Bookso beautiful yet terrific.

 しゃっとカーテンを開く音と外からの光が眩しくて目を開ける。すると、つかつかとベッドに近寄る人影を見つけて俺は朧気の視界のままそいつを見た。

「おはようございます。坊っちゃま」

ぴしりと正した背をきちんと折ってお辞儀をする人物に俺の脳が瞬時に覚醒し飛び起きた。

「はあ!?監督生!?」

「本日、坊っちゃまのメイドを務めさせていただきます」

「いやいやいや!?どういうこと!?」

ふいに、監督生が人差し指を立てて自らの唇に当てる。大して動かない表情筋のまま監督生は再度口を開いた。

「あまり騒ぎ立てると隣室のご学友ならびに同室の使用人達の睡眠を妨げてしまいます。どうか、お静かにお願いいたしますね」

監督生の言葉は残念ながら意味がなかった。同室の寮生達が次々と起きる。その中の一人であるデュースはもうすっかり冴え渡る目を俺と監督生に向けた。

「おはよう、監督生。早速始めるんだな?」

「おはようございます、デュース様。本日はよろしくお願いいたします」

監督生は相変わらず表情を変えずに前で両手を重ね、ゆっくりと丁寧にお辞儀する。ぽかーんと口を開けたままでいる俺に振り向いた監督生がようやく目尻を下げた。

「本日は坊っちゃまのお誕生日ですので特別講師とご学友の皆様をご招待しております」

監督生の口から出た言葉に俺はハーツラビュル寮で開かれる俺のバースディパーティーのことを言っていると思った。しかし、その考えはすぐに打ち壊された。

「まずは朝食を終えましたら、特別講師デュース様によるマジカルホイールの教習を行います」

「は?」

「そういうわけだ。よろしく頼む!エース!」

監督生の隣で当然だと言いたげに胸をドンと叩くデュースに俺は朝からツッコミが追いつかない。一方監督生は俺の困惑する様子なんぞ目に入っていないらしくパンパンと手を叩き出した。

「さあ、皆様。起床のお時間です。各自、よろしくお願いいたしますね」

監督生の合図にデュース以外の同室の寮生がすぐに俺のベッドの前に集まり綺麗に整列した。しかも、深々と頭を下げて。

「おはようございます!!!エース坊っちゃま!!!本日はよろしくお願いいたします!!!」

一人が代表して話すと全員やまびこする。何これ怖い。誕生日って罰ゲームだっけ?と思う。

「さあ、坊っちゃま。お支度いたしましょう。休日だからと堕落するわけにはいきません」

「そうだぞ!今日は予定が詰まってるからな!」

「予定?何それ?」

あからさまに顔を顰める俺を無視しデュースは自分のベッドの方に戻り身支度を始める。一方、監督生は丁寧にお辞儀をしてから部屋を出て行った。
 身支度を整えて談話室に行くと俺のバースディーパーティーの準備の真っ只中だった。それを楽しみにしつつ俺は朝食を食べにハーツラビュル寮内にある共同食堂へ向かう。そこにはいつのまにか先に食堂にいたデュースを見つけたので俺はデュースの向かい側の席に座った。

「なあ。あれ、何のドッキリ?」

朝食をせっせと食べ進めていたデュースが俺の顔を見て首を傾げる。

「ドッキリ?」

心底意図が伝わっていなさそうにデュースは返す。あまりにも意味が分からない監督生を始めとした同室の寮生達の行動に段々と苛立ってくる。しかし、俺の気を知らないデュースはさっさと朝食を食べ終えて席を立った。

「教習は9時からスタートだ。遅れるなよ」

呼び止める間もなくデュースは空の食器を持っていなくなってしまった。

「もう、訳わからねえ」

不服。だけど、仕方ないと腹を括る。今日は監督生達のお遊びに付き合ってやることにした。


 朝食を終えて一休みしたところに監督生が再び俺の前に現れた。

「本日のご予定を申し上げます」

「はいはい!どーも!」

半ばやけくそになりながら返事をしてやると、監督生がすっと短く息を吸う。それから息継ぎをすることなくぺらぺらと言葉を吐き出した。

「午前9時より、グラウンドにて特別講師デュース様によるマジカルホイールの教習を開始します。続いて、10時からは1-Aの教室に出向き、特別講師セベク様による偉大なるマレウス・ドラコニア氏の栄華についての演説をご覧いただきます。12時少し前にはハーツラビュル寮で催す坊っちゃまのバースディーパーティーに顔を出していただきご来賓の皆様へスピーチをしてもらいます。続いて13時30分、ご学友エペル様と共に各寮の上空を巡るロマンス飛行をご予定しております。14時20分、メインストリートにてパレードを拝見。約、10分程度のお時間で済むと思われます。14時50分、サバナクロー寮にて特別講師ジャック様による唸る筋肉の作り方をご教授いただきます。15時30分からはご学友グリム様と共に20分の制限時間内にツナ缶約5.5kgの完食を目指してください。場所はケイトゼミよりMCのケイト様から後程お教えいただけるようです。16時になりましたらご学友オルト様の背中に乗せていただき超高速リアルジェットコースターをお楽しみいただけます。そして17時より、ハーツラビュル寮にお戻りいただきバースディーパーティー夜の部にてご歓談する流れになります。以上が、本日のご予定です」

「俺過労で死んじゃう!!!何このやっばいハードスケジュール!?誰が考えたわけえ!?」

「わたくしの雇い主にございます、ご主人様であるリドル・ローズハート様ですが」

何か問題でも?と言わんばかりに監督生が小首を傾げた。リドル寮長もこのごっこ遊びに一枚噛んでいるのかと思うとめちゃくちゃ頭が痛くなる。
 そんなこんなで間もなく8時50分。それに気づいた監督生はきちんと腰を折って言ったのだった。

「坊っちゃま。そろそろお時間になりますので、グラウンドに向かいましょう」

俺の頬がひくつく。俺今日誕生日ーーー!!!という叫び声に監督生も周りにいたハーツラビュル寮生達も全く動じなかった。


 午前9時。グラウンドにはデュースがイグニハイド寮から借りてきたマジカルホイールと共に仁王立ちでそこにいた。

「さあ!乗るぞ!エース!」

ドンと胸を叩くデュースに対し、俺はあからさまにげんなりとした表情を浮かべる。

「俺別に教習受けたくないんですけどお」

「そうか!まだ乗り方に不安があるんだな」

話を聞かないデュースはマジカルホイールにさっと跨る。それからにやりと口角を上げて俺にも振り向いた。

「俺が風になる方法を教えてやる!!!行くぞ!!!」

「いや、行かないし、」

と、反論する瞬間、俺の背中がとんと押されて身体が勝手にマジカルホイールに乗るデュースの後ろに足を跨ぐはめになった。え?と思いながら俺の背中を押した張本人である監督生の顔を見るとにこやかに微笑んでいた。

「いってらっしゃいませ、坊っちゃま」

それを合図にデュースが雄叫びをあげる。明らかに改造車特有の物凄い重低音を響かせながらマジカルホイールはグラウンドを駆け回った。尋常じゃないスピードで。

「オラオラオラあああ!!!エース!振り落とされるなよ!」

「死ぬ!!!俺死ぬ!!!デュースを止めろ監督生!!!」

俺のメイドは助けを求めても無駄だった。にこにこと携えた微笑みのまま真っ白いハンカチを振っている。当然俺は白目を向いた。色んな意味で。


 10時。うわ気持ち悪いし酔ったと思いながら1-Aの教室へ入った。

「遅いぞ人間!!!マレウス様のありがたい話を聞かせてやるのだから30分前に来るべきだ!!!」

「その30分前どころかたった5分前までマジカルホイールで死の旅へ連れてかれてたっつーの」

休日で誰もいない教室には既にセベクが黒板の前に陣取っている。プロジェクターに映された資料はどれもこれもマレウス先輩の産まれてから今までの人生が綴られていた。
 結論から言うと、物凄く疲れた。セベクによるマレウス先輩についての演説時間は1時間55分に渡った。その間、セベクのクソデカボイスで泣いたり褒め称えたり興奮したりとうるさい。しかも、一対一だから途中で寝るわけにもいかない。というか、つまらないなんて理由で寝たらセベクの演説がさらに引き伸ばされそうで眠気すら湧かなかった。

「セベク様。本日はとても為になるお話をお聞かせいただき誠にありがとうございました」

 演説後、セベクに丁寧に頭を下げる監督生の姿に俺の頬がぴくりと反応した。

「おまえ途中で何処行ってたわけえ!?」

俺の叫びを聞いたセベクが小首を傾げる。それから俺の後ろを指差して言ったのだった。

「何おかしなことを言っている?監督生なら教室の後ろの方にずっと控えておったぞ」

え?と思いながら教室の後方を見る。すると、そこには僅かにホログラムが設置された形跡が残っていた。うっわ。絶対逃げたな、こいつ。ツッコミを入れる力はセベクのクソデカボイスをずっと聞いていたせいでなくなっていた。


 12時。ハーツラビュル寮に戻るとバースディーパーティーが始まろうとしていた。やっと誕生日らしいところにやって来た俺はようやく心が躍る。トレイ先輩お手製のご馳走様やケーキを食べ、ハーツラビュル寮生達や俺の誕生日を祝いに来てくれた他寮生の友人達とおしゃべりして凄く楽しかった。
 ところが、俺が祝ってくれたお礼のスピーチをしようと壇上に立った時だった。

「見つけましたよ、エースさん」

俺は目を疑った。オクタヴィネル寮長様は寮服ではなく黄門様の衣装を着て、俺に向かってピストルの引き金に指をかけている。その一歩後ろでは助さん格さん風の衣装を着たウツボの双子がいる。その双子の片割れであるフロイド先輩はタコの紋様が入った印籠を見せびらかしながら声を張り上げた。

「静まれ静まれー!この印籠が目に入らぬかー。 ここにいるタコをどなたと心得ると思うー?恐れ多くなんかちっともない天下の悪代官!アズール・アーシェングロットであらせられるんだぞー!」

「ええ!?悪代官そっち!?じゃあ、俺何役なわけえ!?」

フロイド先輩の台詞に思わずツッコミを入れた。そのツッコミに冷静に返してくれたのは薄ら笑いを浮かべるジェイド先輩だった。

「悪代官に裏切られる手下というところでしょうね」

クスクスと笑うジェイド先輩に、めっちゃくちゃ楽しそうなフロイド先輩、そして悪代官というか悪役令嬢にしか見えないドヤ顔で腕を組んで立っているアズール先輩。俺は助けを求めようと監督生を見る。一方監督生は竹刀を構えて俺から少し離れた前に陣取った。

「お逃げください!坊っちゃま!ここはわたくしめがお相手いたします!お覚悟を!」

「いやいやいや。というか、このパフォーマンス?でいいのか?とにかく、世界観ばらばらすぎてついていけねーし!つーか、よくアズール先輩達オッケー出したな!この役!」

その答えはアズール先輩がめっちゃくちゃいい笑顔で述べたのだった。

「何処か丸1日、人魚の姿に戻った僕達をお世話してくださると監督生さんが契約してくれましたので」

ん?どういうこと?という疑問はあからさまに俺の顔に出ているのだろう。それに気づいたジェイド先輩は歯を見せて笑みを浮かべた。

「バケツいっぱいに小魚をたくさん用意してくれた監督生さんが大型の水槽の中にいる人魚姿に戻った僕達にご飯を与えてくれるんですよ。そして、水槽も掃除いただくしショーもしてくださる契約になっています。ね?最高だと思いませんか?」

「全く思いませんが!?」

つまり監督生は1日限定で水族館の飼育員になるわけだ。これの何処に魅力が?陸の上で暮らす普通の人間の俺には理解できない話だった。俺は監督生の背中を見る。こんな変な契約までさせられてパフォーマンスに興ずる親友の考えは俺には分からない。とりあえず、人前でスピーチという事態は免れたのでホッとした。


 そんなこんなで13時30分。ハーツラビュル寮の前庭に出ると箒片手にエペルが立っていた。

「エースクン。早速来ちゃいました」

口元に手を当てて男らしからぬかわいい笑顔を浮かべるエペルの姿に本日一番心が休んだ気がした。

「で?ロマンス飛行だっけ?何処に連れていってくれるんだっけ?」

エペルが監督生を見る。エペルは小首を傾げてから監督生に問う。

「エースクンの予定。少し押しちゃっても平気、かな?」

「14時20分よりメインストリートにてパレードが開催いたしますが」

「じゃあ、最悪間に合わないようだったら、空からパレードを見れればいい?」

「エペル様がよろしいのでしたら、構いませんよ」

当事者をガン無視して話を進めるエペルと監督生の姿に嫌な予感がしない。エペルは、そうと決まればと早速箒に跨り、俺を呼んだ。そんな俺の背中をぽんと押されたせいで俺の足が勝手に動いてエペルの後ろの箒を跨るはめになる。あれ?デジャヴ?

「いってらっしゃいませ、坊っちゃま。良い旅を」

折り目正しく一礼する監督生の姿を最後に、エペルが意気揚々と飛び立った。しかも、箒の運転がめっちゃくちゃ荒い。

「やっほおおお!!!行ぐぜ!!!」

人が変わったようにハイテンションのエペルに俺は必死に箒にしがみついた。

「今日これマジで何なのおおおおお!?」

俺の叫びは相変わらず専属メイドには届かないのだった。
 エペルに縦横無尽に動く箒に乗せられた時間だけが過ぎた。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるとハーツラビュル寮を飛び出し各寮の上空をやばいくらい連れ回されて泣いた。


 14時20分。俺は吐き気を覚えながら相変わらずエペルと一緒に上空にいる。ただ、場所は各寮ではなくメインストリートに来ていた。

「監督生さんの姿はないけど。たぶん、ここで待っていればいいと思うんだけどなあ」

何食わぬ顔して話すエペルに返す言葉もない。俺は上空からメインストリートの通りを見る。すると、突然ラッパの音が辺りに響き渡った。

「エースううう!!!誕生日おめでと!!!」

バカでっかいカリム先輩の声と共にパオーンと像の鳴き声がする。たくさんの動物を引き連れたカリム先輩がパレードの中心にいた。その瞬間、メインストリートのあちこちで地上から上空に向かって閃光が走る。次々にパーンパーンと打ち上がるクラッカーに、ドーンドーンと重低音を轟かす花火。そして打ち上がった花火で空にはエース・トラッポラ!ハッピーバースディーの文字が描かれた。

「何これ派手すぎて怖いんだけど」

「ジャミルサンから聞いたけど、全部カリムサンのポケットマネーから出てるって」

「金持ちの感覚に震えが止まらないわ」

 パレードの時間は監督生が予告していた通りに10分ほどで終了した。その間、カリム先輩がずっとエースおめでとう!!!と叫び続けているのでメインストリートにどんどん人が集まってきた。もう公開プレイすぎて泣く。
 嬉しいけど。そりゃあ嬉しいけどね!!!


 14時50分。パレードのついでだからとエペルが俺を箒に乗せたままサバナクロー寮まで送ってくれた。サバナクロー寮の入口には監督生とジャックがいる。

「坊っちゃま、お待ちしておりました」

相変わらず顔色一つ変えずに頭を下げる監督生に俺は盛大に溜息を吐く。それから監督生はエペルにも丁寧にお礼を述べてからお辞儀した。
 エペルと別れた俺はサバナクロー寮のジャックの自室へ案内される。トレーニングマシーンがいくつも置いてある室内を見回し、俺は嫌な顔を隠しもせずに監督生を見た。

「唸る筋肉の作り方、ぜひジャック様のご指導をお受けくださいね。では、わたくしはこれで失礼いたします。ジャック様、どうぞ坊っちゃまのことをよろしくお願いいたします」

胸の位置に掌を当ててにこりと笑みを作る監督生の隣でジャックが拳を握りしめた。

「ああ!任せろ!ムキムキにしてやるよ!」

「ムキムキになりたくねーよ!!!」

俺の反論虚しくジャックは俺の首根っこを捕まえる。ジャックに俺の身体をずるずる引きずられながらも俺はジャックの部屋から去る監督生の背中に向かって手を伸ばした。

「俺のメイドなら助けろおおおおお!!!」


 15時25分。再び監督生がジャックの部屋に現れた。もう俺は全身の筋肉が唸りすぎて瀕死の状態だ。その俺を一瞥した監督生はジャックに丁寧にお礼を言い、それから疲れきっている俺の背中と膝裏に手を伸ばしてから抱き上げた。

「え?ええ?」

「何か問題でも?」

お姫様抱っこのせいで思いのほか近い監督生の顔との距離に俺は動揺する。しかし、残念ながら監督生は顔色一つ変えずにつかつかと歩いて行く。

「続いての会場はハーツラビュル寮の談話室、つまり、坊っちゃまのバースディーパーティーの場に戻ります。ただ、お時間がありませんのでこのまま走らせていただきます。少々揺れますので振り落とされないように気をつけてください」

足音が変わる。俺をお姫様抱っこしたまま表情を変えずに走る監督生の姿はまさに俺に仕えるメイドのそれだった。いや、これ、めっちゃときめいちゃうんですけど!?という俺の内心にはどうせ監督生は気づいてくれない。
 15時30分。無事に間に合ったらしい。ハーツラビュル寮のバースディー会場の一角に作られた席には既にギャラリーが集まっていた。というか、そのギャラリーよく見たら全部ケイト先輩だったけど。

「遅いぞエース!早くツナ缶食べるんだゾ!」

グリムに促されて俺は監督生の腕の中から降ろされてテーブルにつく。その俺の隣にグリムが座る。そして俺とグリムの目の前にはそれぞれ大量に盛られたツナ缶が置かれた。

「さあ!制限時間は20分!エースちゃんとグリちゃんは無事に5.5kgのツナ缶を完食できるのか!ケイトゼミ!始めちゃうよ!」

マイク片手に進行するケイト先輩の言葉を合図に、何処からかプォーと鳴る。グリムは意気揚々といただきまーす!!!と叫んでからツナ缶が盛られた大皿にフォークを伸ばした。

「5.5kgのツナ缶なんか食えるわけねえし!?というか、ツナだけってだいぶしんどいんだけど!?」

「大丈夫だよ、エース」

人垣から現れたのはリドル寮長だった。それに俺は安堵した。そりゃあそうだ。こんなお遊び、お堅いリドル寮長が許すわけがない。

「味つけに飽きたら様々の調味料を用意している。必要になったら声をかけるといい。ちなみに、食べ物を粗末にしたならば。おわかりだね?」

リドル寮長の視線が痛かった。つまり、このツナ缶の山は絶対に残すわけにはいかないのである。もう、ヤケクソだった。


 無事ではないが、20分で5.5kgのツナ缶を食べ終えた。そして16時。俺は予定通りハーツラビュル寮の入口にいる。そこにはオルトが待っていた。

「さあ、坊っちゃま。超高速ジェットコースター、楽しんできてくださいね」

俺はもう何も考えずよいしょとオルトの背中を掴まる。オルトは俺をおんぶすると明るく笑い声を上げた。

「それじゃあ監督生さん!行ってきまーす!」

監督生はにこりと笑みを浮かべてから真っ白いハンカチを振る。俺はどんどん上昇するオルトに掴まりながら尋ねた。

「で?何処に向かうの?」

たぶんエペルと同じパターンかなあと思った。各寮巡りながら経験済みなので多少は慣れた。しかし、オルトの言葉は予想もしないものだった。

「このツイステッドワンダーランドを一周してくるんだよ!」

んんん?今、聞き間違いか?いや、聞き間違いだよな絶対!?

「いやいやいや!?マジで!?うっそだろ!?」

「それじゃあ楽しもうね!エース・トラッポラさん!」

俺が止める間もなくオルトは飛んだ。光の早さよりもずっと凄かった。おかげでツイステッドワンダー中を全て見た。全く景色なんぞ分からなかったけどね。
 ツイステッドワンダーランドの一周りは50分間の旅だった。再びハーツラビュル寮の入口に戻ってきた俺を出迎えた監督生はにこりと笑みを浮かべたのだった。

「おかえりなさいませ、坊っちゃま」

何故だろうか。俺の専属メイドが悪魔に見えてきた。


 17時。ハーツラビュル寮のバースディーパーティー会場に戻ってきた俺を出迎えたトレイ先輩は悪い顔をしていた。

「おかえりエース。誕生日は楽しめたか?」

「ぼろぼろっすよ」

「そっか。楽しめたようでよかった」

「え?話聞いてますか?」

トレイ先輩に促されて主役用の席に座る。どっと疲れが湧いた。ご馳走様いっぱい食べて寝たい。
 その時だった。急に部屋の灯りが消える。

「ハッピーバースディー!!!エース!!!」

聞き慣れたというか聞き飽きた声が幾つも重なる。ぱっと灯りがついた瞬間、俺を目掛けて四方八方からパンパンパンとクラッカーの雨が降ってきた。

「なんだよ、おまえら。俺クラッカー塗れじゃん」

俺が頭を掻くのを見て友人達が笑った。暗闇にした僅かな瞬間に集まった、いつものメンバー。デュースに、セベクに、エペルに、ジャックに、グリムに、オルト。その後ろから監督生がぴしりと背筋を正したまま俺に微笑んだ。

「エース。お誕生日、おめでとうございます」

折り目正しく一礼した監督生に対し俺は悪態をつく。

「出たな。鬼畜メイドめ」

監督生はほんの少しだけ首を傾げる。意味が分からないと言いたげに。

「せっかくのエースの誕生日だ。楽しめただろう?僕達と遊ぶのは」

ドヤ顔で話すセベクに俺はあからさまに顔を顰める。その様子にエペルはふふふと笑っている。

「僕達といっぱい遊んで疲れたよね。だから、今日は僕達に素直に甘えてもいいんだよ」

エペルの言葉にハタとなる。今度はジャックが腕を組みながら口角を上げた。

「おまえは俺達と顔を合わせればいつも悪態つくからな。たまには素直でかわいいエースも悪くないだろ」

つまり俺に素直にならせるためにこんなに疲れ果てさせられたわけ?誕生日なのに?いや、そんなの有り?

「マジで?大掛かりすぎるドッキリかよ!って感じなんだけど」

「だけど本当はみんなに構い倒されて嬉しかったんだよね。僕達も楽しんじゃったけど」

オルトの目がちょっと悪そうな顔で細められた。

「さーて、エース。今日くらいは素直に甘えてもいいぞ?」

めちゃくちゃ悪い顔するデュースに俺はもう溜息を吐くしかない。

「分かったっつーの!甘えるわ!甘え倒してやるわ!おまえら大好きだわ!ありがとな!」

「よーし!今日はオレ様をエースの猫にする権利をくれてやるんだゾー!」

ぴょんと俺の膝の上に乗ってくるグリムを揉みくちゃになるまで撫でまくる。一方、友人達は今日一日を振り返りながら楽しそうに談笑していた。ほっとんどの会話が、あの時のエースの顔やばくてウケる!みたいなやつだったけど。

「ところで、監督生」

俺は近くの位置に立っていた監督生を手招きする。監督生は俺の座る席の側に立った。

「何?エース?」

「え?やっぱりかあ。もうメイドごっこ終わり?」

俺の質問に監督生はああと口を開く。17時からずいぶんと過ぎた時計を示しながら言ってのけた。

「勤務時間は終了。私、残業しないので」

「俺の誕生日まだ終わってないんだけど」

「致しませーん」

「なんか何処かで聞いた台詞じゃね?」

クスクス笑う監督生に俺はむうっとなる。ふと、トレイ先輩がディナーメニューを運んできた。そこにはツナ缶タワーもある。グリムは俺の膝から降りてツナ缶タワーへまっしぐら。あいつ、まだ食欲あるのかよ!?と思う。

「もう少しだけ俺のメイドでいてよ」

「甘えたいの?」

「そうだよ。悪いか」

監督生が俺に向き直る。前で両手を重ね合わせてから丁寧にお辞儀した。

「坊っちゃまが仰るなら。その通りに」

俺の頬が緩む。それから監督生に命じた。

「パーティーが終わったら俺をベッドまで運んで。勿論、お姫様抱っこでね」

「かしこまりました」

監督生が顔を上げる。俺は他に何を命じようかと考えながら指を折り曲げたのだった。


 薄暗い中、目が覚める。俺は枕元に置いてあるスマホに手を伸ばし、時計を見た。現在、9月23日午前6時29分。

「え?夢?マジで?」

俺はもう一度布団を頭まで被る。全て俺の脳内で作られた夢だと気づいた瞬間、羞恥で顔が真っ赤になった。つーか俺、どんだけ自分のバースディー楽しみにしてるんだよ!!!
 もう一度スマホを見る。時刻は6時30分になっていた。その時だ。キィと部屋の扉が開かれる。同室の誰かがトイレから戻ってきたのかと思ったが、その足音はつかつかと進み、急に止まった。しゃっとカーテンが開かれる。朝の光が部屋に入り込む。俺は布団から顔を出して窓の方を見た。

「坊っちゃま、お目覚めですか?」

は?と思った時には監督生が俺のベッドの前にやってきた。それから監督生は両手を前に重ねて丁寧に腰を折ったのだった。

「本日、坊っちゃまのメイドを務めさせていただきます」

「はあっ!?」

その瞬間、デュース以外の同室の奴等が俺のベッドの前に集まり整列する。

「おはようございます!!!エース坊っちゃま!!!」

呆気に取られる俺に向かってデュースがめっちゃくちゃいい笑顔で言ったのだった。

「9時からマジカルホイールの教習するから、遅れずに来いよ!」

あ。これ。正夢じゃん。

2022.09.23