Bookso beautiful yet terrific.

 彼女のことを一言で表すのなら、お人好しだと思う。何故なら、異世界から文字通り身一つでやって来た彼女は本当に何も持っていなかった。
 だから僕は、何も持たない彼女を哀れに思っていた。本来なら年相応の女の子のように、愛らしい顔を化粧で着飾ってみたり、流行りのファッションに身を包んでみたり。あるいは、誰かに、恋をしたり。そんな当たり前のことができない彼女が、可哀想だった。
 僕の知る彼女は、学園長から与えられた限られた資産を使い、如何に有意義に使うかと頭を回転させる人だった。と言っても、彼女は前述したように根っからのお人好しである。何処ぞの獣人の先輩や妖精と人間のハーフの同級生が腹を空かせていようものならいとも簡単に自寮に招いて手料理を振る舞うし、マブ達が今月のお小遣いが足りないようなら自分の少ない資産から平気で貸してしまうのだ。挙げ句の果てには、自分が体調を崩したので使うはずだった医療費を同じく体調を崩してしまった同居の魔獣に迷わず使うのだから困った人だと思う。

「あなたはもう少し、ご自分を大切にしてはいかがですか?」

僕が何度彼女にそう言っても、彼女は自身の悲惨な現状を嘆くこともせず無邪気に笑っては必ずこう返してきた。

「お互い様ですから」

その言葉は僕が卒業するまで変わらなかった。
 彼女が哀れで仕方がなかった僕は、彼女の卒業後に手紙を送ることにした。
 ご自分の世界へは戻られましたか?そうでなければ、僕の元で共に働きませんか?大切な後輩であるあなたならば、いつでも歓迎しますよ。
 この手紙に対する彼女からの返事は、結論から言うとNOだった。
 今はまだ、自分で頑張ってみます。お気遣いありがとうございました。
 彼女からNOと返されれば、学園を卒業してもう彼女の先輩ではなくなった僕には何も言う権利は無かった。僕自身、まだ事業が不安定ではあったし、彼女を無理にでも手元に置いたところで彼女が幸せになれるか約束できない。ただ彼女を傷つける結果になるのなら、潔く引き下がるのが彼女のためだと思った。


 さて。彼女が学園を卒業して5年が経った。僕と彼女も20代半ば。僕はといえばジェイドとフロイドと共に立ち上げた事業が順調に進み、ようやく安定したと言えるようになった。今なら、彼女のことを迎えることができる。
 あれから、彼女は一体どうなったのだろうか。まだ苦労しているのではないか、つらい思いをしていないだろうかと、僕はずっと気がかりだった。
 彼女を迎える準備ができた僕は、いよいよ彼女に連絡を取りたいがために学園に顔を出すことにした。

「あの。久々に彼女にお会いしたいのですが。彼女、今はどちらにいらっしゃいますか?」

 僕の問いに、学園長は首を傾げ、彼女の担任だったクルーウェル先生も目を丸くする。そして、その場に居合わせたよく知る教師達も揃って顔を見合わせた。

「個人情報ですので詳しくは言えませんが。彼女、今は賢者の島内で立派に就職しましたよ。たまに学園に顔を出してくれますが、とてもお元気そうです」

学園長から聞いた彼女の近況は、それだけだった。のらりくらりとかわす学園長ではあるが、彼女のことは娘同然のようにかわいがっていたのでおそらく嘘は話さないはずだ。その証拠に、学園長は僕達が在学中の時から周りに公言していたのだから。監督生さんに近づく悪い虫は叩き潰しますよ、と。


 当然のように、かわいい娘の身を案じる学園長からは有益な情報は入らなかった。勿論、こちらとの一切の交渉にも応じないのだから困ったものだ。それはクルーウェル先生を始めとした良く知る教師達も同じだった。
 そうと決まれば、彼女の居場所を探す方法は限られている。1番確率が高い方法は昔同じボードゲーム部のよしみであるかつての先輩に頼ることである。
 物凄く久々に連絡を取っては彼女の居場所を調べてほしい旨を話す僕に対し、イデアさんから返されたのはこれだった。

「え?今頃監督生氏の居場所探してるの?もしかしてあれ?初恋を拗らせちゃって何も言えずかっこつけて卒業したはいいけれど未だに引きずって未練たらたらのままの自分に酔ってる人ってこと?それ、監督生氏からしたらめちゃくちゃ迷惑な話では?というか、一歩どころか百歩譲ったとしても確実にその粘着性に監督生氏が引く話ですな」

ぶん殴ってもいい返しだと思う。思う前にぶん殴ってやりましたけど。初恋拗らせてかっこつけて卒業して悪かったな。


 イデアさんからの情報によると、彼女は賢者の島内にある町役場で公務員として勤務しているらしい。自宅は職場の側にある賃貸住宅に住み、貯金と投資でコツコツ増やした資産を使い、趣味は旅行とドライブと思われる。
 僕はイデアさんの情報を頼りに、彼女が仕事が終わる時間に合わせて彼女の職場の駐車場で待ち伏せた。職場から出てきた彼女は颯爽と歩き、鮮やかな黄色い車に乗り込んでサングラスをかける。その姿は、あきらかに学生時代より充実しているように思えた。
 綺麗になった彼女が生き生きしている姿につい見惚れてしまいましたが、僕はハッと我に返っては慌てて彼女の車に近づいた。それから、ドキドキしている内心を悟られないように必死で平常心を繕いながら彼女の車の窓を軽くノックした。物音に気づいた彼女が、エンジンがあたたまるまでスマホを眺めていたらしくそちらから顔を上げて僕を見る。サングラス越しでも、突然現れた同僚以外の男の存在に怪訝な顔をしているのが分かった。しかし、一拍置き、ようやく僕の存在を認識した彼女は、ああと納得したように頷いては、サングラスを外してからパワーウィンドウを動かした。

「アズール先輩、ですよね?お久しぶりです」

顔立ちは大人の女性なのに、くしゃりと無邪気に笑う姿は学生時代のままだった。
 僕は、丁寧に挨拶を返した。二言、三言、世間話をして、今日はあまりぐいぐいといかず引き下がる。また後日、ゆっくり話す口実を作るために。

「これ、僕の名刺です。またいつでも、ご連絡ください。ぜひ、お待ちしておりますね」

そうして、今すぐ押しつけたくなる気持ちを抑えてあくまでもスマートに彼女に名刺を渡す。彼女は名刺を受け取っては、何気なく後ろを見た。
 Give me a ring.
 お人好しの彼女なら、その文言と共に記載された学生時代から変わらない僕の携帯番号に必ずかけてくれるだろうと信じている。

2024.05.26
RING|女監督生受け版ワンドロワンライ