Bookso beautiful yet terrific.

 アズールは今日も熱心に彼女に視線を向けている。彼女は相変わらず自身のお友達に向かって、わたくしの騎士と呼んで微笑んでいる。

「アズール先輩。ごきげんよう」

彼女はアズールと目が合うとにこやかに挨拶を返してくれる。だからきっと、嫌われているわけではないらしい。残念ながら、アズールの誘いに無条件で手を取ってはくれないが。
 ある時、中庭のベンチでアズールが座って溜息を吐いていると、彼女の方から声をかけてきた。

「お悩みですか?わたくしでよければお話くださる?」

顔を上げたアズールの目に飛び込んできたのは、陽光に照らされてきらきらと輝く彼女の姿だった。

「地上に女神が舞い降りた」

「聞き間違いかしら?」

「僕は夢でも見ているのでしょうか?なんと美しい」

「お悩みではないのなら、わたくしは失礼いたしますね」

「あ!!!ちょ、」

 くるりとアズールに背を向ける彼女に、アズールは慌ててベンチから立ち上がって彼女の行先を遮る。それから彼女の肩をぐいぐいと押し戻してベンチに座らせた。

「少しは僕の話を聞いてください」

「余程深刻なお話ですのね」

「そうなんです。実は、僕には好きな人がいるのですが、彼女をちっともタコ壺へ誘い込めなくて。その好きな人というのはあなたのことなんですけど」

再び、彼女が腰を上げてこの場から去ろうとするのでアズールは慌てて彼女を引き止めてベンチに戻す。あからさまに眉を寄せる彼女に対し、アズールは彼女に逃げられないよう彼女の手をぎゅうと両手で握りしめながら自身も彼女の隣に座った。

「僕、本気なんですよ。あなたは全く相手にしてくれませんけどね」

 ぽつりと、アズールが溢した。そんなアズールに彼女が視線を向けた。

「あなたは、どうすればタコ壺の中に引きずり込まれてくれますか?」

「わたくしに限らず、そう言われてはいそうですかと了承する人もいないと思いますわよ」

鈴の音色のように綺麗な声で、彼女が辛辣な返事をする。アズールはつい、情けない表情で彼女の顔を凝視する。すると、アズールに向いていた彼女の表情は、僅かに考えるものに変わる。だけどすぐに、首を緩く横に振った。

「わたくしはね。恋をする必要がないんですの。お気に入りの甘酸っぱいレモンパイを、お友達と楽しくお喋りしながら食べることができるのも、この世界にいる間だけの話。元の世界に戻れば、わたくしは家に決められた友人関係の中を過ごし、そしていつかは家に決められた然るべき殿方と添い遂げるの。ね?恋や友情なんぞわたくしには無意味でしょう?」

そう言った彼女の表情は、諦めに近いものがあった。アズールは、驚きで目を見開いた。てっきり、彼女は何不自由ない生活を送ってきた自由奔放なお嬢様だと思っていたから。
 アズールは、彼女の手を握りしめた自身の両手にさらに力を込める。それならば。と、アズールは口を開いた。

「やはり僕は、尚更あなたをタコ壺の中へ閉じ込めたいです」

「今の話で何故そうなりますの?」

「タコ壺の中の方があなたにとってずっと自由だからですよ。そうすれば、あなたを元の世界に返さなくて済みます。あなたの自由を邪魔する輩を、僕が蹴散らしてやりますよ。あなたの、騎士となって」

ぱちぱちと彼女が瞬きを繰り返す。一拍置き、彼女はさらりと言ってのけた。

「わたくしの騎士は、エースとデュースとグリムとついでにフロイド先輩がおりますので結構です」

「ついでにあいつも騎士になれるのか。納得いかない。本当、あなたって人は。残酷なことを言ってくれますねえ」

「でも。そうですわね。博識のアズール先輩には、わたくしのお喋りの相手になっていただきたいですわ」

「お喋り相手って。つまり、僕にあなたのお友達以下になれと?」

「お友達以下じゃないですわ。お友達ですのよ」

へ?とアズールは間の抜けた声を上げる。しかし、彼女はアズールの反応をおかしそうにくしゃりと笑った。

「わたくしのお気に入りのレモンパイを、お喋りしながら一緒に食べてくれるのでしょう?だって、あなたはわたくしに、タコ壺の中という自由をご用意してくださるのだから」

「なるほど。それでお友達ですか。騎士ではなくて」

つい、アズールは溜息を吐く。期待して損したと思いながら。

「でも、そうですわねえ。たまには、タコ壺の中から出してちょうだいね。わたくしの人魚」

 アズールは固まった。どのくらい固まっていたのかは分からない。時間にすればほんの数秒なのだろう。しかし、アズールはそれどころではなかった。

「わたくしの人魚!!!ほ、本気ですか!?」

「わたくしは嘘なんぞ言わないですわ」

「僕があなたの人魚!!!ああ、ついに、」

恍惚と表情を浮かべるアズールに、彼女が苦笑いを浮かべる。

「大袈裟な方ですわね」

「大袈裟にもなりますよ。僕の好きな人を、やっとタコ壺の中へ閉じ込められるのですから」

「それ。比喩ではなくて?」

「比喩なものですか。実際にやりますよ」

 さあさあと彼女の手を引っ張って連れて行こうとするアズールの背後に、音もなく現れた人物がいた。

「お邪魔しますよ!!!」

「あら。ごきげんよう、学園長」

学園長という単語にアズールが振り向くと、そこには仁王立ちするクロウリーの姿があった。

「今、タコ壺の中に閉じ込めるなんぞ物騒な言葉が聞こえましたが、気のせいですか?最近私の家庭教師を彼女が拒否するのですが、アーシェングロットくんが原因ですか?どうなんですか?怒らないから言ってみてください。私、優しいので」

突然のクロウリーの登場と剣幕に、アズールは冷や汗をかいた。そんなアズールに対し、クロウリーは仮面越しに鋭く目を細めて言ってのけたのだった。

「うちの子を誑かしたらぜったいに許しませんよ!!!」

 こうして。アズールの彼女をタコ壺へ引きずり込む計画は、まだまだ先になりそうだ。だけど、わたくしの人魚という称号を手に入れたアズールは、とりあえずは幸せだった。

2023.05.20
監督生を閉じ込めたいアズールのお話|仲良しの相互さんからいただいたお題です