Bookso beautiful yet terrific.

 休み時間に実験着に着替えて、次は錬金術だねとエースとデュースとグリムと話しながら実験室へ向かって歩いていると、運動場の方からいくつかの賑やかな声が聞こえてきた。私が足を止めてそちらを見ると、そこにはクラスメイトに混じり談笑するリドル先輩とジェイド先輩の姿があった。先輩達の手にはみんなそれぞれ箒を持っているので、きっとこれから飛行術の授業なのだろう。
 先に、私の存在に気がついたのはリドル先輩の方だった。リドル先輩は私に顔を向けてから緩く微笑んだ。それから自身がこれから授業で使うだろう箒を高々に掲げてみせた。

「ボクに不可能はないよ」

と言いたげの自信満々のリドル先輩の姿に、それがリドル先輩らしくて私の顔に自然と笑みが溢れていく。
 そんな私達のやり取りに気がついたらしいジェイド先輩が、リドル先輩と私の顔を交互に見た。それからジェイド先輩もリドル先輩にならうように自身の持つ箒を高い位置で掲げた。

「僕だってかっこよく飛んでやりますよ」

ゆっくりと口を動かして離れた場所にいる私にも伝わるように宣言するジェイド先輩が、なんだか凄く子供っぽくて見えて私はいよいよ声を出して笑ってしまった。
 すると、リドル先輩をその場に残してジェイド先輩が私の元へやって来る。私の前に立ってみせたジェイド先輩は、にこりといつものように微笑んだ。

「僕、今日はいつもよりも高く飛べるような気がします」

「ジェイド先輩が飛ぶところ、見られないのが残念です。でも、応援してますね」

「その格好だと、次は錬金術のようですね。あなたも授業頑張ってください。僕も、飛行術を受けながら応援しています」

思わず、お互いに小さく声に出して笑った。お互いの授業をそれぞれ応援するなんて変な話だ。ところが、笑っていたはずのジェイド先輩は何かを思い出したらしくハッとなる。それからぱったりと笑みを浮かべるのをやめてずいと身を乗り出してきた。

「僕の飛行がうまく行くよう、願掛けしても?」

「願掛け、ですか?」

ジェイド先輩の言葉の意味が理解できず私は思わず首を傾げた。だけど、そんな私にお構いなくジェイド先輩は失礼と一言断ってからさらに私との距離を縮めた。
 え、と思う間もなくジェイド先輩の唇が私の頬に押し当てられた。瞬きする私を、ジェイド先輩がじっと見つめてから再び距離を取った。

「これで頑張れそうです。行ってきますね」

 ふふふと目を細めるジェイド先輩の姿に、私は頬に熱を集めてしまう。まるで、恋人同士のようなやり取りに私の心臓が持ちそうにない。

「行ってらっしゃい」

か細い声でそう返した私に、ジェイド先輩も僅かに頬を染めて頷き、今度こそクラスメイトの輪の中へ戻っていった。どういうわけか、ジェイド先輩を真っ先に出迎えたリドル先輩がウギギギ状態だったけど。
 ジェイド先輩の願掛けとやらに惚けていると、呆れたような声音でエース達に呼ばれた。

「なーに見せつけてくれてんの?」

ニヤニヤと茶化すエースとデュースとグリムの姿に否定のしようがない。というか、好きな人から冗談かもしれないけど頬にキスを贈られて浮かれないほうが無理な話である。

「もう!いいから実験室に行こう。遅れたらクルーウェル先生に怒られちゃうよ」

私は赤くなった顔を隠しもせずに、笑いながらエース達の背中を軽く叩いて先へ進むよう促したのだった。


 錬金術の授業が終わり、エースは日直で残り、デュースとグリムは欲しい物があるからとMr.Sのミステリーショップへ向かって走って行ってしまった。
 残された私は、筆記用具や実験着を片付けるために一度教室へ向かう。その道中、実験着のポケットの中でスマホが振動した。私はその場に足を止めて、ポケットの中からスマホを取り出して画面を確認する。
 錬金術はうまく行きましたか?僕は願掛けのおかげでいつもよりずっと高く飛べましたよ。
 というメッセージがジェイド先輩から受信していた。思わず、私の頬がだらしないほど緩んでいく。心臓がきゅーっと甘く締めつけられたような気がした。

「もう。ずるいなあ」

ぽつりと溢しながらスマホを胸に当ててきゅっと握りしめる。こういう人を気遣ってくれる優しいジェイド先輩の姿に私はついつい溺れていくのだ。
 ふと、私の背後に誰かが立つ気配がして振り向くと、そこにはたった今、私を虜にしてやまないジェイド先輩と同じ顔があった。

「あ。フロイド先輩」

瞬時に顔の熱が冷え、私は笑みを作る。それから当たり障りなく挨拶をした。

「こんにちは」

「小エビちゃんさあ」

私の挨拶なんぞ耳に入ってないらしく、フロイド先輩が無表情のまま私を呼んだ。

「さっき運動場にいなかった?」

「はい。実験室に向かうのに通りましたので」

私が返したあと、ぴたりとフロイド先輩の言葉がやむ。私は努めて笑顔を顔に貼りつけながらフロイド先輩の言葉の続きを待った。この人の機嫌を損ねるとめんどくさいし。
 フロイド先輩がようやく口を開いたのは時間が経ってからだった。急に、フロイド先輩が大きな溜息を吐き出し、そして私に目を合わせる。その怒気を孕んだ瞳が私を見た瞬間、私の背中に嫌な汗が伝った。

「ふざけんなよ」

地を這うような声音に私の肩が跳ねた。そんな私をお構いなしにフロイド先輩は無理やり私の腕を掴み、そのまま大股で歩き出した。
 少しだけその場から離れた空き教室に私は無理やり押し込められる。その衝撃で私の手から持ったままのスマホが床の上に滑り落ちていった。

「あ!スマホ」

壊れてないだろうかと慌ててスマホを拾おうとするが、フロイド先輩に腕を掴まれたせいで動けなかった。

「あの!」

「俺。さっき見ちゃったんだよねえ。小エビちゃんとジェイドがキスするところ」

 一瞬、フロイド先輩に言われた意味が分からなかった。だけど、すぐに脳裏に先程の願掛けと称したキスを思い出し、私の顔に再び熱を集める。そんな私の顔を見たフロイド先輩が盛大に舌打ちしてみせた。

「何なの?小エビちゃんとジェイドは付き合ってるの?俺、聞いてねーし」

「付き合ってるわけでは」

「はあ?それでキスすんの?おかしくね?」

フロイド先輩の言うことは正論だ。そうだ。普通に考えて付き合ってない男女が頬とはいえキスするのはおかしいだろう。
 つい、私は俯く。私はジェイド先輩のことが好き。でも、ジェイド先輩は私のことをどう思っているのだろうか。自意識過剰と笑われるかもしれないけど、ジェイド先輩が私に特別な感情を向けてくれている気がしてた。

「ねえ。小エビちゃん」

 フロイド先輩に呼ばれて顔を上げると、フロイド先輩が先程とは違ってご機嫌よさそうに笑っていた。

「俺とジェイドはね、ガキの頃からずーっと同じものを使ってきたんだあ」

唐突に振られた話に、私は瞬きを繰り返す。だけど、笑顔だったフロイド先輩は一瞬で無表情に戻った。

「小エビちゃんがジェイドのものなら、俺もいいよね?」

私は目を大きく見開き、思わず後退りする。だけど、私がそうすると最初から分かっていたかのようにフロイド先輩は即座に両手を動かして私の両頬をぎゅっと包んだ。
 その瞬間、空き教室の扉が勢いよく開いた。私が視線だけを動かすと、そこには運動着姿で箒を持ったままのジェイド先輩が息を切らせて立っていた。

「フロイド!!!」

「早いよジェイド。もーちょっと遅く来てほしかったなあ。まあ、でも。ちょうどいいか」

ぴくりとジェイド先輩の肩が揺れる。そんなジェイド先輩を余所に、フロイド先輩が私にじっと視線を合わせてニンマリと笑った。

「俺ね、ずっと小エビちゃんのことが好きだった」

私が咄嗟に伸ばした両手がフロイド先輩の胸板を押すけど間に合わなかった。一瞬で距離を詰めたフロイド先輩の唇が私の唇を塞いだ。
 私の唇を離し、自身の唇を舌でぺろりと舐めたフロイド先輩はジェイド先輩に向かって言ってのけた。

「これからは小エビちゃんのことを独り占めしないでよ、ジェイド。2人で仲良く分けっこしよーね」

 からんと、箒が床に落ちる音がした。

2023.03.31
激重感情の双子サンド|仲良しの相互さんからのお題です