
Bookso beautiful yet terrific.
一つ、一つ、忘れ物が無いか確認した。と言っても、この世界に来た時に持ち込んだ物など無い。強いて言えば、偽物の真珠もどきと翡翠もどきで作られた髪飾りだろうか。唯一の元の世界との繋がりであるこれがあったから、私は今日まで生きて来れた。
壁から床まで丁寧に磨き上げてワックスまでかけたオンボロ寮を出て、私は閉じた扉の前で一礼する。
「ありがとうございました。お世話になりました」
誰も聞いてないけれど、最後に言おうと決めていた。
誰もいない学園の敷地を簡素の荷物だけ持って歩いた。今日は麓の街でイベントが行われているため、同島内の学園の生徒であるナイトレイブンカレッジ生も駆り出されており学園内には誰もいなかった。
だから、今日、私が元の世界へ帰ることはみんな知らない。一部の学園関係者を除いては。
一歩、一歩、踏みしめながら学園で過ごしてきた日々に思いを馳せた。突然ツイステッドワンダーランドにやって来て、寂しさと悲しさでいっぱいだった。でも、嫌な思い出だけではない。友達もいっぱいできた。ただ、毎日が楽しかった。だから私は、この世界で出会った友達と悲しくさよならをしたくないので、誰にも別れを告げないという結論を選択した。
すっかり慣れた通学路を通り、過ごしてきた校舎の中へ入り、ようやく鏡の間へやって来た。闇の鏡の前に迷いなく立った私は、簡素の荷物の中から学園長に渡された古文書を取り出した。そして、詠唱すると、瞬く間に古文書が私の手の中から消えた。荷物が、最初にやって来た時と同じように、偽物の真珠もどきと翡翠もどきで作られた髪飾りだけになった。
私は目を閉じてから闇の鏡に向かって両手を伸ばした。これで全てが終わり、元通りになる。そう思いながら。
突然、後ろから長い腕に抱きしめられたせいで私は目を開けた。ふんわりと甘さを含んだ果実酒みたいな香りと、パラパラと私の頭の上に落ちてくるさらさらした髪に私は言葉を失った。
「帰るのか?」
入学式の時からずっと今日まで聞いてきた恩師の声に、私の肩が跳ねた。何故なら、クルーウェル先生もまた麓の街のイベントに駆り出されていて学園にいるはずなかったのだから。
「先生?」
つい、驚きが勝って意味もなく問いかけた。だけど、私の反応なんぞ気にせず、クルーウェル先生は間髪入れずに言ってのけた。
「行くな。仔犬」
息を呑んだ。何故、恩師に引き止められるのか理由が分からない。ただ、考えられるとしたら、クルーウェル先生の教え子の1人としてナイトレイブンカレッジを卒業できないという勿体無さからだろうか。
私は、申し訳なさで震える唇を何とか動かした。
「みんなと一緒に、卒業できなくてごめんなさい」
「それで俺が許すと思うか?」
「許してくれないと思います」
「なら、今すぐハウスだ」
「元の世界へハウスはします」
「飼い主の手を噛むつもりか?」
私を抱きしめる手にさらに力が加わった。僅かに、クルーウェル先生の手が小刻みに震えている。私はそれに気がつかないふりをして、そっとクルーウェル先生の手を解いた。
「クルーウェル先生、」
ありがとうございました。そう口を開こうとして振り向いた瞬間、世界の時が止まった。比喩ではなく、確かに周りの景色が止まったのだ。光を発した闇の鏡も、私の髪から滑り落ちた偽物の真珠もどきと翡翠もどきの髪飾りも。唯一動くのは、私とクルーウェル先生だけだった。
時が止まった世界で、唯一動いたクルーウェル先生は私の手を強引に取って、ニヤリと微笑んだ。
「俺の仔犬だ。一度首輪をつけた仔犬を、俺はそう簡単に手放しはしない」
果実酒のような甘い香りが鼻を掠める。私は背筋に冷たいものが伝うのを感じながらも、瞼が落ちるのを止められなかった。
2024.06.30
メロウ|女監督生受け版ワンドロワンライ