
Bookso beautiful yet terrific.
オルトの夢というやつを叶えた。オルトの口元にあるマスク型の部品はオルト自身で自由に取り外せるようになったし、どんなギアにしてもヒトみたいな裸とやらにできるようにした。兄としては複雑だけど。とりあえず成長した身体と経口摂取機能については待ってもらっている。というか、オルトは今のままがかわいいし。さて、我が弟を言わばダッチワイフに作り替えてしまったわけだが、当の本人は大層大喜びして完成した途端に僕の部屋からバビューンといなくなった。もうこの先は知らない。今頃秒でオンボロ寮に辿り着いたオルトは例の恋人とやらとおっ始めるのだろう。ビジュアル的には近所の女子高生とそれを慕う小学生の男の子が裸で絡むというマニアが喜びそうなものだけど。兄ちゃんの目から涙が止まらないよ、うん。
というのが昨日の朝の話。そして翌日の今日、放課後になった今、僕の寮室に口を引き結んだ彼女が乗り込んできた。捲し立てるわけではないが、無言の圧力が凄い怖い。ヒッと喉の奥を何度も鳴らしながら僕は部屋に彼女を招き入れるはめになった。
「オルトくんの夢、叶えてあげたんですね」
「あ、ああ、うん。ま、まだ途中だけど」
残念ながらこの原因を作っただろうオルトはいない。確かオルトは放課後になった瞬間、彼女を探しにオンボロ寮へ向かったはずだ。その隙に、彼女はやって来たのだろう。
「セックスもできると、オルトくんに言われました」
腕を組んだ彼女の大きな目がスッと細められた。襟首でリボン状に結んだタイが彼女の動きに合わせて揺れる。そのせいで、彼女と似ても似つかないリドル氏の姿と重なった。
「ロボットと身体を重ねるのがそんなに嫌だった?」
棘のある言い方で言葉がすんなりと出た。彼女が良い子だって僕も知っている。オルトがヒューマノイドでも構わず愛してくれているのも知っている。それでも、人間誰しも譲れない一線があるだろう。だって、彼女にしたら意思を持ったダッチワイフに身体を委ねることになるのだから。
「イデア先輩」
彼女の瞼が閉じる。長い睫毛が僅かに震える。これは言葉を探している時の表情だってオルトから何度も聞いた。そりゃあ嫌だよねと思いながら彼女の続きを待つ。だいたい僕だって好きでかわいい弟をダッチワイフに作り変えたわけではない。オルトが再三に頼んでくるからやるはめになっただけで僕の意思ではない。というか、作り始めないとゲームの邪魔はされるし作業が進んでいないのがバレた時にはこらしめビームとやらで僕の部屋はおろか寮の談話室果てはイグニハイド寮全体を破壊しようとするのでやるしかなかった。僕のためにもイグニハイド寮生のためにも。
「相手がオルトくんだからロボットでも気になりません。そんなことより、」
彼女の口から綺麗事が出る。恋や愛の前ではヒトとロボットなんて関係ない、と言いたいのだろう。
「所構わず盛ってくるのが問題なんです!!!」
え?と思いながら僕は彼女を凝視した。一方彼女は腕を組んだまま顔を赤くしてウギギギってなっている。所謂、ウギっている。いやいやいや、リドル氏そっくりの反応はさておき、僕は今、とんでもない事実を聞いた気がした。
「は?え?綺麗事言ってるだけ?草?ふぁ!?」
「頭の中をバグらせて現実逃避するのはやめていただきたい」
彼女の右手が言葉を発するのと同時に右下に向かって払うように動いた。あれ?おかしいな?リドル氏が見える。僕のかわいい弟はリドル氏とお付き合いしてたのかな?あれれれれ???
「もう!イデア先輩!真剣に私の話を聞いてください!」
普段大きな声をあげない彼女が物凄く切迫詰まった顔をして僕を見つめた。若干涙目になっているところにこんな顔もするんだと思う。いやいやいや!弟の恋人ですぞ!?拙者リアルで略奪愛は守備範囲外です!!!
「とりあえず落ちつこうよ。話、ちゃんと聞くから」
「やたらと保健室に誘われたり人通りの少ない暗い廊下に押し込まれたり空き教室に閉じ込められたり中庭の木々の奥の茂みで押し倒されてどうやって落ちつけばいいんですか!?」
一息に言った彼女はその場にへなへなと座り込み、両手で顔を覆った。色白の耳は赤く染まっている。これ、事実じゃん。頭の中が真っ白になりたいがそれよりもまずは兄としてやらねばならないことがあった。
「弟の発情期のせいで多大なるご迷惑をおかけして申し訳ございませんでしたあああ!!!」
床に頭を勢いよく打ちつけながらその場に土下座した。もはやヒトとロボットとかのレベルの話ではない。盛りに盛った発情期の肉食動物と何も知らないかわいい草食系飼育員の攻防戦である。
「まさか、昨日の朝からそんな感じ?」
「おかげさまで夜も眠れませんし学校にいても気が抜けないです」
「ほんっと申し訳ない!!!」
土下座したまま考え込む。だいたいオルトはどうして場所も考えずあっちこっちでやってやろう状態になっているのだろう。あ、と思って顔を上げる。それに気づいた彼女も瞳の奥を潤ませながら僕を見た。僕はそのまま彼女から視線を外してベッドの下の方を見る。彼女も僕の視線を辿るようにベッドの下を見た。
「見えた?」
「はい」
「表紙も?」
「陰キャ童貞の僕を巡って美少女達が学園で乱れに乱れまくる狂い咲く興奮の嵐がやってきた件について。だそうですね」
「あの、本当にごめんなさい」
「私は乱れたくありませんし狂い咲きません」
すっと彼女の視線がベッドの下から外された。一方僕は過激な内容のえっちな漫画の表紙から目が離せない。いや、離せるわけがない。絶対、オルトの行動はこの漫画のせいだ。
「とにかく」
彼女がはあと溜息を吐いた。額に手を当てながら僕を見る。僕もえっちな漫画から彼女に視線をやった。
「しばらく、オンボロ寮に帰りません」
「え?何処に行くの?」
「ハーツラビュル寮でお世話になります」
「何その夫の強すぎる性欲に耐えきれなくなった妻が実家に帰るみたいな話」
「本気ですので」
にこりと彼女が微笑んだ。思わず僕の喉の奥がひゅっと鳴る。僕に構わず彼女は笑顔のまま続けた。
「リドル先輩からも言われているんです。つらくなったらいつでも帰っておいで、ボクはずっと君の味方だよ。とね」
「リドル氏それって嫁に出る娘を見送る実家のお父さんじゃん草」
「トレイ先輩も心配してくださって、オルトと仲良くやってるか?困ったことがあったらいつでも言ってくれ。って言ってくれました」
「そっちがお母さんじゃん。というか、ハーツラビュル寮が名前氏の実家と化してて草生えまくる」
そんな僕のツッコミを気にせず彼女はすっとその場から立ち上がり、部屋の扉に手をかけようとする。それに気づいた僕はハッとして慌てて彼女を引き止めた。
「分かった!分かったって!僕達が悪かった!だからハーツラビュル寮に行くのはちょっと待って!」
くるりと彼女が振り向いた。その表情には本当ですか?と言いたげだ。僕は瞬時に頭の中を巡らせる。この一件を解決するにはオルトの中の人工知能がどんどん発達していく性欲を何とかしなければならない。
「百歩譲って所構わずキスするのはいいですけど。いや、本当は嫌ですが。とにかく盛るのだけは何とかしてください」
「やっぱりもうされたのでござるな?」
「昨日の朝、オンボロ寮にいなかったからと私のクラスのHR直前にやってきてクラスメイトどころかクルーウェル先生の目の前でファーストキスを奪われました」
「まさかの公開プレイ!?」
「おまけに舌まで持っていかれるだなんて」
「しかもいきなりディープの方でござるか!?うちの弟がほんっとに申し訳ございませんでしたあああ!!!」
その時の場面を思い出したらしい彼女の睫毛が震える。彼女の表情に暗い影を落とした。
「私、初めてのキスは、満開に咲き誇るお花畑の中心でお互いに両手の指を絡めながら繋いでしたかったのに」
「ロマンチックすぎて草」
今時そんな発想の人間がいるのかと問いたい。というか、僕の中の彼女のイメージって、泥だらけのまま銃弾飛び交う戦地の中で愛を叫ぶ、しかない。生きて会おうぜ!って振り向いた勇ましい顔が最後だった、みたいな感じで。
「ついでに聞くけど、初めてせせせセックスするならどどどどういうシチュエーションですか!?」
「吃りながら聞いちゃうんですか?」
僕の小さな好奇心を拾った彼女はうーんと眉を寄せる。だけどすぐに目を閉じて両手で自らの頬を押さえながら恥ずかしそうに口にした。
「白いレースのカーテンが揺れる風に誘われるように窓の向こうを見ると満天の星空が広がる美しい夜景があって、それを見つめていると後ろから優しく抱きしめてくれるんです。それを合図に真っ白なシーツに二人で寝転んで見つめあってから」
「拙者が悪かったから!!!もう十分です!!!」
普段つーんとした態度のくせに頭の中が乙女チックすぎてびっくりです。そこで、ハタと気づく。
「これだ!」
声を上げる僕に彼女は眉を寄せる。僕は砂糖を吐き出しそうになるのを堪えながら彼女の両肩を掴んだ。
「名前氏の理想のキスとセックスをもう一度詳しく拙者に教えてくだされ!これをオルトの中にインプットする!!!」
その瞬間、彼女の背中にあった扉が開いた。そこには陰キャ揃いのイグニハイド寮生とは全く似つかないハーツラビュル寮生が立っていた。
「イデア先輩。話はエースとデュースから聞いています」
暴君の顔は既に赤く染まり、ウギギギギ状態だった。その後ろでケイト氏とトレイ氏が苦笑い。エース氏とデュース氏に至っては臨戦態勢である。
「これ以上イデア先輩の弟であろうと任せられません!名前はボクが連れて帰ります!いいですね?」
僕は思った。やべ、お父さん来ちゃったよ、と。こうして、彼女は実家へ連れ戻されたのだった。
僕は必死こいてパソコンのキーボードを叩いた。頭の中に浮かぶ赤い影がおわかりだね?と圧をかけてくるがとにかく頑張っている。そんなこんなで彼女が実家に連れ戻されてからしばらく時間が経ち、再び自室の扉が開く。今度は全ての原因を作った我が弟が肩を落としながら入ってきた。
「兄さん、どうしよう。オンボロ寮にも学園中探しても名前さんがいないんだ。何処に行ってしまったのかなあ」
「オルト、まずは自分の胸に手を当ててよく考えよう」
素直なオルトは自分の胸に手を当てて考える。うーんと瞼を閉じる姿をちらりと見つつ僕はひたすらキーボードを叩き続ける。すると、あ、と声を上げたオルトが目をぱちくりと開ける。やっと理解したかと思いながらもう一度オルトを見た時だった。
「学園中のセキュリティを破壊して名前さんの居場所を探せばいいのか!」
「良くない!!!」
僕は思わず声を荒げた。一方オルトはこてんと首を傾げている。か、かわいすぎる!弟がかわいくてつらい。じゃなくて、と頭を激しく振った。
「そういえば、オンボロ寮に行ったけどグリムさんもいなかったんだよねえ」
「そりゃあ、父親が娘と孫を連れ戻したからな」
「え?兄さん?なんて?」
困惑するオルトを尻目に彼女がここにいる間のハーツラビュル寮のセキュリティシステムをハッキングした。
そこには何故かグリム氏を抱えたルーク氏とヴィル氏がハーツラビュル寮の入口に立っていた。
「ちょっと、リドル。グリムが中庭で名前を探して迷子になってたわよ」
「ああ、すみません。今迎えに行くところだったんです。お二人とも、ありがとうございます」
「よかったね!ムシュー・毛むくじゃら!無事におうちに帰れたよ」
わーと涙目になったグリム氏が迷うことなくリドル氏の胸に飛び込む姿に何処からツッコミを入れればいいか分からない。だからハーツラビュル寮が彼女の実家扱いなのが草。
ふと、オルトが僕の側にやってきた。オルトはひたすら僕が作るコードをきょとんとしながら見つめた。
「兄さん、また何か発明してるの?」
「拙者達の未来のためにね」
再び頭の中にウギるリドル氏の姿がちらつく。娘に不埒なことをするならば首をはねる!!!と怒鳴る姿がまざまざと想像できた。想像上のリドル氏だけでも圧が凄いし怖いしやばい。
「そういえば兄さん、今日名前さんに会わなかった?」
「ななな!何故それを」
「だってこの部屋、というか兄さんの手から微量の名前さんの匂いの粒子が付着してるから」
我が弟、侮るなかれ。僕の背筋に冷や汗が伝う。そういえばとさっき勢いで彼女の肩に触ってしまったことを思い出した。
「兄ちゃん悪いことしてないよ」
「僕の名前さんに触ったんだ?へえー?」
キュイン。何か機械の音がした。え?これ振り向いたら寿命縮まるやつだよね。弟に怯えながら最後のコードを叩き、Enterキーを押す。すると、念願叶った彼女の夢が詰まったシチュエーションが完成した。
「お、オルト!できたよ!兄ちゃんやりましたぞ!」
そう言いながら既にパソコンと繋いでいたケーブルを掴みオルトに振り向く。オルトはこらしめビーム発射数秒前だった。僕は迷わずケーブルをオルトに繋ぐ。ぱちくりと瞬きしたオルトは動きが止まったのだった。
新しいデータをインストールしました。機械音声で紡ぐアナウンスが終わると、オルトがハッとした表情を浮かべて僕を見る。僕はパソコンの画面とオルトの様子から無事にインストール終了したことを確認し、オルトへ声をかけた。
「オルト?気分はどう?」
「そんなあ。名前さんは兄さんの漫画の中の美少女達と違ってあっちこっちでするのが嫌だっただなんて」
「すっごくショック受けてるところ悪いけど、大抵のヒトはみんなそうだと思うよ」
信じられないと言わんばかりの表情を浮かべるオルトに僕は別の意味でショックを受ける。弟が盛ってた原因が僕の漫画のせいだったとはつらい。
「僕!名前さんに謝らないと!」
「うんうん。そうしておいで。名前氏なら実家にいるから」
「ありがとう兄さん!ハーツラビュル寮まで行ってくるね!」
「だからハーツラビュル寮が名前氏の実家扱いで普通に通じちゃうの草」
オルトはるんるんと嬉しそうに扉に手をかける。それから出る前に僕の顔を見た。
「兄さん!僕の間違いを正してくれてありがとう!」
「いや、まあ、認めたくはないですがどうやら拙者が悪かったらしいですし」
「これで名前さんを悲しませずにすむ!一面に美しく咲き誇るお花畑と満天の星が輝く夜空の下でお互いの指を絡ませながら握ってキスしながら押し倒せばいいんだもん!じゃあ、行ってきまーす!」
バビューンとオルトの姿は消えた。一人残された僕は瞬きする。え?と思い直した時には既に遅かった。
「ちょ、ちょっとオルト!?なんでそんな解釈したの!?今すぐ戻ってきなさい!?兄ちゃん嫁の実家に殺されるからやめてえええ!!!」
その後、盛大な解釈違いのシチュエーションを頭の中にインプットした弟がどうなったかというと、当然リドル氏に首をはねられた。拙者の首がね。
そして翌日の放課後、僕の部屋には何故かオルトと彼女がいた。
「オルトくん、待って。お願いだから」
「待たない!僕は今すぐキスしたい!」
「だって、イデア先輩もいるし、」
「兄さんのことは気にしないで!どうせ兄さんは生身の女の子には興奮しないから!」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくて」
「じゃあ、キスがダメならセックスはいいの?」
「もっと良くないです!雰囲気が大事なの!」
「名前さんって、天然記念物並みのロマンチストだからなあ」
僕のベッドの上で何故か弟とその恋人が攻防戦を繰り広げている。しかも、さらっと弟にディスられた兄ちゃんの気持ち、分かる?結構つらいよ?
「イデア先輩!何とかしてください!」
発情期を迎えたヒューマノイドを目の前に彼女が半泣きになりながら僕に助けを求めてくる。二人が僕の部屋でデートする理由は分かっている。彼女は僕に止めてほしいのだ。所構わずしたくてしょうがない弟のことを。
「オルト。兄ちゃんの部屋、あんまり汚さないでね」
「ありがとう!兄さん!」
にっこにこのオルトにフヒヒと笑みを返した。一方、彼女は目を見開いて絶句した。僕はにまにまと笑いながら部屋を出て扉を閉める。ここなら彼女のお父さん達の邪魔も入らないから好きなだけ楽しめばいい。
「あれ?イデア寮長が談話室にいるの珍しいですね?」
談話室に入ってきた僕を見たイグニハイド寮生が驚きを露わにさせながら話しかけてくる。僕はフヒヒと笑いながらイグニハイド寮生達に告げた。
「さあ、寮生集めて。談話室のスクリーンを使って今日は徹夜覚悟で朝までサバゲー大会おっ始めますぞ」
わらわらと集まってきたイグニハイド寮生達がそういえばと口を開く。
「オルトは?」
「あれ?さっきオンボロ寮の監督生と一緒にいたような気が」
「え!?それやばくね!?だって一昨日教室でオルトが監督生にさあ」
何かを察したイグニハイド寮生達がそーっと僕を見る。僕はフヒヒと笑いながら人差し指を唇に当てた。ハーツラビュル寮の陽キャ達には内緒ね、と。
2022.09.07