
Bookso beautiful yet terrific.
私の父はフレンチ、母は和食の料理人だ。さらにいうと、父方の祖父はイタリアンの料理人だし祖母はパティシエである。ちなみに、母方の祖父母は代々続く老舗の旅館の板前と女将だ。つまり、その料理人の家系の1人娘として産まれた私は、幼少期より包丁を握り始めて今日に至るわけである。
ある週末の昼頃。オンボロ寮の厨房では、牛頬肉の煮込み料理がもうすぐ完成するところだった。その間に、緑黄色野菜を使ったテリーヌをお皿に盛りつける。すると、厨房の出入口からグリムが顔を覗かせた。
「おーい!子分!準備できたんだゾー!」
「ありがとう。それじゃあ、始めようか」
「おう!」
厨房からくるりと踵を返してルンルンと先を歩くグリムに続いて、私もできた料理を乗せたトレーを持って厨房を出る。行き先はオンボロ寮の庭の一角にグリムによって作られたテラス席。木製のテーブルに白いレース生地のクロスを敷き、ぴかぴかに磨いたカトラリーも1人と1匹分既に並べてあった。
「今日は何が出てくるんだゾ?」
「メインディッシュは牛頬肉の赤ワイン煮と言いたいところだけど、学園の購買では赤ワインは手に入らないから代わりにぶどうジュースと一緒に牛頬肉をじっくり煮てみたの」
「よく分からねーけど、オメーが作る物は全部うまいのがオレ様には分かる!」
木製の椅子によじ登りながらグリムがおだてて来るので私は照れ隠しに笑うだけ。それから持っていたトレーに乗せた料理をテーブルの上に並べていった。
「他には何があるんだ?」
「いっぱいあるよ。そろそろパンも焼き上がるし、ローストビーフもある。デザートにはレモンのソルベを用意してみたけど、他のデザートもあるし前菜も別のもあるから好きなだけ食べてね」
私が答えるとグリムの眉間に皺が寄る。ちょうどその時、オンボロ寮の庭に客人が現れた。
よく晴れた空の下に並べられるランチメニューを見つけたリドル先輩が挨拶もそこそこに首を傾げた。
「今日は何かのパーティーかい?」
「違うんだゾ。こいつ、ストレスが爆発しそうになると食べ切れない量の料理をすっごく作るんだゾ」
私の代わりに答えたグリムの言葉を聞いて、リドル先輩が数回瞬きを繰り返す。それからああと理解したように口を開いた。
「トレイと一緒だね。彼も、何か思い悩むと寮生達が食べ切れないほどの量のケーキ作りに没頭してしまうんだ。そうなる前に、ボクやケイトに話してほしいし気づいてあげられたらいいのだけど。トレイは隠すのがうまいからボクが気づいた頃には既に手遅れなんだよ」
複雑な表情を浮かべて短く息を吐くリドル先輩を眺めながら、私は頭の中でトレイ先輩の姿を浮かべる。確かに、トレイ先輩も溜め込むタイプなのかもしれない。
ふと、リドル先輩は表情を直して本来の用件を口にした。
「今日は学園長に頼まれて訪ねて来たんだ。オンボロ寮の設備で困っていることはないかな?特に、厨房に関しては学園長がずいぶんと気にしていたよ」
学園長も私が料理することを知っている。ツイステッドワンダーランドにやって来てオンボロ寮を当てがわれた日に真っ先に直してもらったのが厨房設備だったので。おかげさまで、今では学園長から定期的にオンボロ寮の不備はないか確認してくるようになった。特に、厨房は。
私はリドル先輩に向き直り、深々と頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます、今のところ大丈夫ですと学園長にお伝えください。それから、ランチかディナーにオンボロ寮に来ていただくようそちらもお伝えしてもらえると助かります」
学園長にもよく料理を振る舞っている。いつものことだからと何も考えずにリドル先輩に言伝を頼むと、リドル先輩が驚いたように瞬きを繰り返した。
「学園長という立場の大人が、生徒が作る料理を食べに来るとは」
「学園長がお忙しい方なのは存じておりますが。どうもいつも作りすぎちゃって、お誘いするんです」
「それにしても、」
リドル先輩の眉間に皺が寄っていく。何かまだ言いたそうなリドル先輩を、これまで話の成り行きを黙って聞いていたグリムが横から呼んだ。
「お説教はあとで聞くから、早く子分の料理をオレ様に食べさせるんだゾー!!!せっかくのご飯が冷めたら台無しなんだゾ」
「ん?ああ、確かに。グリムの言う通りだね」
「リドルも食べて行くといいゾ!子分の料理の腕は誰にも負けないんだゾ」
え?という声が私とリドル先輩から出る。まさかの事態に私はついリドル先輩を見る。すると、リドル先輩もまた私の方に顔を向けた。
まあ、でも。いっぱい作ったしと思いながら私はリドル先輩に向き直る。
「いっぱい作ったので、私とグリムだけでは食べ切れないし。リドル先輩もいかがですか?よろしければ、ですが」
「いいのかい?それならば、ご馳走になるよ」
もう少し悩むと思ったのに、リドル先輩はそれはそれはあっさりと食事に誘われた。成り行きとはいえ、誘った方の私が困惑しそうになるけれど、結局はまあいいかで私の中でストンと落ちついた。
「それじゃあ、用意してきます」
「ボクも行こう」
私が空になったトレーを持ってオンボロ寮に踵を返すと、リドル先輩も私の隣を歩く。突然の、リドル先輩との食事会に何を話せばいいか分からず黙ったまま厨房を目指した。それはリドル先輩も同じらしく、先程から口を開けては何も言わず閉じるを繰り返している。
意外なことに、リドル先輩でも気まずいと思いことがあるのかもしれない。そう思いながら、私はオンボロ寮の廊下の窓から見える晴れた空に浮かぶ垂れ下がった雲を眺めたのだった。
2023.06.03
垂天|女監督生受け版ワンドロワンライ