Bookso beautiful yet terrific.

 ツイステッドワンダーランドにも春がやって来た。あたたかい風に吹かれて、ついそちらを見ると学園の敷地内に咲く花や草木が柔らかく風と共に踊っている。

「そういえば、そろそろ花見の時季かあ」

エースがふわふわと欠伸を溢しながら思い出したように口にした。一緒に歩いていたデュースもエースの言葉にああと声を上げた。

「昨日の夜、ちらっとニュースで見たけど。麓の街に花見の名所があって、桜が見頃らしいぞ」

「あ。それ、ハーツラビュルの談話室でみんながテレビで見てたニュースの話だろ?俺も見たわ」

「あの中にエースもいたのか!?僕はちょうど風呂上がりだったから談話室の中までは入らなかったけど。でも、テレビに映った桜も綺麗だったなあ」

「分かるわー。桜を見るとさ、春って感じするよな」

「僕もダチと一緒に毎年花見に行ったよ!マジホイで桜の花が散る中で風になるのが最高だった!」

「おまえの話を聞いただけでなんか嫌な想像できちゃったんですけど」

目の前で意気投合するエースとデュースに対し、足下にいるグリムが首を傾げた。

「花なんか見たって腹いっぱいにならないんだゾ」

「そもそも、花見って腹いっぱいになるものじゃなくない?まあ、グリムらしいっちゃそうだけどさ」

瞬時にエースにツッコミを入れられても、残念ながらグリムがさらに首を傾げるだけだった。そんな2人と1匹の会話を眺めながら私は瞬きした。ツイステッドワンダーランドでも花見する文化があったのかあと思いながら。

「陸の世界にはそのような文化があるのですね」

 私達のすぐ後ろから声をかけられて、私達は全員足を止めて振り向いた。そこにはいつものにこりとした微笑みで佇むジェイド先輩の姿があった。

「海の中では花が咲くということがまず無いので、常々花の原理に興味を持ってはいたのですが。なるほど。花を目で楽しむ文化ですか」

コツコツと靴音を鳴らしたジェイド先輩がそう口にしながら私の側に来た。

「あなたも、花見がお好きですか?」

「はい。春になると行きたくなります」

「あなたが好きなことなら、僕も好きになりましょう」

ね?と柔らかく笑って小首を傾げてみせるジェイド先輩の姿に、私の顔がぼっと熱くなった。

「そうだ!週末、みんなで花見に行こう!エースも監督生とグリムも予定ないだろう?」

デュースの提案に私はジェイド先輩からデュースを見てすぐに頷いた。

「うん!行こう!すっごく楽しみ!」

「もしかしたら週末には桜が散り始めてるかもしれないけど。たぶん。大丈夫だろう!な?エース?」

デュースの視線が私からエースに移る。すると、エースは何故か私の顔を見てぎょっとしていた。

「いや、まあ。そうかもしれないけどさあ」

急に、エースが歯切れの悪い返事をするので私とデュースはお互いに視線を合わせてから首を傾げる。すると、私達の足下にいたグリムがデュースの制服のズボンを引っ張った。

「オメー。ちょっとは空気読んだ方がいいんだゾ」

「空気?僕は何もおかしなことは、」

そこで、グリムに返していたはずのデュースの言葉が止まった。デュースは私を凝視したかと思えば固まっている。

「デュース?」

「いや、その、」

私がデュースに声をかけると、デュースが言葉に詰まったらしくまともな会話にならなかった。

「みなさん。仲がよろしいようで何よりです。僕の愛らしい恋人と、これからも仲良くしてあげてくださいね」

クスクス笑うジェイド先輩が、私の肩をおもむろに抱き寄せながらそう言った。私がジェイド先輩を見上げると、ジェイド先輩がまた一つ笑い声を溢した。

「お花見。気をつけて行ってきてくださいね。あなた方も、くれぐれも羽目を外さないようにお願いいたします。彼女に万が一のことがあれば、どうなるか分かりますね?」

ジェイド先輩の言葉に、エースとデュースとグリムの肩が揃って跳ねた。


 約束の週末。エースとデュースがオンボロ寮まで迎えに来てくれた。みんなそれぞれ私服を着て、制服で会ういつもとは違う雰囲気だ。グリムが逸れないようにエースが赤いリュックを背負い、その中にグリムが入って顔と前足を出した。なんだかぬいぐるみっぽくて私達は思わず笑った。
 それから3人と1匹で学園前の停留所からバスに乗って麓の街にある桜の名所に向かった。学園からだんだんと遠ざかり、賑やかな街を抜けて、桜が咲き誇る公園に近づくにつれて、道端にはピンクの絨毯ができている。
 桜の名所と呼ばれる大きな公園の前の停留所でバスを降りた。週末にかけて気温がぐんぐんと高くなったせいで桜の花びらが風に舞っている。その光景に、私達は声を揃えて感嘆の溜息を吐いた。グリムを除いて。

「エース!向こうへ進むんだゾー!あっちに食い物がたっくさん売ってるんだゾ!」

グリムは桜並木の下にずらりと並ぶ露店を指差してはしゃいでいた。まさに、花より団子である。

「グリムって本当に花に興味ないんだな」

「まあ。こうなるって予想はしてたけど」

デュースとエースに呆れられてもグリムが気にすることなんぞあるわけない。だから私達は、グリムに言われるままに露店へ足を向けようとしていた時だった。

「あっれー?小エビちゃんだあ」

 その声に私が足を止めると、それにつられるようにエースとデュースも足を止めて私と一緒に振り向いた。そこには、にこにこと笑うフロイド先輩の姿があった。

「こんにちは。フロイド先輩も、お花見ですか?」

私が問いかけた瞬間、私の背中が軽く押されたのでそちらを見ると、エースとデュースがひらりと手を振ったところだった。

「ぐ、偶然っすね!フロイド先輩!それじゃ!」

「またな!監督生!僕達用事思い出したから!」

え?と思う間もなくエースとデュースはぐるりと私に背中を向けて全速力で走って行った。エースのリュックの中から顔を出しているグリムも、無言で笑顔を浮かべて手を振ってみせた。
 その場に1人残された私は、恐る恐るフロイド先輩を見上げる。私と目が合ったフロイド先輩はそれはそれは素晴らしい笑顔を浮かべたのだった。

「あは!小エビちゃん、お友達に置いてかれちゃってかわいそうだねえ」

フロイド先輩の言葉に対して私は微妙な表情を浮かべることしかできなかった。そんな私に構わず、フロイド先輩の手が私の手を握る。

「それじゃあ。行こっか」

にこにこと大層ご機嫌よろしいフロイド先輩に連れられながら私は思った。空気が読めるマブ達が憎い。


 桜並木は公園の敷地内をぐるりと囲むようにあった。それと同じように露店も続いている。そのおかげで公園内は、家族連れやカップルに友人同士など、たくさんの人で溢れ返っていた。私は、フロイド先輩の手から隙あらば逃げようと手を引っ込めようと力を込めるが、残念ながらフロイド先輩は私の魂胆なんぞ始めから分かっているらしく私以上に自らの手にさらに力を加えるので結局手を繋いだまま歩くしかなかった。

「あは!小エビちゃん、そんなに俺に絞められたいのー?」

なんて言いながら、たまに尋常じゃない強さが私の手に加わった。帰る頃には、私の手に痣ができてそうだ。
 それにしても、と思いながら上に視線を向ける。止まることなく降り続ける桜の花びらになんだか雪みたいだなあと感じた。

「陸の世界って不思議だよねえ。季節によって咲く植物も違うし。ジェイドが山に夢中になる理由がちょっとだけ分かった気がする」

桜からフロイド先輩に視線を向けると、フロイド先輩の横顔は柔らかく優しい顔をしていた。その雰囲気に、ジェイド先輩の姿が重なった。
 ぴたりとフロイド先輩の歩みが止まり、私を見下ろした。それからフロイド先輩はその柔らかい微笑みのまま言ってのけた。

「なーに?小エビちゃん。じーっと見つめて。あ、ジェイドは?ってこと?」

「ああ、いえ。そういうわけでは。いや、まあ、確かに。どうしてフロイド先輩だけ公園にいるのかは気になりますけど」

「それってつまり、やっぱり俺よりジェイドがいいってことじゃーん」

そう言われてしまえば返答に困ってしまう。私が口を噤んだのを肯定と捉えたらしいフロイド先輩は空いている方の手で頭をかいてからまた桜を見上げた。

「ジェイドも来たがってたけど、今日ラウンジのシフト入ってて抜けられなかったんだよねえ。俺だけたまたま入ってなくて、陸の世界の花見ってやつが何か気になって来てみたんだあ。まあ、でも、」

フロイド先輩が再び私を見下ろす。そして屈託のない笑顔を浮かべた。

「ジェイドを差し置いて小エビちゃんとデートできちゃったし。花見っていいねえ」

頬を赤く染めて心底幸せそうに笑うフロイド先輩の姿に、私の肩が跳ねた。思わず、目線を外してしまう。ジェイド先輩とそっくりな顔で、ジェイド先輩とは違う微笑みに、私の中で何かが騒ついた。

「あ!」

 突然、フロイド先輩が声を上げるので何事かと思って視線を戻すと、それよりも先にフロイド先輩は私の手をぐいっと引っ張って大股で歩き出した。抗議してもどうせフロイド先輩は聞いてくれないので、ずるずると引きづられるようにして着いて行くと、フロイド先輩は数ある露店の中の一つの店の前で足を止めた。
 そこは手作りのアクセサリーショップだった。フロイド先輩は私の手を離し、私と店頭に並ぶアクセサリーを交互に眺め、すぐにこれと指差して購入する。商品を受け取った瞬間、それを私に手渡した。

「これあげる」

私の手に乗せられたのは、桜の花をモチーフにしたシンプルなイヤリングだった。

「え?でも、」

「まさか付け方知らないのー?しょうがないなあ」

フロイド先輩が見当違いのことを言って私の手からイヤリングを取り、そのまま私の手を引っ掴んで歩き出した。露店から少し離れた桜並木の下に戻り、見物客がいない桜の木の下でフロイド先輩が足を止めた。それからぐるりと身体の向きを変えて私の手を離す。慣れた手つきで私の耳を触り、数秒もしないうちに手を引っ込めた。

「うん。似合うじゃん」

満足気に笑うフロイド先輩に、私は固まる。そーっと耳に触れるとたぶん先程買ったと思われるイヤリングがそこにあった。

「いただけません」

「なんで?」

「だって、」

「俺がジェイドじゃないから?」

図星だった。私は気まずくなって、つい下を見る。その瞬間、深々と溜息を吐かれた。

「言ったじゃん。小エビちゃんはジェイドのものだし、俺のものでもあるんだよ。だから、小エビちゃんに拒否権なんかないの」

伸ばされた手が、私の頬を触れた。私が顔を上げるとすぐ側にフロイド先輩の顔があった。

「困った顔の小エビちゃんも、かわいいね」

そう言ったフロイド先輩は、さらに私に顔を近づけて唇を重ねた。


 フロイド先輩とお花見していると、エースからスマホにメッセージが入っていた。エースとデュースとグリムは、2人と1匹で夕食でも食べてからみんなでハーツラビュル寮に帰るらしい。そのメッセージを横から覗き見ていたフロイド先輩がにやりと笑って言った。

「それじゃあ。今日は俺が小エビちゃんのことを送ってあげるね」

送ってもらうのは悪いなあと思いつつも、帰る場所が同じ学園なのに断るのも変だしなあと、結局フロイド先輩と一緒に最後まで過ごすことを選んだ。
 夕食も外で済まし、バスに乗って学園に戻った。夜道は暗いからとフロイド先輩に終始手を引かれてオンボロ寮に向かう。すると、オンボロ寮の入口で腕を組んだまま片足の爪先を鳴らす人物を見つけた。すっかり暗くなった中でも、私の姿に気づいた相手は大股で私に近づき、勢いよく抱きしめてきた。

「よかった。あまりにも帰りが遅いから、心配していたんです」

私の手からするりとフロイド先輩の手が外れた。私はジェイド先輩の腕の中で、視線だけをフロイド先輩に向ける。私と目が合ったフロイド先輩は眉を下げて曖昧に微笑むだけだった。
 その瞬間、無性に胸が苦しくなった。ジェイド先輩のことが好きなのに、フロイド先輩の表情に心が騒つくほどに私の中でフロイド先輩の存在が大きくなってしまっている。

「あの。ジェイド先輩、」

ジェイド先輩の背中に両手を回そうとして、私の手がそれ以上動くことはなかった。始めにジェイド先輩のことを好きになっておいて、フロイド先輩に言い寄られたからころっと気持ちが傾く自分に心底嫌になった。

「フロイド」

 ぎゅうと私を抱きしめる力がさらに強くなった。ジェイド先輩に呼ばれたフロイド先輩はいつもの調子で返した。

「なーに?ジェイド?」

「僕。自分でも思っていたより、醜い感情というものを持ち合わせてるようです」

パッとジェイド先輩の身体が私から離れたかと思えば、私の両頬をジェイド先輩の両手が包んだ。私としっかりと目を合わせたジェイド先輩は、眉を下げて曖昧に微笑んだ。フロイド先輩とそっくりな顔で。

「フロイドは僕以外があなたに触れるのを許さないと言いますが、僕は違います。僕は、フロイドでさえもあなたに触れることが嫌なんですよ。あなたがフロイドに微笑みかける姿を想像するだけで、胸が苦しくなる」

つらつらと述べられるジェイド先輩の想いに私は言葉に詰まった。ジェイド先輩は、何事にも一歩引いて周りを観察する大人っぽい人だと思っていたので。

「大好きなフロイドと、僕の愛するあなたを共有するのは構いません。幼い頃から、フロイドとずっと分け合いっこしてきましたから」

にこりとジェイド先輩が微笑んだ。何故だろうか。背中に冷たいものが伝わっていく。あからさまに表情に出ているだろう私の姿に、ジェイド先輩の頬がほんのりと赤く染まった。

「だから、僕、考えたんです。あなたの全てを、最初に僕にいただけませんか?あなたが最初に好きになったのは僕です。そして、あなたを最初に好きになったのも、僕です。それならば、あなたの初めてを僕に捧げてくれてもいいでしょう?どうせ分け合うのだったら、最初の一口くらい、僕に」

この人は本当にジェイド先輩なのだろうか。固まる私に、フロイド先輩が抑揚のない声で言ったのだった。

「小エビちゃんが好きになったジェイドは、ガキのころからずっとこうだよ。我慢ばっかりして、ようやく手に入れて、そして最後は、」

そこで、フロイド先輩の言葉が止まる。一拍置いて、淡々と続きを述べた。

「壊れたあとも執着し続ける」

 私の耳に咲く桜の花が、風に吹かれて揺れた。

2023.04.09
桜颪|女監督生受け版ワンドロワンライ