい、そしてこんなに幸せそうなエンフィールドの姿に、私の顔にぼっと熱を集めていった。

「ずるいよ」

私のか細い声を聞いて、エンフィールドは笑った。

「これからは、僕のことだけ考えて頭の中をいっぱいにしてください」

 私がエンフィールドに適う日は来ないのだろう。何故なら、エンフィールドはあの手この手で私を振り回しては、私の心に確実にエンフィールドの存在を刻みつけるのだから。

2023.03.30