Bookso beautiful yet terrific.

[現パロ]

 イギリスのとある町に、俺達家族は暮らしていた。我が家は古くから代々続く由緒ある家柄のおかげで暮らしぶりは他人より恵まれているのだろう。だから、この家に産まれた俺達3人兄弟は好きな道を自由に選ぶ権利を持ち合わせていた。
 そんなある日のこと。14歳離れた兄はそれはそれは怒っていた。原因は、俺より一つ上の7歳になる姉だった。

「僕!!!聞いてないよ!!」

リビングにあるテーブルを強い力で叩きながらエンフィールドが怒るが、当の彼女は何処吹く風。彼女は今しがた騒音を鳴らしたテーブルの前に設置されているソファに腰掛けながら優雅に紅茶を愉んでいた。

「ちゃんと聞いてるの!?聞いてないよね!?」

「うるさいなあ」

「そ、そんなあ!あなたが僕に、そのような口をきくだなんて」

エンフィールドがその場に崩れ落ちた。それをちらりと彼女が見たかと思えば、ふいと視線を背けた。1年と少し前まで、エンフィールドお兄ちゃんと甘えた声でエンフィールドを呼んでいた愛らしい少女らしさなんぞ微塵も感じられなかった。


 歳の離れた兄であるエンフィールドはイギリスでも数少ない伝統あるパブリックスクールを卒業していた。なんでも、両親と共に出席した社交界で出会った子息、ブラウン・ベスの人柄と高貴さに憧れたエンフィールドは、そのブラウン・ベスが先に在学するパブリックスクールに入学したのである。だが、そこで再会したブラウン・ベスはまるで別人のようだったと、エンフィールドがのちに語っていた。

「HEY!エンフィールド!元気だったか?俺?見ての通りちょー元気!これからもよろしくな!HAHAHA!」

と、こんな人間になっていたそうだ。エンフィールドも始めは大層落ち込んだそうだが、その後、2人は意気投合しやがて同じ進路を進むほど関係は良好のものになった。現に。エンフィールドはよくハイテンションのブラウン・ベスを我が家に招き、ホームパーティーを催している。
 さて。話は戻るが。13歳になるエンフィールドがパブリックスクールに入学した年に産まれたのが俺の姉だ。エンフィールド曰く、玉のように美しい妹に遺伝子レベルで心惹かれてしまいついつい妹以上の姫扱いをするそうだ。つまり、やばいやつだ。そして、姉の誕生から1年後に俺が産まれたので姉とはほとんど双子のように共に育ってきた。赤子の頃から姉だけではなく俺に対してもエンフィールドはだらしなく緩んだ表情でしつこく頬擦りしてくるので、俺は早々に兄に反抗するようになった。
 エンフィールドは、自身の弟と妹である俺と彼女に常々言っていた。

「本当は僕と同じように、僕の尊敬するブラウン・ベス先輩が通ったパブリックスクールに入学するべきなのだろうけど。正直僕は、かわいい弟と愛らしい妹が長きに渡り寮生活するのが耐えられないんだ。だから、2人は必ず地元の公立校に進学するんだよ。いいかい?絶対だよ!!!寮生活になったらほとんど僕と会えなくなるんだからね。しかも12歳もしくは13歳から卒業するまで会えなくなるんだから。絶対にやめてね。お兄ちゃんとの約束だよ」

その狂気染みた弟と妹に対する溺愛っぷりに気持ち悪かった。だが、当時、物心がついたばかりの頃の姉は大変素直で愛らしい少女だった。

「うん。私、エンフィールドお兄ちゃんとの約束、ちゃんと守るよ」

「それじゃあ!あなたが大人になったら僕と結婚しよう!」

「エンフィールドお兄ちゃんのお嫁さんになれるの?すっごく嬉しいなあ」

と、色白の頬を薔薇色に染めて彼女が天使のような笑顔を浮かべた。そのせいで、エンフィールドがまた新たな扉を開いて気持ち悪かった。
 その気持ちの悪さは、近所に住む俺と同じ歳の幼馴染であるライク・ツーに、うっわ!!!とドン引きされるほどだった。

「おまえん家のお兄ちゃん、もう性犯罪者レベルだろ。やべえ兄貴持ってご愁傷様」

「まったくな」

「で?おまえもまだあいつに頬擦りされてるの?」

「俺が逃げ回るおかげで、その矛先が常にお姉ちゃんに向いてるがな」

「うっわ」

これが幼児の会話なのかとたまたま居合わせた大人に二度見されるが、俺とライク・ツーはおかしなことなんぞ言っていない。
 そんなこんなで、俺以上にエンフィールドから気持ち悪いくらい溺愛された彼女は、すくすくと育った。彼女が5歳の時にプライマリースクールに入学した初登校の日なんかは、両親を差し置いてエンフィールドが彼女を学校まで送り届けたほどだ。いや、正しくは、教室の中まで入り込み、不審者として追い出されていた。まったくもって気持ち悪い。
 ちなみに、そのエンフィールドを尊敬するやばいのを紹介してやろう。それは俺やライク・ツーの家の側に住む幼子、マークスである。マークスは俺とライク・ツーより2つ下だった。どういうわけか、首のすわらない赤子の時に俺の姉と出会って以来、エンフィールド並みにべったりだった。家族でもない彼女が少しでも離れるとギャン泣きだった。マークスの家に遊びに行った彼女が、自宅へ帰ろうとすれば玄関先で地団駄ふむ始末である。これに対しライク・ツーの見解は、うっわ!!!エンフィールド2号じゃん!!!だった。当然だ。

「エンフィールドはすごい。かのじょがいついかなるときもそばにいておせわする。うらやましい。はやくおれもかのじょのあいぼうになる!!!」

というのがマークスの口癖だった。
 このまま、俺の姉はやばい奴等に囲まれて生きていくのだろうと思っていた矢先のことだった。事件は、彼女がプライマリースクールに通い始めて一年が経った時に起きた。

「もうやめてよ。エンフィールド」

「僕は、あなたのことを思って。こら!エンフィールドお兄ちゃんって、ちゃんと呼びなさいと言ってるでしょう?」

「無理!本当に無理!新学期早々、エンフィールドの顔なんか見たくない!!!」

「な!?兄に対して何という態度を取るんだ!」

新学期早々、エンフィールドと激しく口論した彼女は1人家を飛び出して学校へ向かった。

「まったく彼女は。反抗期かなあ」

「は?」

「僕が学校に送るのを拒否するんだよ。酷いよね。傷つくなあ」

俺は絶句した。このいかれた兄は、初登校でもない妹の学校について行く気だったらしい。ちなみに、その日は、俺とライク・ツーのプライマリースクールに入学してから初登校の日でもあった。

「あ!そうだ。ねえスナイダー。僕が送ってあげるよ!近所のライク・ツーさんも一緒に行くんでしょう?それならば、2人だけで心細いだろうからお兄ちゃんが教室まで一緒に行くよ」

と、エンフィールドが言ったらしいが俺は聞き終わる前に全速力で走って家を出た。そして待ち合わせていたライク・ツーに事情を話して逃げるように共に学校へ向かった。俺は彼女のようにやばい兄を連れて学校に行きたくないので。
 この一件以来、彼女はエンフィールドに素っ気なくなった。いや、よくよく考えれば彼女がプライマリースクールに入学して日を追うごとにエンフィールドに対して余所余所しくなった気はしていた。色々と察して俺もそのことに触れなかったが。そして、その理由を彼女と同じプライマリースクールに入学した俺とライク・ツーは知った。どうやら学校中に、べったりと付き纏うやばい兄がいる妹という話が広まってしまい、ようやく自分の兄がおかしいやつだと気づいた彼女はエンフィールドを毛嫌いするようになったとか。

「なんか噂で聞いたんだけどさあ。おまえん家のお兄ちゃん。あいつが入学してからも、用もないのに学校に来たり、週のほとんどを送り迎えに現れたり、所構わずハグしたり。しかも、あいつが男と話そうものなら、クラスメイトだろうが教師だろうが関係なく、僕の妹に何かご用でしょうか?僕の愛する妹を欲の混じった目で見つめないでくださいね!ええ!って笑顔浮かべて牽制してたらしいぜ」

「それは流石にあのお姉ちゃんも嫌がるだろうな」

 そして、また一年後。彼女がプライマリースクールの前期課程を修了した7歳の年に、彼女はいよいよエンフィールドにこう言い放ったのだった。

「私。今年からボーディングスクールに通うので」

ボーディングスクールとは、エンフィールドが心の底から行ってほしくない全寮制の学校である。一部の上流階級の人間だけが入学する権利をもらえるパブリックスクールと違い、ボーディングスクールなら入学する権利を手にする門が広い。例のボーディングスクールの案内を見たエンフィールドは発狂したのだった。

「そんな!!!この学校、僕が通ったパブリックスクールと違って7歳から寮生活が始まるじゃないか!!!」

「学校によって違うから当たり前じゃん。それが何か?」

「僕から離れると言いたいの!?許せるわけないだろう!!!」

「エンフィールドに許してもらえなくてもパパとママがいいって言ったもん」

「な、何だって!?」

力の限り声を張り上げるエンフィールドに対し、彼女はつーんとしていた。そして、冒頭の会話に戻るのだった。


 兄離れ(?)する妹にエンフィールドは瞳孔を開かせた。こっわ。この場にライク・ツーがいたら無言で冷たい視線をエンフィールドに向けるだろう。おそらく、マークスも彼女のボーディングスクール入学を知ったら発狂するに違いない。

「ああ。僕のかわいい妹が。大人になったらエンフィールドお兄ちゃんと結婚してかわいい子供5人は産みたいなあ、と言っていたのに。どうして、」

酷く落胆するエンフィールドに対し、彼女も俺も同じことを口にした。

「誰もそんなこと言ってないんだけど」

「そんな気持ち悪い話こいつは言ってない」

今。俺と彼女は自分達の兄に向かって汚物を見るような目をしていた。6歳の弟と7歳の妹に心底引かれる20歳のエンフィールドお兄ちゃんのことを、両親はどう思うのだろうか。両親にはエンフィールドの育て方を間違えたことを心の底からぜひ反省してほしいものだ。
 ぶつぶつと、エンフィールドが呟き出した。笑っているのに目が据わる表情に、俺と彼女も瞬時に嫌な予感がした。

「スナイダー」

「ああ。分かってる」

俺と彼女は顔を見合わせてから頷き、せーので家を飛び出した。こうなったエンフィールドは昔から厄介で、どんな手を使ってでも俺達を引き止めるようとする。何処から持ち出したのかじゃらじゃらと大量の鎖を引きずって追いかけてくるほどに。

「逃がさないよ、絶対に。ほら、いい子だからお兄ちゃんの元へ戻っておいで。僕が優しく繋いでおいてあげるから」

家の中から狂った笑い声が聞こえてくるが無視。とりあえず、まずは避難しなければならない。常識人で毒舌のピンクの髪の幼馴染の家に行くか、陽気なブラウン・ベスの家に行くか。それともフランスに住む悪友、グラースの家に逃げるか。あ、グラースん家ならまともな兄がいるから事情を話せば匿ってくれるかもしれない。
 頭の中で考え込みながら走っていると、隣を走る彼女に呼ばれて視線だけを向ける。彼女は俺と目が合うと、眉を下げて笑った。

「巻き込んじゃってごめんね」

「いつものことだ」

「ねえ、スナイダー。来年、私と一緒にボーディングスクールに通ってくれる?」

その言葉は意外なものだった。彼女がエンフィールドから離れたくて寮生活を選んだのは明白だ。だから、あのやばい兄の弟である俺からも離れたいのではと勝手に思っていた。

「エンフィールドは駄目で俺はいいのか?」

「エンフィールドと違ってスナイダーはベタベタしないから。それに、スナイダーとは双子みたいに育ったし。一緒にいるのが当たり前で離れたくないんだよねえ」

照れたように、彼女が笑った。色白の頬を薔薇色に染めて、かつて、エンフィールドお兄ちゃんと呼んだその表情が俺に向けられている。
 一気に、俺の顔に熱が集まった。彼女の笑う姿から目が離せなくなりそうだった。まずい。そう瞬時に悟った俺は視線を外して前を向く。

「ボーディングスクールなら、パブリックスクールより入学希望者の門が広いから可能性が増すだろう」

「それじゃあ!一緒に行ってくれるの?」

「おまえが望むならそうしよう。なあ?お姉ちゃん?」

「どうもありがとう!」

俺の返事に彼女が心底嬉しそうにしながら俺に向かって手を差し出した。俺は迷うことなくその手を取る。そして、あのやばい兄から逃げるべく何処かへ向かって幼い足で走り続けたのだった。
 俺は、エンフィールドとは違う。そう思いながら。

2023.04.04