
Bookso beautiful yet terrific.
お店の外に出て買い物から帰ろうとすれば、ちょうど雨が降ってきた。ざーざーと本降りの雨を前にして、びしょ濡れになりながら走って士官学校へ戻りたいとは思わない。
一度、元来た場所を戻り、私は再度お店の中を歩く。数ある施設が揃う複合施設だけあって敷地内がとても広い。適当に歩いて、とりあえず目についた一軒のカフェに入った。
外の見晴らしの良い窓際のカウンター席に座り、ぼんやりとしながら、注文したあたたかいミルクティーの入ったカップに口をつける。それからどうせならと一緒に購入したアールグレイのロールケーキをフォークで刺した。
「あーあ。嫌になっちゃう」
ロールケーキを口に入れようとした時、私の座る椅子から一つ空けた席に誰かが座った。その人はあからさまに溜息を吐いてから持っていた小さい手鏡を取り出してさっと身形と整えていく。言葉と、女性物の香水の匂いにてっきり女性かと思っていたけど、声の低さからして男性だろう。
つい、そーっと隣を見る。そこにはガスマスクはしていないがふわふわの黒い髪にピンク色のメッシュが入った男がいた。貴銃士、エフが。
不審がられないようにエフから視線を外し、私は何事もなかったかのようにロールケーキを食べ進めてミルクティーをごくごく飲む。外に出る時は右手の薔薇の傷を隠すように手袋をしている。おそらく、相手には私の顔を知られているだろう。だけど、士官学校の制服ではなく私服の今、似てるかな?くらいの認識で済むかもしれない。いや、済んでほしい。
ほとんど味が分からないままロールケーキとミルクティーを完食して、その場から立ち上がる。もうずぶ濡れでも何でもいいから早く士官学校へ帰ろうと意気込んだ時だった。
すっと伸びてきた手が私の肩を抱いてくるので再び椅子に戻される。その瞬間、女性物の香水が鼻を掠める。ぎょっとして隣を見ると、相手は何処かをちらりと一瞥しながら言ってのけた。
「あら。こんな所で会うなんて偶然ね。フランスでの慣れないケーキ屋さんの経営はどう?」
全く身に覚えのない話をエフに振られて私は頬が引きつる。だいたい、ここ、イギリスじゃん。そうツッコミを入れたいが黙るしかない。
「お家にちゃんと帰りたいならアタシに合わせなさい」
耳元で低く囁かれた言葉に私は眉を寄せる。一方エフは、私ではない誰かに視線を向けたまま私の肩を抱いてない方の手をにこやかに振った。
しばらく、噛み合っているようで噛み合ってない会話が続く。やがて、エフは私から離れて最初に座った椅子に戻っていった。
「もっとしっかりなさい。ファルちゃんのために」
じろりと睨むように私に視線を向けるエフに、私は顔を顰める。だけど、エフの言うことも間違ってないので私は言い返すことができなかった。
「ありがとう。助けてくれて」
「別に。アンタのためじゃないわ」
エフが鼻で笑う。流石敵だけあって嫌な感じだ。
「お先に失礼」
私が席を立つと、再びエフに呼び止められる。反射的にエフの方を見ると、エフは頬杖をつきながら私を見上げた。
「次。いつここに来るの?どうせ護衛もつけずにのこのこ1人で来るんでしょう?」
「来れるわけないじゃん。このお店にも、あなた達が来ることを知ったのだから」
「まあ。それもそうね」
でも。とエフが続ける。エフは綺麗に化粧したその顔でにんまりと笑ったのだった。
「もしも次があれば。アタシがアンタの護衛くらいしてやってもいいわよ」
「その言葉を私が信じるとでも?」
「アタシはどっちでもいいわよ。アタシには、今、アンタを殺すメリットもないし」
どう?なんて首を傾げてくるエフに、私は口を閉ざした。
外はまだ、雨が降り続いている。
2023.05.26