
Bookso beautiful yet terrific.
ある日の放課後。ハンドミキサーで卵白を泡立ててメレンゲを作っていると、オンボロ寮の玄関から呼び鈴が鳴った。呼び鈴が鳴るということは、グリムが帰宅したわけではなく客人が来たのだろう。
私の代わりにゴースト達が応対してくれるのを分かっているので、私は特に作業する手を止めずにメレンゲに卵黄や砂糖を始めとした材料を加えて混ぜる。そして生地を型に流し込んだところで、呼び鈴を鳴らした張本人であるリドル先輩が厨房に顔を出した。
「お邪魔するよ。キミが今作業中だとゴースト達に聞いた。ボクも手伝おう」
「ありがとうございます。でも、もう焼くだけですので大丈夫ですよ」
リドル先輩に返しながら私は予熱しておいたオーブンに生地を流した型を入れ、スタートボタンを押す。リドル先輩は私の隣にやって来ては作動するオーブンを眺めた。
「今日は何を作っているんだい?」
「カステラです」
「そっか。食べるのが楽しみだよ」
リドル先輩を見ると、リドル先輩が頬を緩ませてオーブンを眺めている。その表情は、トレイ先輩が作った苺のタルトを目の前にした時と同じものだった。
私は作業台の上に散らばったボールやハンドミキサーなどを手に取ってから流し台に置き、後片付けを始める。
「先に談話室に行っててもらえますか?私もすぐに行きますので」
使い終わった食器などを洗いながらリドル先輩に声をかけるけれど、リドル先輩は私のやることを既に察知しているらしく、厨房にもう一つある流し台できちんと手を洗ってきたリドル先輩は洗い物をする私の側に来ては洗い終わった食器を布巾で拭いては食器棚へしまい始めた。
「片付けが終わってからでいいよ。それからおやつの時間にしようか」
「あ。それなら、冷蔵庫の中にレアチーズケーキを冷やしてあるんです」
「ボクも紅茶の茶葉を持ってきたところなんだ。ケーキの共にちょうどいいね」
「楽しみです」
つい、2人で顔を見合わせて笑う。そして、私達は手早く片付けを済ませてからティーセットを持って談話室に向かった。
2人揃って談話室のソファに並んで座り、テレビをつける。テーブルの上には2人分の切り分けたレアチーズケーキを乗せたお皿とあたたかい紅茶を淹れたカップがある。お互いに、いただきますと言ってからそれぞれ紅茶やケーキを口に運ぶ。おいしいと顔を綻ばせるタイミングは偶然にも同じだった。
「リドル先輩に用意していただいた紅茶、すっごくいい匂いです」
「キミの作ったレアチーズケーキも凄くおいしいよ。おかわりが欲しくなる」
「あ。おかわりは、」
リドル先輩からの言葉に、私はリドル先輩の顔が見られなくなる。冷蔵庫の中に残っているレアチーズケーキはグリムの分だけだった。余りは、無い。
しかし、リドル先輩は私の反応に構わず小さく笑う。それからなんてことないように言ってのけた。
「冗談だよ。確かに、おかわりしたくなるほどのおいしさには変わりないけどね。だけど、キミはもうたくさん作ることをしないから」
私が顔を上げると、私と目が合ったリドルがゆるゆると首を横に振る。それから手にしていたレアチーズケーキを乗せた皿をテーブルの上に戻したリドル先輩が私に向き直った。
「キミも気づいているはずだ。キミは以前のように料理をたくさん作ることをしなくなった。キミが作る量は、ボクとグリムと自分の分だけ」
私も紅茶の入ったカップをテーブルの上に戻してからリドル先輩に向き直る。改めて、居住まいを正したリドル先輩は眉を下げた。
「だからボクは、今日キミを訪ねて来たんだよ。キミに無理してボクの分を作らせることをしないために」
「無理だなんて!」
「だけど、」
リドル先輩の言葉が一度途切れる。少しだけ悩んだ素振りを見せてから、苦笑いを浮かべてみせた。
「キミが作るカステラを見つけてしまい、ボクの決意は呆気なく散ってしまったんだ。キミが作る料理を、ボクはこれから先も食べたいと思う。キミとのお食事仲間という関係を、まだまだ続けたいんだよ。こんな図々しいボクを、キミは笑ってくれるかい?」
私はふるふると首を横に振る。私は両手に拳をきゅっと握り、リドル先輩としっかりと目を合わせた。
「私の料理が誰かに喜んでもらえるのなら、本望です。リドル先輩が構わないのなら、私は、これから先もリドル先輩に食べてほしいです」
「アズールよりも?」
「え?アズール先輩?」
思わぬ名前がリドル先輩の口から出るので私は瞬きする。だけど、リドル先輩はすぐにゆるゆると首を横に振ってから柔らかく笑うだけだった。
「冗談だよ。キミはアズールと、将来モストロ・ラウンジチェーンのオーナーシェフになる約束をしていたから、ついね。勿論、キミのお店の顧問弁護士はこのボクが務めるけれど」
自信満々に、胸を張って宣言するリドル先輩に私も笑った。
「それならば。リドル先輩には尚更これからも私の作る料理を食べていただかないと」
「そうだね。これからもキミの料理を楽しみにしているよ」
「はい。いっぱい作ります」
「作りすぎはキミの負担になるからやめること。いいね?」
リドル先輩からの指摘に私が頷くと、リドル先輩はよろしいと笑う。
そして、リドル先輩は私に右手を差し出したのだった。
「これからも、よろしく」
私はリドル先輩の右手に自分の右手を重ねる。お互いに、きゅっと優しく握った。
「こちらこそ。よろしくお願いいたします」
こうして、私とリドル先輩は未来に向かって一緒に歩き始めたのだった。
砂糖を加えたメレンゲの泡が強度を増すように、私とリドル先輩の絆もそう簡単には壊れないことを、私は信じている。
2023.07.01
泡|女監督生受け版ワンドロワンライ