Bookso beautiful yet terrific.

 だだっ広い大広間の上座と下座に私達はいた。上様と呼ばれる兄上は静かに高座に座している。一方私は兄上が座る場所から少し離れたやや下座側に座る。それよりも遥か先の家臣達が座る一番下座に迷彩柄が目立つ貴銃士と葛城がいた。
 時計の針がかちりと午後0時を過ぎた。自衛軍の定例報告会をようやく終えると私達はいつも一番最後に大広間を出た。

「おいお嬢様、何処に行く気だよ?」

私を呼ぶ彼は私を咎めることはなく後ろをついてくる。私は少し首を傾げて考えてから口を開いた。

「お茶の水へ味噌チャーシュー麺を食べに行こうかと」

「お稽古ごとはどうするんだよ?さぼれば上様が泣くぞ」

舞に琴に薙刀に読み書きに。覚えることがたくさんある。今日も今日とて公務の他にお稽古ごと漬けの時間にうんざりする。

「八九もどうです?」

「仕事さぼってお茶の水まで行ったら葛城が泣くわ。それに、邑田と在坂もうるせーし」

その葛城なら先程自衛軍の上官に呼ばれて行ってしまったのを知っている。おかげさまで、葛城の貴銃士である彼は手持ち無沙汰になって私の元へやって来た。

「あら。でしたら、邑田と在坂も連れて行きましょう。葛城には兄上から適当に言伝を頼んでおけばいいですわ」

「あんた正気か?」

思わずふふふと笑いながら振り向くと元世界帝軍の貴銃士はそれはそれは困ったように顔を歪めていた。私の一歩後ろに控えては、がしがしと頭を掻いている。

「お嬢様には困ったものだな。仕方ねえ、護衛ついでに行ってやるか。だけど、あいつらはめんどくさいから連れてかねえよ」

あいつらとは彼の二挺の先輩銃のことだ。今度は彼が一歩踏み出し辺りを警戒しながら私の前を歩く。私はその後ろを着物の裾を踏まないように気をつけながら足早に追いかけたのだった。


 かちりと教室の時計が午後0時を示した。そろそろ午前中の授業が全て終了する。私は黒板を眺めながらお昼は何を食べようかと悩んだ。たまには日本の味噌ラーメンが恋しくなる。味噌に漬けたチャーシューを炙ったものをそこに乗せたい。ついで言えば味付け玉子も欲しいですわ。
 ぼんやりと故郷の味を思い出しているとようやく授業終了の鐘が鳴った。クラスメイト達が口々に何を食べようか話しながら食堂へ向かう。私も流れに逆らわず同じ場所へ足を運んだ。
 食堂に到着し、入口にある本日のお勧めメニューを眺める。今日のお勧めはドイツのヴルストの盛り合わせらしい。私は眉を寄せながらお勧めメニューの隣にある通常メニューへ視線を向けた。世界連合軍の士官学校だけあって色々な国のメニューがある。いくつか日本料理もあった。私はこの学校に入学してからもう何回目になるか分からない鯖の味噌煮定食を選び、注文するカウンターへ足を向けた。
 受け取った定食を手に食堂の外にあるテラス席へ向かった。この場所は一旦食堂の外へ出ないといけないのであまり人気がないらしい。テラス席に座ると少し離れた先に花壇があるので私はわりと気に入っている。木製のテラス席にお盆に乗せた純和風の鯖の味噌煮定食があまり合わないなあと相変わらず思う。仕方がないのだ。だって、そもそもここは日本ではない。
 いただきますと両手を合わせてから持参したお箸を箸箱から取り出す。輪島塗と呼ばれる漆食器はよく手に馴染む。朱色に塗られたお箸に金で桜の模様が描かれている。箸箱には外側は黒く、中は朱色を色付けてあった。これは私が士官学校へ入学する際に、兄上が私に贈った物だ。
 慣れ親しんだお箸で鯖の味噌煮を摘み口に入れる。やっぱり、何かが違う。おいしいんだけど、味付けがしっくりこないなあと思った。そのおかげで、遠く離れた島国に思いを馳せる。兄上は元気かしらと頭の中に姿を浮かべた時だった。

「お。お嬢様じゃん。うーっす」

私に気がついた士官学校の制服を着た見知った貴銃士が同じくテラス席へお盆を手にやってきた。彼は私に断りもなく向かい側の席に座る。お盆に乗せられていたのは私が授業中に焦がれた味噌ラーメンだ。

「ここの味噌ラーメンって、」

「知ってる。言うな」

私が顔を顰めると彼が首を緩く横に振った。彼は丁寧に手を合わせていただきますと溢す。それから持参した木で作られた割り箸をぱきんと割り、味噌ラーメンを啜った。

「やっぱダメかあ」

彼がげんなりとした表情を浮かべた。思わず私は苦笑いを浮かべる。再びお箸を動かした私は今度は真っ白いご飯を口に入れた。

「コシヒカリが恋しくなりますね」

率直な感想を述べる。彼は心底がっかりした様子で味噌ラーメンのスープを飲んだ。銀色のスプーンを使って。

「今日こそは味が変わってるだろと期待してるけど、所詮日本人が作ったわけじゃないからなんか違うんだよな。つーか、ラーメンにスプーンって何だよ。普通、レンゲだろ」

最近はイギリスでも日本料理が食べられると銘を打つお店が増えている。残念ながら出されている料理は鮪のお寿司ではなく牛のヒレ肉を使ったカルパッチョを酢飯の上に乗せたものを本場のお寿司と呼んでいたわけだが。

「仕方ないですよ。だいたい、ここは日本ではありませんし。日本で食べるパスタだって本場のイタリア人には歯応えが柔らかくて首を傾げるものがあるらしいですしね」

「分かってはいるんだけどさあ」

ずずずと音を立てて彼が麺を啜った。私も味噌汁の入ったお碗に口をつける。滑らかな磁気食器に入った味噌汁に首を傾げたくなるが、我慢しよう。木のお椀が恋しい。ホームシックになりそう。

「うちのマスターが日本は独特の文化だから驚くことばかりだって言ってたな。カップラーメンを俺が割り箸で啜ってるのを見たマスターがぎょっとするからこっちが申し訳なくなったわ」

彼の今のマスターはイギリス人だ。異文化交流もなかなかおもしろいものがある。当の彼は文化の違いに日々真剣に悩んでいるらしいが。

「一層のこと兄上に頼んでここの食堂に日本の料理人を派遣してもらいましょうか。材料も日本から取り寄せましょう。どうです?名案だと思いませんか?」

「上様と大臣達が色んな意味で泣くからやめたげて」

「冗談ですよ」

ふふふと笑うと彼の眉間に深く皺が寄った。その瞳には本気だっただろと言いたげだ。いくら兄でも一国の将軍を捕まえてわがままは言えない。いや、わがままを言ったから将軍家の人間である私が世界連合軍配下の士官学校に入学できたわけではあるが。あの時の兄上、反対を押し切って私が勝手に士官学校入学の手続きしちゃったからめっちゃくちゃ怒ってたなあ。

「お嬢様には手を焼くから大変だな。うちの上様は」

はあと大きな溜息を吐いた彼は残りの味噌ラーメンを食べ切った。最後に、ボーンチャイナで作られたどんぶりもどきに口をつけて味噌ラーメンのスープを飲み切る。良い食べっぷりだと思いながら私も鯖の味噌煮定食を完食し、使ったお箸を箸箱に戻した。ごちそうさまでした、二人揃って手を合わせる。お互いに空になった食器を乗せたお盆を手に席を立ち、テラス席から食堂へ戻った時だった。

「あ、八九」

 ふと、彼に気がついた上級生の士官候補生がこちらを見た。彼は軽いノリで挨拶する。私も彼の隣で会釈と挨拶した。この士官候補生は彼を始めとする貴銃士達を従えるマスターだ。私も、まだ士官学校に入学する前に日本で会ったことがある。ほっとんど面識ないけど。
 マスターは私のことをじっと見た。鼻筋の通った綺麗な顔立ちの人だ。あんまり見られると少し落ち着かない。

「八九のこと、よろしくね」

私に向かってにこやかに言ったマスターは次に彼を見る。にやりと口角を上げた。それからひらひらと手を振ってからマスターは行ってしまう。その背中を眺めながら彼は深々と溜息を吐いた。

「あの人、最近ジョージに似てきたな。まったく。余計なお世話だよ」

心底不満だと言いたげな顔で嘆く彼に対して思わず首を傾げる。すると、私の様子に気がついた彼は慌てて言葉をかけてくれた。

「悪いな。お嬢様には分からない話して。いや、その、嫌味とかじゃなくてさ。あんたの知らない話をする俺って配慮が足りないというか」

必死に言葉を探す彼に私は首を緩く横に振った。彼が私に悪意あって言ったことではないことは分かっている。

「いいですよ、お話しても。私の知っている貴銃士はあなたとあの方と、邑田さんと在坂さんだけですから、あまり気の利いた返事はできないと思いますが」

「なんか気を遣わせて悪いな。ここで自衛軍の頃から知ってるの、あんただけだから。つい、気が緩んで。あ、邑田と在坂は論外で」

照れたように彼がぼそぼと言うので私は思わず頬を緩ませる。私は彼に食器を片付けに行こうと促してから一歩先を歩いた。

「あ、」

彼が私の背中に向かって声を上げる。何事かと思って振り向くと彼は少しの間だけ視線を彷徨わせた。

「いや、その、」

彷徨わせた視線が今度は私を見る。何度か口を開けたり閉めたりを繰り返すが、きゅっと覚悟を決めたように言葉を発した。

「あんたもさ、俺の前だけでもいいから素に戻ってくれよな。じゃないと、自分と違う自分ってのは、疲れるし」

思わずぱちくりと私は瞬きした。彼の言うあの頃の私を思い浮かべる。つい、苦笑いが出た。

「八九さんの趣味って変わってますね」

「いや、ちげーし」

「ふふふ。冗談ですよ」

 士官学校に入学する前は私の方が彼より立場が上だった。あの桜國泰澄の歳の離れた妹、将来的には私が将軍職を継ぐと言われていたほどだ。彼の前マスターの役職も関係し、私はいつも彼の一歩前を歩いていた。しかし、今は、アウトレイジャーやトルレ・シャフに太刀打ちできる唯一無二の存在である貴銃士は世界中で憧憬の存在である。謂わば、神格化だ。半鎖国状態の狭い島国で育った私には分からなかったが、彼を始め邑田と在坂も私なんかよりもずっと上の存在だった。いくら、幕府配下の自衛軍に所属していたとしても、彼等は貴銃士なのだから。
 彼は元世界帝軍の貴銃士だった存在だから士官学校に来てからはあれこれ言われている。しかし、この貴銃士の心はとても優しいのだ。相手を気遣えるほどに。

「八九」

ぴくりと彼の肩が震える。私はぐっと唇の端を上げて笑ってみせた。

「食後のデザートに浅草にある老舗の和菓子屋さんの栗羊羹が食べたいですわ」

彼の表情が和らいだ。一歩進んだ彼は私の持つお盆を奪っていく。

「無茶言うなよ、お嬢様。とりあえず、俺の部屋にどら焼きがあるから、それで我慢してくれ。邑田からくすねた貴重な玉露もつけっから」

「仕方がないですわね。それで手打ちにしましょう」

「そうそう。あんたは、そのままがいい」

二つのお盆を持った彼が返却口へ向かってスタスタと歩いていく。私は彼の後ろを追いかけた。
 私達の関係は、異国の土地でも変わらない。ナイフとフォークよりお箸の方がしっくり手に馴染むように。彼が私をお嬢様扱いしてくれる間は、それに甘えようと思った。

2022.08.23
時間[pm 00:00]|題名様