
Bookso beautiful yet terrific.
身体が鈍く怠い。これは風邪を引いたなあと思いながら私は士官学校へ帰路を急ぐ。
本日は任務というわけではない。イギリスに来国中のベルギーからの客人に挨拶をするだけだった。ファルとミカエルとカトラリーには、久々の前マスターとの再会を楽しんでもらおうと客人が滞在するホテルに残し、私だけ一足早く士官学校へ戻ることにした。
すっかり暗くなった夜道を街中の灯りを頼りに進んでいく。しかし、身体は正直で、段々と冷や汗をかいてくるようになった。流石につらくなってきた私は適当に路地裏に入り、壁に背を預ける。この鈍い怠さを全て吐き出すように深く長い息を吐いた時だった。
「あら。偶然ね」
突然音もなく現れた人物に私はぼんやりとした視界のままそちらを見る。私の正面に立ったガスマスクをつけた貴銃士は声だけで笑ってみせた。
「連合軍の子犬ちゃんをこんな所であっさりと見つけちゃうだなんて。神様の悪戯にも困ったものね」
ちっとも困ってなさそうな声色に私は顔を顰める。仕方なく、怠い身体を壁から起こして目の前にいるトルレ・シャフの貴銃士であるエフに対峙した。
「それで。丸腰の私に襲いかかってくる気?」
「それもいいわね。アンタに何かあったと知った、感動の再会中のファルちゃん達の歪む表情を想像するとゾクゾクしちゃう」
そう言うわりには、エフの声が若干沈んだ。ファルはエフの兄銃だったと旧世界帝軍時代の記録に残されている。エフにも、何か思うところがあるのかもしれない。ライク・ツーがそうであるように。
不意に、エフが自らの手をガスマスクにやり、それを外して素顔を晒した。エフの突拍子のない行動に、私はますます顔を顰めていく。そんな私なんぞお構いなしに、エフは外したガスマスクを服の何処かに丁寧に引っかけてから空いた手を私に伸ばした。
私の頬に、冷んやりとした手が当てられる。体調不良のせいで動くのが遅れた私に、エフそのまま自らの額を私の額に当てた。至近距離で、エフの綺麗な顔が歪むのが分かる。エフは小さく息を吐いてからすっと私から離れた。
「アンタ。熱があるじゃない。その身体で士官学校へ戻る気?」
「あなたに関係ない」
「そうよ。関係ないわ。でも、ファルちゃん達はそうもいかないでしょうね」
再び、エフが深い息を吐く。エフは自らの銃を背中に背負い、それから空いた両手をすぐに私の背中と膝裏に回して抱きかかえた。
「え。何して、」
「あら。本当に動きが鈍いわね。これじゃあアタシ達のところへ連れ去られても文句言えないわよ」
返す言葉もないので、私はぐっと唇を噛む。あからさまに悔しそうにする私の顔を覗き見たエフが、弾んだ声で笑った。
「今日だけは見逃してあげる。病人に手を出すほど落ちぶれちゃいないもの」
クスクスと笑うエフの声があまりにも優しくて、私の頭がくらくらする。それは熱のせいなのか、初めてされたお姫様抱っこのせいなのか、理由は分からない。
エフは、周囲を確認してから薄暗い路地裏を歩き始めたのだった。エフを信じたわけではないのに、その行き先が士官学校だと私は確信している。
2023.06.17