
Bookso beautiful yet terrific.
いけないとは分かっていても、自分の世界での生活が忙しくて何日もデビルズパレスへ帰らなかった。それでも、ようやく一段落つき、何とか都合をつけて帰って来た私は屋敷の門の前で右往左往していた。
時刻は深夜。外からでも確認できるほど屋敷に灯る明かりがほとんど無い。だいたいの執事達は眠っている時間だろう。いっそのこと、明日の朝に出直そうかなあ。そう思いながら指輪を外そうとした時だった。
後ろから音もなく伸びてきた手が指輪を外そうとした私の手を掴む。驚いて振り向いた私を待っていたかのように相手は私の手を離し、今度は両手で私の両頬を包み、容赦なく引き寄せた。私が口を開くよりも先に優しさもなく塞がれた唇に私の目が見開いた。それでも、段々と酸欠になりそうで我に返った私は慌てて自分の両手で力いっぱいに彼の胸板を押す。しかし、執事の中でも強いと呼ばれる彼相手に、私に成す術が無いことを頭の何処かでは理解していた。
「お願い!やめて」
「嘘つき」
彼の息継ぎの合間の僅かに離れた隙を狙って抗議しても、彼には全くやめる気なんぞ無かった。嘘つきと呟いては私の唇を塞ぐその姿は、とても苦しそうに見えた気がする。
どれくらいそうしていたのだろう。彼にされるがまま唇を奪われ続け、抵抗する気力も無くなって私はぎゅうと目を瞑っては何とか息継ぎをするだけ。やがて、彼がすっと離れた気配がして私は恐る恐る目を開けた。私から一歩距離を置いて向き直った彼は、暗い空の下でも分かるほど悲しそうな表情を浮かべていた。
「こんなことを言って主様を困らせることは理解してる。だけど。主様は俺に、なるべく早く帰ると告げて、あの日デビルズパレスを去った」
その言葉に、私は視線を逸らした。彼に、バスティンに、最後に会った日。私は確かにそう言って自分の世界へ戻って行った。それからは忙しくて、デビルズパレスで待つ彼のことを気にする余裕がないまま、今に至る。
彼に嘘つきと呼ばれてもおかしくないほど私は彼に酷いことをした。何の弁明も無い。私にできることは、彼に謝ることだけだった。
「バスティン。ごめんなさい」
私は視線を彼に戻す。すると、彼は私の顔を真っ直ぐに見つめたままだった。
すっと、彼が私との距離を詰める。思わず、私が後退る。それよりも先に彼の右手が私に伸び、そのまま私の左手を取っては自らの唇を私の手に触れた。
「今回は許す」
そう言いながら、彼が掴んだ私の手を引っ張っては引き寄せる。瞬きする間も無く私に近づいた彼は、今度は私の額に口付け、次に頬、そしてまた唇を塞いだ。
「バスティン!もう、やめ、」
「やめない」
私の抗議なんか一切取り合わず、彼の口付けは続く。唇から離れても、首筋や瞼など至る所にキスを落とすのをやめなかった。
恥ずかしくて、ぎゅうと目を瞑るしかない私の耳に、不意に笑い声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、至近距離で目が合った彼は先程とは違って楽しそうだった。
「かわいい」
小さく呟いたかと思えば、再び彼の顔が近づいてくる。
「帰らなかった分、たくさんキスする。それで許そう」
それってどのくらいするつもりなの?と聞ける雰囲気でもなかった。
何故なら、彼の瞳の奥には、懇願する色を見せていたから。
2023.08.14