
Bookso beautiful yet terrific.
白いレースのリボンが風に遊ばれる瞬間を見つけた。リボンに囚われた視線をそのまま凝視し続けると、麦わら帽子を被った少女がオンボロ寮の前庭の一角にしゃがんだところだった。
僕は、だらしなく開けっぱなしにしていた口を引き締めて彼女の元へ向かう。すると、彼女は僕がやって来る気配を感じたらしくすぐに顔だけを上げて僕を見た。
「こんにちは。アズール先輩」
麦わら帽子の影に隠れた色白の顔で緩く微笑む彼女の姿に僕の胸の奥がきゅうと締めつけられていく。甘くてほわほわとした感情がダダ漏れになっているのを自覚しつつ僕も彼女の側に片膝をついた。
「愛しくてたまらないお姫様に会いに来てしまいました」
彼女の目が数回瞬いてからゆっくりと瞼を伏せた。長い睫毛を震わせる仕種に僕の心がさらに揺さぶられていく。彼女の無意識に出る癖は、理性的に生きてきた僕を感情的に狂わせるには十分だった。
一拍置いて、彼女の瞼が開いて再び僕と目が合った。濁りのない水晶のように綺麗な瞳は、いつ見ても美しい。そして、まだあどけなさが残る唇で彼女が僕を呼んだ。
「アズール先輩」
ただ名前を呼ばれただけなのに、僕の全身に雷で打たれたかのような衝撃を受けた。鈴が鳴るような可憐な声音を聞くだけで、僕の脳がくらくらする。
「はい。なんでしょう?」
彼女に名前を呼ばれただけで嬉しすぎる僕は、そのだらしない顔のまま思わず笑顔を浮かべた。そんな僕をじっと見つめた彼女は、その場から立ち上がった。
「今日は天気がいいですね」
きっと、麦わら帽子の下に隠された彼女の表情は熟れた林檎のように赤いのだろう。当たり障りのない言葉を投げてくるということは、おそらく、彼女も緊張のあまり僕とどう接していいのか分からず悩んでいるに違いない。
彼女の気持ちを存分に理解している僕もその場から立ち上がり、麦わら帽子に飾る白いレースのリボンをそっと摘んだ。
「ええ。とても」
彼女に合わせるように返しながら、麦わら帽子の中に隠れる色白の顔を覗き込んだ。ほんの少しだけ距離が近くなった僕を前にして、彼女の瞳が僅かに揺れる。
その瞬間、一際強い風が吹いて彼女の麦わら帽子が空に舞った。僕の指から逃げて行く白いレースのリボンに僕は思わず声を上げた。
風に乗ってひらりと飛んだ麦わら帽子は、オンボロ寮の門の方へ行く。すると、そこにやって来た人物が手を伸ばして麦わら帽子をいとも簡単に掴んだ。
「おーい監督生!!!こっちに帽子飛んで来たんだけど!!!」
「せっかく学園長から貰ったのに。失くさないようにしないと」
彼女は、オンボロ寮の門の方から歩いてくるお友達の姿を見つけて小走りで行ってしまった。ふわりふわりと風に遊ばせる綺麗な髪と、お友達を見つけて大層嬉しそうに顔を綻ばせる彼女の横顔に、僕は胸がいっぱいになりすぎて動けなかった。
あなたの可憐な美しさに、僕は今日も脱帽です。
−−−−−−−−−−
オンボロ寮の前庭で趣味の園芸をする私に、紫外線が強くなる季節になるからと学園長が麦わら帽子をプレゼントしてくれた。白いレースのリボンが飾る麦わら帽子がとてもかわいくて、受け取ったその場で試しに被ってみせると一緒にいたエースとデュースが何故か固まった。
「わ、悪くないと思うぜ!な?デュース?」
「か、かわいい!似合ってる。僕もそう思う!」
「当たり前でしょう。この私が選んでプレゼントしたのですから」
うんうんうん!!!と2人して頷き合うエースとデュースの隣で、胸を張って自信満々に言ってのける学園長の姿に私はつい苦笑いを浮かべた。
私は一度麦わら帽子を脱いで、じっとそれを見る。そのかわいい白いレースのリボンに、綺麗に咲いた色んな種類の花々の存在を思い出した。
「そうだ。先日、オンボロ寮の前庭に白いチューリップが咲いたの。他にもたくさんの花が咲いてて見頃だし。せっかくだからみんなでお茶しにおいでよ」
「それは勿論、あなたに麦わら帽子をプレゼントした私も招待に入ってますよね?ね?そうですよね?」
「勿論です。学園長も来ていただけますか?」
「ええ!勿論!最高のティーセットを持って行きましょう!」
私のお誘いに、年頃のかわいい娘にお茶会に誘われるだなんて!今日はなんて素敵な日でしょう!と、大層大袈裟に喜んだ学園長はルンルンとしながらその場から去って行った。
私が去って行く学園長にひらりと手を振って見送っていると、デュースが首を傾げてから口を開いた。
「おまえ。いつから学園長の娘になったんだ?」
「いや、なってないし」
デュースの疑問にエースがばっさりと返した。それに苦笑いしながら、私は麦わら帽子をきゅっと抱きしめて考える。せっかくだから、お茶会はあの白いチューリップがよく見える場所でやりたいなあと思った。
そこで私は、あ、と思いだした。チューリップが咲く前から、オンボロ寮を訪ねてくるようになったあの人のことを。
「そういえばさ。チューリップが花開く前からだったかなあ。最近ね、アズール先輩がオンボロ寮をよく訪ねて来るんだよねえ」
え?とエースとデュースが揃って私を見た。エースはあからさまにげんなりとした表情を浮かべて首を横に振ってみせた。
「あの人、まだ諦めてないわけえ?」
「この間学園長に思いっきり反対されたばかりなのに」
エースに続き、デュースも呆れ顔だった。私は思わず眉を寄せる。それから事情を知っていそうな2人に尋ねた。
「何かあったの?」
「学園長も何も言わなかったから、俺とデュースもおまえの耳に入れなかったんだけどさあ」
首を傾げる私に対して、エースとデュースが深々と溜息を吐いた。
エースとデュース曰く、それは雪もすっかり溶けた季節が春になったばかりの頃の話だった。たまたま廊下を歩いていたエースとデュースが学園長に捕まり、そのまま学園長室に連れて行かれて雑用を押しつけられしまったのである。そして、エースとデュースが渋々雑用を始めたところに、何の前触れもなく学園長室の扉を勢いよく開けて室内に入り込んできたアズール先輩に出会したらしい。そのアズール先輩はやって来て早々、学園長に向かって思いっきり頭を下げて叫ぶように言ってのけたのだった。
「お父様!!!娘さんを、僕にください!!!」
その瞬間、エースとデュースは迷わずにツッコミを入れた。誰がお父さんだ!?お兄ちゃんと呼べ!!!と。本人達曰く、学園長ではなく自分達に言われたと最初にうっかりとそう思ったらしい。
「あなたに差し上げるわけないでしょう。うちの娘は折り紙付きの箱入りなんです。誰にも渡すものですか!!!」
一方の学園長は、即座に仮面越しの目を大層鋭く細めてアズール先輩に向かって異を唱えたのである。それに対し、アズール先輩は顔を上げてドヤ顔で宣言したそうだ。
「僕の中では、彼女は既に僕のものです。お父様とお兄様に認めていただけないのなら、僕と彼女が駆け落ちするのも時間の問題でしょう。僕達の愛は、どんな障害にも負けません!!!」
話を聞き終えた私はとっても頭が痛くなった。何処からツッコミを入れたらいいのか分からないくらい私の脳が情報処理能力が追いつかないほど混乱している。とりあえず、色々と反論したいところだけど、真っ先に訂正しておきたいことをエースとデュースに伝えた。
「私とアズール先輩は全く愛し合ってませんし寧ろ他人レベルの関係なんだけど。どうしてこんな話に」
私はゆるゆると頭を振りながらようやく気づいた。そういえば、最近オンボロ寮にやって来たアズール先輩はやたらと甘い言葉を吐いていたけど。まさか冗談ではなく本気だったとは。
深々と溜息を吐く私の姿に、エースとデュースがそれぞれドンと大きく胸を叩いてみせた。
「安心しろって。嫁に行く件はお兄ちゃんが何とかしてやるから!な?」
「相手がどんなにおまえのことを想っていても、僕が認めた奴じゃないと渡さないから大丈夫だ!」
私の口から乾いた笑い声が溢れた。なんて頼もしいお兄ちゃんなのだろうと棒読みで2人に返すことしかできなかった。
それから数日後のお茶会当日。私が白いレースを飾った麦わら帽子を被ってオンボロ寮の前庭の手入れをしていると、またしてもアズール先輩が現れた。アズール先輩のあからさますぎる甘い言葉と表情に、私が反応に困ったのは言うまでもない。しかし、残念ながら私の困惑すらもアズール先輩はポジティブに受け止めたようだった。
いつも理性的なアズール先輩が感情的にぐいぐいと来る様に、私は色んな意味で脱帽するしかなかった。
2023.04.16
脱○○|女監督生受け版ワンドロワンライ