
Bookso beautiful yet terrific.
ある日のこと。移動教室に向かっている途中で頭を抱えてしゃがみ込む男子生徒を見つけた。
「くっそー!!!!!いってえ!!!」
「あ、あの!」
しゃがみ込む男子生徒の側に行き、目線を合わせるように私もしゃがむと、相手が疲れ切った表情を浮かべて私を見る。この男子生徒とは何回かお会いしたことがあった。確か、2年生だ。
「大丈夫、ですか?」
私は男子生徒の頭の上に生えているイソギンチャクをじーっと見た。男子生徒の頭に生えるイソギンチャクは右へ左へぎゅうぎゅうと物凄い力で動き回っている。そのたびに、男子生徒が苦悶の声を再び上げていく。苦しそうに叫ぶ男子生徒に私はどうしようとおろおろしつつも、意を決してその場から立ち上がり、相手の頭の高さに合わせるように少しだけ屈んでからイソギンチャクに両手を伸ばしてみる。これ以上ぶんぶん動かないようにイソギンチャクを両手できゅっと握った。
「こんなことをしたって気休めにもならないですよね」
「ああ、いや。さっきよりは、マシかも」
男子生徒の言葉にホッとしつつも、いつまでもこのままというわけにはいかない。まずは、イソギンチャクを生やした張本人であるアズール先輩を探さないと。
「あの。私、アズール先輩を探して来ます。そのためにはイソギンチャクを離すことになりますが。もう少しだけ待っててください」
「いや。アズールはもういいよ」
「でも、」
「そのままイソギンチャクを押さえてもらった方がありがたいし」
思わぬ返事に私がぱちぱちと瞬きを繰り返すと、男子生徒がハハッと力無く笑った。
その直後、私の肩が後ろから伸びてきた手に引き寄せられ、私の手が男子生徒の頭の上のイソギンチャクを離してしまう。勢いで2、3歩下がった私の目の前にはアズール先輩の背中が現れた。
「彼女に何かご用ですか?」
「げっ!?アズール!!!」
「イソギンチャクを外したいのなら、モストロ・ラウンジでみっちりと真剣に働いてくださいね」
「ひ、卑怯だぞ!!!」
「卑怯?それは僕の台詞ですよ。契約した内容より多くを望んだあなたが悪いと思いますが?」
淡々と話すアズール先輩に対し、男子生徒がぐぬぬと呻き声を上げる。イソギンチャクがまた動き出したのか心配になった私はアズール先輩の背中越しに男子生徒の姿を確認した。
「大丈夫ですか?また痛みますか?」
「心配してくれて、」
私の問いかけに答えようとした男子生徒の頭の上でイソギンチャクがさらに激しくぶんぶんと動き出した。当然、男子生徒が激痛のあまりに叫び出す。それから思いっきりアズール先輩に向かって睨みつけた。
「覚えてろよ!!!!!この悪徳商人!!!!!」
「ええ。何とでもどうぞ」
男子生徒の暴言に声色を全く変えずに返すアズール先輩に、男子生徒がキーッと奇声を上げる。そして、頭の上で踊るイソギンチャクと共に勢いよく走ってその場からいなくなった。
残された私は、同じく残されたままのアズール先輩に声をかけた。
「あの方とは、どのような契約を結んだのですか?」
「悪徳商人とは人聞きの悪い。僕は、彼がある人物とお友達になりたいと仰っていたので願いを叶えるお手伝いをしただけです。ただ、彼は、お友達にもなっていないくせにその方に恋心を抱き始めた。流石にそれは高望みしすぎですよ。これは立派な契約違反です」
「あまりにも厳しすぎるような気がしますが」
うーんと首を捻る私に、アズール先輩がくるりと私に向き直る。それから私とじっと目を合わせてから、眼鏡の奥の瞳をスッと細めてみせた。
「男性には慣れましたか?」
「慣れた、とは?」
「先程の彼にはあなたから普通に近づいたのが気になりまして」
さらに、アズール先輩が一歩踏み込んで私に近づく。僅かな距離となった私と、アズール先輩が再び目を合わせては首を傾げた。
「僕が近づいても、あなたは驚かなくなりましたね」
「え?あー、確かに!言われてみればそうかもしれないです」
アズール先輩が私からスッと離れていく。
そして、眼鏡のフレームを指で直してから曖昧な表情を浮かべたのだった。
「これは。厄介なことになりましたねえ」
2023.07.16