
Bookso beautiful yet terrific.
あらかじめ用意しておいた、ビスキュイを敷き詰めた型にババロアを流し込んだシャルロットを冷蔵庫から取り出す。あとはシャルロットの表面に果物を飾れば完成というところで玄関から呼び鈴が響いた。
本日は土曜日。時刻は午前10時を過ぎている。先週話していたようにリドル先輩がシャルロットを食べに来たのだろうと私は来客の正体を気にせず黙々と作業する。一方、私の代わりに玄関で客人を出迎えたゴースト達が何やら騒ぎ始めた。
「お客様!!!困ります!!!」
「僕は彼女に用があるんだ!!!!!そこにいるのは分かっています!!!!!」
「あ、ちょ、」
私の耳にドラマで見るような修羅場が聞こえてくるので、私はシャルロットの飾りつけを終えてから顔を上げる。それと同時に、厨房に勢いよく入り込んできた人物と目が合った。
「見つけましたよ。監督生さん」
私の顔を見るなり、眼鏡のフレームを指でかちゃかちゃ直しながら私に鋭い視線を向けるアズール先輩の姿に私は内心首を傾げる。アズール先輩は私の内心なんぞ全く気にせず続けた。
「この僕を差し置いて他の野郎どもに手料理を振る舞っていると噂で聞きました」
「噂、ですか?」
「ええ。グリムさんと学園長からですが」
それって全く噂のレベルに達してないじゃん。と、ツッコミを入れたいが相手が先輩なので我慢しよう。
「作りすぎちゃったのでお裾分けしただけです」
「それもどなたかへお裾分けですか?」
アズール先輩が間髪入れずに示した先にあるのは私がたった今完成させたシャルロットだ。
「その美しい見目のケーキで僕以外の誰の心を掻き乱すつもりなのか大変興味深いですねえ」
先程から思っていたけれど。何故か、夫に浮気がバレた妻の気持ちになる。深い意味は無いのだろうけど、側から見れば誤解されそうなのでアズール先輩には言葉選びを慎重にしてほしいと思う。
再び、玄関の呼び鈴が鳴る。今度はグリムが出迎える声が聞こえ、来客の足音がまっすぐに厨房にやって来た。
「お邪魔するよ。今日はボクも手土産に、」
厨房に顔を出した早々、リドル先輩が先に厨房にいたアズール先輩と目が合う。アズール先輩はリドル先輩の姿を見つけたかと思えば私のことをギッと睨みつけた。
「まさかこのケーキ。リドルさんのために作ったんですか?どういうことですか?僕、聞いてないです!!!!!」
「いや、あの、」
「僕を差し置いてリドルさんにあなたの手料理を振り舞うとはどういうつもりですか!!!!!」
「誤解を招く言い方やめてください」
ギャンギャンと怒るアズール先輩を前に、リドル先輩が固まる。リドル先輩は自身の足下にいたグリムに屈んで耳打ちした。
「すまない。気がつかなくて。2人がそういう関係だと知らずに不用意に訪ねたことを反省するよ」
「話がややこしくなる前に談話室に行ってお茶にしましょう」
こうして、修羅場(仮)を落ちつけるためにみんなで談話室に移動したのだった。
談話室のテーブルには3人と1匹分に切り分けたシャルロットが並ぶ。そこにリドル先輩の手土産である紅茶を淹れたカップも加わった。
「僕と彼女が?まさか。僕は彼女の料理の腕前を知って、モストロ・ラウンジの支配人であるこの僕に何故真っ先に料理を振る舞わないのか納得いかずにオンボロ寮を訪ねたんです」
リドル先輩に私との関係を問われたアズール先輩が何食わぬ顔してそう答えた。一方、グリムは呆れた雰囲気を隠しもせずにアズール先輩をじとりと睨んでいる。
「だいたい。彼女が誰に料理を振る舞うかアズールには関係ない話だろう」
「大いに関係あります!!!」
リドル先輩の言葉にアズール先輩が食い気味に力いっぱい返す。それから自身のマジカルペンを取り出して空中に1振りした。
宙にスクリーンのように画像が写り出される。そこには、アーシェングロットホールディングスのモストロ・ラウンジチェーンについてと表示されていた。
「僕は将来、モストロ・ラウンジを各国に1店舗ずつ進出することを目標にしてましてね。例えば、珊瑚の海店では珊瑚の海では絶対にお目にかかれない熱砂の国の料理を提供すれば話題になること間違いなし!!!」
と、アズール先輩が熱弁を始めた。グリムは切り分けられたシャルロットをもぐもぐ食べながらあからさまに顔を顰めている。それはリドル先輩も同じらしく嫌な予感と言いたげな表情でアズール先輩の続きを待った。
「そこで僕は考えたわけです。彼女に、賢者の島店のオーナーシェフをお願いしようかと」
「嫌です」
「お店で提供する料理のジャンルは全てお任せします。つまり。アーシェングロットホールディングスのモストロ・ラウンジの屋号のまま、実質、あなたの好きなように経営して構わないということですよ。勿論、売り上げの一部はこちらが定時したパーセンテージにそってちょうだいすることになりますが。どうです?悪い話ではないでしょう?」
アズール先輩の言うことは確かに悪い話ではない。万が一、私が元の世界へ帰れないのなら、ツイステッドワンダーランドで生きる術を見つけなければならない。というか、私の強みでもある、幼い頃から料理人一家の1人娘として叩き込まれてきたスキルを活かせるならこれほど良い話はないだろう。
「売り上げのパーセンテージとやら。こちらの交渉に応じてくれるんですか?それが条件です」
「勿論です。あなたは僕にとってかわいい後輩です。あなたのご意見にはいつでも耳を傾けますのでご安心を。ああ、それから。僕からも、もう一つだけ条件があります」
「はい。何でしょう?」
「先程、僕とあなたはそのような関係ではないと申しましたが、それは今だけの話です。いずれは、あなたの薬指を僕に捧げていただきたく」
バンッと強い力でテーブルが叩かれたので私とアズール先輩とグリムは揃ってそちらを見る。すると、テーブルを叩いた張本人であるリドル先輩はゆっくりと顔を上げてにっこりと微笑んだのだった。
「アズール。ボクからも条件がある。彼女をモストロ・ラウンジチェーンのオーナーシェフにするならば、ボクがそのお店の顧問弁護士になること。いいね?」
「は?何を言って、」
「でなければ。この話は無かったことにしよう」
「ちょ!?リドルさん!?何を勝手なことを!?」
「そもそも。このシャルロットだって、彼女がボクのために作ったものだよ」
ね?と同意を求めるようにリドル先輩が私を見る。リドル先輩がアズール先輩に突きつけた条件とやらに、あまりにも突然の話で私はただ瞬きを繰り返すことしかできなかった。
一方、無言で切り分けたシャルロットを口に頬張っていたグリムは、大層顔を顰めたままだ。
「甘いんだゾ、これ」
ぼそっと呟いたグリムの言葉に私は、そんなに甘くした覚えないんだけど。と、場違いにもビスキュイの中に詰めたババロアのことを思った。
2023.06.17
甘い○○|女監督生受け版ワンドロワンライ